エピローグ ~ero pillow talk~ 下 半身 ※挿絵あり
先日の一件以来、翔太は俺に対してフランクに接するようになった。下の名前で呼ぶってのはやはり意味のあることなのかも知れない。俺は翔太に男の娘の良さを理解させる為に『偶像の主~心から星~』や『愚痴るなっ! アザトースさん』のBDを貸そうとしたのだが、無言で付き返されてしまった。それまでの翔太とのやり取りでは考えられないことだった。本気で頼めばいつも最後は折れてくれたのだが……。
「まぁ騙されたと思って見てみろって。新たな世界が開けるかも知らんぜ?」
「別に開きたくない」
紅葉の茂る山道を登りながら、しつこく翔太を男の娘ワールドに誘おうとしていたのだが、素気無い返事が返ってくるばかりだった。
(なんかこの辺の話題には強情な奴だな……こうなったら『ぼくのパ○コ』三部作を――)
「低作君今変なこと考えてるだろ! 僕は君みたいに、ほ……ホモじゃないからね!」
(ホモだと思われていたのか!?)
「男の娘好きはホモじゃないって前も言っただろ! いい加減にしろ!」
「で……でも僕を男の娘として見てるんでしょ!」
「見てるというかお前は男の娘だろ! こんな山道でも半ズボン履いてるし」
くしゃり、と落ち葉を踏む小気味の良い音を響かせ、翔太は足を止めた。
「それは低作君が――って言うかトンカツさん! このアホホモは嘘と本当の区別が付かないんですから、変な冗談付かないでください! お陰でこんな山中まで半ズボン履いて来てしまったじゃないですか!」
誰がアホホモやねん、と言い返すつもりだったが、話題を振られたトンカツさんが先に言葉を返した。
「い、いや……まさか成宮君が本気にしていたとは……」
彼は俺達より少し遅れて、緩い傾斜の山道をのんびり上ってくるところだった。山に備えたのか軽快な服装をお洒落に着こなし、大きめのリュックサックを颯爽と背負って額に汗を浮かべていた。
見とれる程の爽やかな風体だが、今の台詞は聞き捨てならない。
(『翔太の半ズボンが見たい』ってのは、トンカツさんの冗談だった……だと?)
「ええー! トンカツさん本当ですかー!? あのテンションは――」
まるで俺の反論を遮るかのように、彼はその整った顔を朗らかに緩ませて料理について話し始めた。
「まぁ折角なので、本当に美味しい料理レシピ教えてあげますよ。薄く切った鳥胸肉に下味を付けて焼いてから、べっ甲飴くらいのカラメルを――」
(むぅ、流石トンカツさん……美味く誤魔化されてしまった……でもまぁ、翔太もしきりに感心して感嘆の声を上げているし、今日は来てよかったな)
そう、俺達はオフ会に参加していた。
参加者は俺、翔太、トンカツさん、中年のおじさんの4名で、あの有名な力道山に紅葉狩りをしに来たのだ。
流石なろう小説家のオフ会……発想の根本からして常人と違う。オフ会で紅葉狩り。俺はてっきり喫茶店やボーリングやらカラオケやらを想像していたのだが……紅葉狩りて!
「いや、それにしても遠かったですね力道山は……あの、運転お疲れ様です」
ようやく俺達の近くまで上ってきた、中年のおじさんの労をねぎらうと、彼は快活な返事を返してくれた。
「お……おお、かまへんかまへん! 若いのに律儀な子やね、ガハハ」
俺はこの人に始めてあったときから豪快そうな印象を持たされていたが、どうやら見た目のままの人物らしい。陶器の様な禿頭に浮かんだ汗粒をキラリと光らせ、白シャツの上からでも判るほどにたるんだ下腹の肉をたぷんたぷんさせながら、鷹揚な笑い声を発して山中に木霊させた。
(確か名前は……みい……忘れてしまったが、どうやら良い人そうだな。良かった……関西弁だから怖い人かと思った)
この力道山はそれほどの斜頚のある山ではないが、紅葉がキッチリと楽しめる、程よい観光スポットだった。もちろん道を外れればそこは野山だが、踏み外しでもしなければその心配はなさそうだった。
トンカツさんにオフ会では紅葉狩りをする、と言われた時は正気を疑ったが、来てみるとそれほど違和感は無かった。なんせ4人しかいないのだから、オフ会と言うより知り合いで遊びに来た様なものだった。
俺は翔太とトンカツさんに面識があり、トンカツさんはオジサン作家さんと面識があるので、人見知りしない俺と翔太は車内ですぐに皆と打ち解けていた。
「でも河合君半ズボンめっちゃ似合っとるがな! ワイも出来たら半ズボンに産まれたかったわ! ガハハ!」
「え……あ、ありがとうございます……? 本当にそうなればよかったですね……」
翔太がオジサン作家さんの奇妙な発想に引いていると、トンカツさんがその話題に乗ってきた。
「おお! いい着眼点ですね! 整いました! 『異世界に転生したら半ズボンそのものになっていた』! 次の小説はこれでいきます!」
「禍々しいタイトルですね……」
翔太はツッコミを入れていたが、俺は少し興味を引かれていた。隣に歩いているオジサン作家さんも、ほぅ……と声を漏らしてトンカツさんの続きを待っていた。
「あらすじはこうです。可愛い女の子に見とれてトラックに跳ねられた主人公は、半ズボンに転生して男の娘の良さに――」
