島の一幕
『無人島に一つだけ物を持って行けるなら何がいい?』
これに関する答えは様々であろう。水筒、懐中電灯、ラジオ、武器……etc。
明確な答えは出ないにしても、一様にして【生きていく為に最低限必要だと思われる(もしくはそれを手に入れるための)物】を上げるのが一般的ではないだろうか。実際に無人島に遭難するような状況になったとして、そんなものを持ち込めることなどあるとは思えないが。
その点で言えば少女は相当運がいいのだろう。
少女が流れ着いたときその背には、少女の体格に対しては少し大きめの、革製だと思しきリュックを背負っていたのだ。中には服が上下合わせて1セットと、様々な色のチョーク(?)のようなものが入っていた。リュックの大きさに反して中身がこれだけだったのは、流された時に重さで溺れないよう他の物を出したからなのかもしれない。
これらの物があったところで生きていくのは困難であろう。住む場所や、水、食糧などは自分の力で手に入れなければならないのである。
これに関しても少女の運がいいのか、ほぼ解決していたりする。
まず住む場所に関して。
現在少女が寝泊まりしているのは、骨の横たわっている位置から、海から見て左方向を少し先に進んだ砂浜にある岩壁に空いた穴だ。穴と言っても、洞窟のようにしっかりとしたものではなく、海水の浸食によって出来たようなもので、海側の壁は浸食された跡であろう穴が数多く見て取れる。
この穴の裏手は鬱蒼とした森が広がっている。時たま猿や鳥類のような動物の鳴き声が聞こえる事から、何種類かの動物が生息しているのだろう。砂浜まで出て来る動物を見ないことから、動物達なりのテリトリーというものがしっかりと決まっているのかもしれない。
海からの距離は満潮時でも40mほどで、その間の砂浜もなだらかな丘の様になっている。かなり激しく海が荒れたとしても、ここまで海水が届くことはまずないだろう。洞窟に空いていた浸食跡より、かつてはここまで波が続いていた事がうかがえる。海水面が上昇している昨今で、これほど後退しているのは聊か不思議ではあるのだが……。
次に水に関して。
少女の住んでいる穴からさらに20mほど進んだところに、小さな川が流れている。川は少女が住んでいる所の近くで曲がり、そのまま海へと流れ込む形だ。曲がっている場所は、小さめの石が多く堆積しており、簡易的な水飲み場として利用できるようになっていた。川の水は森で濾過されて来たのだろうか、かなりの透明度で、ぱっと見では体に有害ではなさそうに感じられる。
最後に食料に関して。
海岸から少し森側に進んだ所に、赤や黄色など色鮮やかな実がなった木が並んでいる。一見して柑橘系の物が多い印象を受けるが、中には見たことがないような形の果物もなっていた。また、海岸近くの岩場には何ヵ所か潮だまりも出来ていたため、魚や貝、カニや海藻類なども比較的手に入れやすい。
普通最も問題になるであろう水や食料は、不自然なほどに少女の拠点の近くで集められた。
何千、何万分の一、もはや奇跡的とも言えるほどに、この島には最低限生きていけるだけに環境が整っていたのだ。
もっとも、現状他に人がいるともわからないこの島では、入手から調理まで全て少女一人でやらなければならないため、これほど環境が整っていたとしても生きていくことはそれほど容易ではないのだが……。
________________________
「今日はキレイな貝がこんなに見つかったんです!」
弾んだ声のする方向に意識を向ければ、少女が満面の笑みを浮かべながら、空き瓶を大事そうに胸に抱きしめていた。
空き瓶は、30㎝ほどの大きさのジャム瓶に近い形をしている、と言えばわかりやすいだろうか。少女の背負っていたリュックの中には、空き瓶がなかったことから、どこからか流れ着いたものなのであろうと推測される。よく見てみると、中には貝殻等が入っていた。
少女はそれをズイッ!と骨の顔の前によく見えるように差し出した。さっきよりも近くに来たことで、瓶の中身がより鮮明に確認できるようになる。中にはフトコロガイやリンゴガイなど、よくアクセサリーなどの装飾に用いられているものから、星の砂やサンゴの死骸、大きなものだとサザエのような巻貝などがあった。
(ん……?これは……?)
