そうなんですか?
見切り発車
ザーッ……ザッ……ザッ……
「ハァ……ハァ……」
波音と息遣い、そして砂をかく音が響く。
視界に入る景色は青、水色、エメラルドグリーン。波が押し寄せる純白の砂浜を含め、世界の果てがここだと言えば信じる人は少なくないほどの、美しい光景が広がっている。
ザーッ……ザザッ……ズズズ……
「ハァッ……ハァ……」
その中で唯一動く褐色の人影が1つある。
13歳ほどと思われる少女が、その細い腕で必死に流木とおぼしき物を運んでいる。大きな瞳と整った顔からは育ちの良さを感じるが、今はその顔も辛そうに歪んでいた。肩甲骨辺りまで伸びた髪の毛先は切りそろえられておらず、元は長かったものを自分で切ったのだと予想される。
ズズッ……ザ……ザザッ!
「ハァ……ッ!フゥー……」
深いため息とともに少女の動きは止まり、その足元には救助を求める文字が大きく形作られていた。形や大きさもマチマチな流木で、しっかりと並べられたその文字は、空高くからでも容易にその意図を汲み取れるだろう。
そう、少女は遭難者であった。
他に人影がないあたり、この島にいる唯一の生存者だろう。砂浜には、所々に船の残骸のような木材や、ちぢれたロープなどが見える。死体が見えないのは少女が片付けたか、そもそも流れ着いたのが少女だけなのか。
(……って何を考えているんだ俺は)
そこまで考えたところで、自分の考えが間違っていることに気づき、思わず自分につっこんでしまった。
漂流したのは少女だけではなく、もう一人いた。砂浜に横たわり、色とりどりの花(少女がつんできたのだろう)に囲まれ、一人分の骨が横たわっている。骨だけになるまでの間にバラバラになっていそうなものだが、少女が集めて来たか、はたまた偶然その場で肉が分解されていったのか、見た所全ての部位が揃っているように見える。
(……骨になってからの方が人から大切に扱われるなんて複雑な気分……あーあーこんなに綺麗に飾り付けられちゃって、本当に俺なのか?この骨は……)
かつて自分だった骨を見下ろしながらため息を吐く。
いわゆる地縛霊(?)といわれるものになるのだろうか、俺はこの骨の上に随分と長く縛られているようである。なぜ言い切れないのかというと、俺自身が意思をもって周りを認識できるようになったのが、つい最近のことだからだ。具体的に言えば、少女が俺を花で飾り上げてからである。
初めに目にしたのは、俺の足元で骨に手を合わせた少女の姿だった。状況が飲み込めずに、説明を求めようと少女に話しかけたが全く反応されず、それならと肩を叩こうとした手は、少女の体をすり抜けてしまった。その時になってようやく、俺が幽霊になった事に気付いた、というわけだ。
少女は寂しさを紛らわすためか、よく骨に話しかけてくる。故郷や家族の話、好きな食べ物、趣味、その日あったことなどを暇な時はずっとだ。
「今日、とてもキレイなお魚をつかまえたんですよ!でもなんかかわいくおもえちゃって…食べるのがかわいそうでにがしちゃいました。またつかまえたらペットにしたいな〜…そのためにはすいそうを作らないとですよね!」
「……」
「そういえば、私のうちはでっかいお魚をかってたんです。コワイ顔だったんですけど、エサの時間になるとよって来てすごくかわいかったんですよ!」
「……」
遭難して絶望的な状況にいるとは思えない少女の前向きさはとても眩しく、遭難する以前はさぞ優しい人たちの中で育ったのだろうと思われる。
そんな日々を送れば少女と話したい、少しでも少女の助けになりたい、と思うようになるのは当然だろう。何よりも、努力している少女をただ見ていることが辛かった。
(なんで俺は意識があるんだ……?別に未練があったわけでもない気がするし、こんなところで何かを求めても手に入るわけなんてないのに)
遭難という状況と骨の心とは裏腹に、無人島生活での生活は穏やかに流れていった。
そんなこんなで俺、無人島で骨……やってます。