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プロローグ2【龍(ヴァレダ)】の吐息・【サマリンダ・シティ】

プロローグ2【(ヴァレダ)】の吐息


 【(ヴァレダ)】は、永劫にも近い永いその眠りに聊か飽きていた。ふと何かが、そう羽虫のようなその微細な存在が、微かな音色を残して己が封印された檻の外を(かす)めていった。


 浅ましき蛇身に堕され黒き茨の闇の空間に封じられ続け、幾星霜の光と影を、(いにしえ)の腐食した時を、一体どれほど重ねたのだろうか。


 羽虫の存在さえ許さぬ強烈な破壊の衝動に駆られるように、今ではこの眠りさえ煩わしい。


 【(ヴァレダ)】は、一瞬の衝動に身悶えし吐息をつく。

 

 

 「この永劫たる封印の続きも、あと僅かだ」



 その見えない鳴動は瞬間的に虚空を駆け抜け、遥か彼方の鋭敏な星々を震えさせた。


 終わりゆく世界は(わざわい)の姿を夢に抱きつつ、古き或るものは太古に覗き見たその深淵の業火に身を戦慄(おのの)かせ、また、新しき或るものは禍々(まがまが)しき破壊の意思にその活動を震わせ、未知なる(あぎと)の鳴動に恐怖した。

 

1 【サマリンダ・シティ】


 何処までも続く白く眩い砂浜。


 そして何処までも透き通る様な、空色に煙る海との狭間に寄せては返すその美しい波打ち際で、ただ彼は途方に暮れていた。

 

 彼の乗っていた軌道港降下用シャトル=ダイナソアのコントロールを突如失わせ、地表目掛け墜落させた元凶でもあるリティラトゥール恒星系の主星【光彩(こうさい)】による突発的フレア爆発の影響なのか、遥か天空には酷く大きな深緑のオーロラが幾重にも踊り狂う様に輝きを放っている。



 「・・・何で急に偏光爆発したんだろう。定常恒星の変光周期が突然偏調するなんて、()してや安定指数恒星での変動異常なんか在り得ないナァ。電磁パルス・バースト予報も無かったのに・・・全く付いてないな」



 彼はそう(なげ)きながらダイナソアの脱出ポッドから身を乗り出すと、【リティラトゥール星系第Ⅳ惑星シルファード】の砂浜を踏みしめ、本来の着陸地点のはずであった遠く遥かに(そび)え建つ4本の尖塔に向け訥々(とつとつ)と歩き始めた。


 大気圏内の他の交通網も大混乱を起こしているのだろう。


 ダイナソアやエアロプレーン等、(およ)そ空を飛び交う物の姿は一切彼の視界に入っては来なかった。

 


 「突発性電磁パルス・バーストに巻き込まれるとは、俺の転職も早々から多難だな・・・だが、それにしても・・・うん、いい景色だ」

 

 (しばら)く歩き続けた彼はそう思い、ふと立ち止まってオーロラのはためく空を仰いだ。


 先程まで何も無かったその蒼穹(そうきゅう)の奥に、遠く一機のイオノビーグルが彼を目掛けて近づいて来るや、見る見るスピードを増し「ズドン」と荒っぽく彼の眼前にランディングする。


 前のめりに地面に突き刺さる様にして着地した、やや武骨で重厚なイオノビーグルから人影が降りるのが見えた。

 

 その人影はくるりと躰を翻し、まるで蝶が舞い降りるかのように華麗な身のこなしで砂浜の上に佇むと、彼に向って手招きしながら話しかけて来た。

 

 やや甲高いが柔らかで心地善い音色のソプラノの声は、明らかに確かな口調で彼の名を呼ぶ。



 「失礼、ソル系連邦中央星域軍情報局MID戦略宙域第4アルテア方面軍第2師団特殊分遣隊所属、明利(メイリ)・レイルズ准佐。いえ、ごめんなさい。元准佐ですね?」


 彼の抱いたその期待は、図らずとも当たっていた。


 

 「そうです。・・・って事はSIDの方ですか?」


 「ようこそ、SIDへ」


 そう言いながら(おもむろ)に外した彼女のヘルメット越しに、くるりと巻き上げられた漆黒の髪が美しく揺らめく。


 「一先(ひとま)ず元気そうで何よりですね。やれやれ、貴方、全く世話の焼ける方ですね。ここからSID本部エントランスまで随分遠いわよ」


 彼を真っ直ぐに見据え薄墨色に輝く瞳に、ピタリとマッチした薄紅に彩られた清楚な唇が、キラキラと波間の光を受け(きら)めいていた。


 「レイルズさん?、まさか裏庭からの強襲偵察を兼ねた御忍び着任ですか?フフフ・・・取り敢えずターゲット確保ね、コンタクトっと!・・・失礼。私はSID=ソル系連邦中央情報調査局星域統制部調査第6課606分室専任分析主監アリュナール・ディナス・フェナリィです」


 彼女は(こぼ)れんばかりに満面の笑みを(たた)え、歌う様に彼に語りかける。



 「宜しくどうぞー。レイルズさん」



 その心地よい声色に、一瞬、明利の意識の底で何かが弾けた。


 

 「何だろう? 彼女の音声波跡紋に共鳴符号記憶が反応したのか?いや、彼女の存在そのものになのだろうか。今のところ、俺の記憶巣に格納されている重要人格情報フォルダーの対査記録にヒットはしないな」



 だが、彼の遠い記憶に刻まれた(かす)かな原初的とも言える切ない想いは、心の片隅にふと一瞬何かを覗かせて、(はかな)く過って行く奇妙な感覚を憶える。



 「(でも、いいや、とにかく悪くないぞ、いや、この状況下では(むし)ろラッキーだろう)」


 「こちらこそ、よろしく。以後「明利(メイリ)」とだけ呼んでください。レイルズは・・・何かと面倒なので」


 「あら、そうなんですか?ラジャーでーす。それじゃあ私も、「アル」って呼んでくださいな」



 これがアリュナールと明利の、遠い時間を経た再会の物語の始まりでもあった。


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