貝殻の多くは見知ったものなのだが、中には生きていたころに見たことがないような物も混じっていた。まるで上下に巻貝がついているような二枚貝や、シジミの開く側に牙の様な物をはやした形をした1㎝程の貝などだ。
(凄い形だ、見たことないな……こんな貝もいるのか……)
貝に関して録に知識を持っていないため知らなかったのだろう、と勝手に納得することに決めた。実際に、クモガイなどの牙の生えたような形の貝は存在しているのだが、この貝に生えている牙は、サメなどの牙のようにも見える為、完全な別種であると思われる。
そんな風に考えている間も、少女は語りかけてきた。
「ホネさんもキレイな貝好きですか?私すごく好きなんです!」
“ホネさん“とはもちろん骨の事である。
いつからか少女は骨の事をそう呼ぶようになった。
少女は差し出した瓶を、目を細めて見つめながら続けた。
「キラキラしててかわいくて、あ、おっきなのを耳に当てると波の音が聞こえるんですよ!」
少女はサザエの様な巻貝をを取り出すと、そっと耳に当て目を閉じる。
しばらくそうしていたが、ふいに耳を離すと残念そうな顔を浮かべ、
「…………って、ほんとの波の音がなってる近くだとそんなに波っぽく聞こえないですね……」
ひどく落胆したようにうなだれた少女は、しかし数秒後には可笑しそうに笑い始めた。
「…………ふふ……ふふふ、あはは!」
その表情に無理をしている様子はなく、純粋に「面白くてたまらない!」といった顔だった。
「あははは……あは…………はぁ、ふー……。」
しばらく笑っていた少女は、やがて落ち着くと、また満面の笑みを浮かべ、
「これ、ホネさんに上げますね!」
といって頭蓋骨の横あたりにその瓶を置いた。
既に置かれていた花々と相まってまるで葬儀前の棺桶の中をぶちまけたようにも見える。
(彼女にとってはインテリアを飾り付けている気分なのかな……俺としてもこんなに綺麗に飾ってもらえるのは悪い気はしないけど。)
無人島に漂流した人間がこういった行動をする理由としては、孤独を埋める為、人間としての自分を見失わないため、などがあるとされているが、少女にその自覚はなく、ただ友達に自分の好きな物をプレゼントしている気分であった。
その後もいつもの通り少女は何気ない話を続け、日が沈む頃には穴へと帰って行った。
穴の中は、夜になると少女が火をたいたのだろう、明るく光り始める。穴の構造も相まって、外から見れば何ヵ所からか光が漏れるお洒落なインテリアのようにも見えた。洞窟内で火をたくのは一酸化炭素中毒などの危険があるが、壁に空いた穴のおかげで風通しが良いため、解決されている。
空を見れば、他の一切に遮られることなく、満天に輝く星の海が広がっている。穏やかに吹く潮風がサラサラを葉を揺らす音と、波音が合わさりとても心地よい。
骨の一日の終わりは、少女の家の灯と自然が織成す、絵画のような絶景を見ながら眠りに落ちる、というのが定番になっていた。
幽霊になった今”眠る”というのもおかしいのだが、目を閉じるように意識すると、まるで眠ったかのように意識がなくなっていく。
以前3日ほど寝ないようにしたことがあったが、特に疲労や不快感も感じなかったために寝る必要はないと思われる。
(……動く事は出来ないけど、ここにはあの子がいてこんなに美しい景色がある。俺にとってはある意味、幸せな場所なのかもしれないな、ここは。)
骨はそう思いながら、微睡の中へと堕ちて行った。
ほのぼので進めようかシリアスにしようか迷います…