翔太がその先を遮った。
「トンカツさん、しっかりしてください! B級映画っぽいパニックSFや、小物ヒロインと煙の神様になった主人公が繰り広げる異世界観光小説を書いた人が、急にそんな奇妙なもの始めたら駄目です!」
「宣伝臭いけど、ありがとう。『半その』受けませんかね?」
「受けるわけないでしょう!」
「ワイは読んでみたいけどなぁ……ガハハ!」
そんな会話を交わしながら、俺達は山道を登って行き、秋の紅葉を楽しんでいた。
……
…………
………………
「着いた! 山頂ですね!」
翔太は元気いっぱいに声を上げると、一目散に見晴らし台に駆けていった。俺は翔太のスタミナに感嘆しながら、その後を追いかけて行った。
「ま、待て、急に駆け出すな……」
「うわぁ、いい景色……」
俺の呟きを無視して翔太は景観を楽しんでいた。
(ああ、確かにいい感じの光景だな。うん、翔太が柵に手を掛けて、腰を心持ちこちらに突き出している。いい光景だ)
俺がその場で荷物を下ろし、持ち寄ったペ○○で喉を潤していると、後の二人も続いて到着した。
「ええ景色やのー! トンカツはんはここジモッティやねんな?」
水を向けられたトンカツさんは気恥ずかしそうに話し始めた。
「ええ、この辺りの生まれです。小説の構想に煮詰まったときはこの山に来て――」
「おお! なんか作家っぽいですね!」
俺はそんな体験に憧れていたので、素直に感嘆した。
いいなぁそういうの……。智に働きすぎて角が立ったのかなぁ、はたまた情に棹しすぎて流されたのかなぁ。そうだよなぁ、人の世は兎角住みにくいよなぁ……。
「来て見たいと思っていましたが、面倒なので今日が二回目です。一回目は遠足で来ました」
なんじゃそら。
「でもまぁ景色は綺麗ですし、また来れて良かったです。さ、遅くなりましたがお昼にしましょうか」
と言ってトンカツさんは大きなバックから、シートを取り出して広げ始めた。
「よっしゃ、もう腹ぺこぺこやがな。ガハハ!」
俺達はそこで広げられたシートに車座になって座り込み、それぞれ持ち寄った酒やつまみで宴会を始めた。
ワインを美しい所作で飲みながら講釈をたれ始めるトンカツさんや、なろうでSF小説を挙げながら実はニワカであることを露見することを恐れている、などと聞いてもいない悩みをもらし始めるオジサン作家さんやら、黙々と杯を傾ける翔太やらによって、会は騒々しく進行していった。
俺は先ほどのオジサン作家さんが妙に積極的に翔太に話しかけていたのが気になったが、特に気にするほどの事でもないと思っていた。
「よし、宴もたけなわ、ってところでオッちゃんがおもろいパーテーゲーム用意してきたさかい、やろうや」
酒が回り始めたのか、オジサン作家さんが唐突な提案してきたので、翔太はすかさずツッコミを入れた。
「え? 女子もいないのにパーティーゲームですか」
一方酔いが回り始めた俺とトンカツさんは悪ノリで適当な返事を返した。
「ジェン○なら負けませんよ? 僕、倒さずに全部取れますからね」
「○髭危機一髪なら自信があるのですが……○髭を手で押さえるのがコツなんです」
俺とトンカツさんは二人して顔を向き合い、口元をニヒルに曲げて笑い合った。お互いかなり酔いが回っているらしい。その様子を見た翔太が呆れたように呟いた。
「二人とも本当にルール知ってる? っていうか、何でどっちも室内の遊びなんだよ」
「ガハハ! 屋外でやる遊びといえばコレや!」
と言ってオジサン作家さんは鞄からマットの様なものを取り出して、広げ始めた。
「? シートならもうありますけど――」
そのシートには緑、黄、青、赤の4色の丸い模様が等間隔に描かれていた。
俺は急速に酔いが冷めて行くのを感じた。
(こ、これは……まさか――)
「どや! ○イスターや!」
翔太が手に持っていた紙コップを落とした。幸い中身は入っていなかったので半ズボンに被害は無かったが、俺にはその気持ちが十分わかった。
(男だけで……○イスター……だと。このオッサン何考えているんだ!)
翔太は口元を引きつらせながら、震え声で尋ねた。
「あ、あの……それどうするんですか?」
「遊ぶんや!」
男4人、人気のない山奥、○イスター、何も起きない筈が――。
「い、いやいやいや! ちょっと待ってください!」
翔太が普段のおとなしい振る舞いとは打って変わって、必死な形相でストップを掛けた。
「なんや」
オジサン作家さんの謎の迫力に押されながらも翔太は負けじと、だが気持ちやんわり目に抗議した。
「え、ええと……これって……その、男だけで遊んでも楽しくないと思うんですが……」
「なんやて! 翔太はん! コレはれっきとしたスポーツや! 変な目で見たらアカン」
「……えぇ?」
チラ、とこちらを見て「どうしよう」という表情をする翔太。俺もあまりの出来事に困惑してしまって、助け舟を出すどころではない。
(あ、そ、そうだ……トンカツさんなら……あのオッサンとも知り合いだって言ってたし、止められるかも――)
俺はこの場を納められるのは彼しか居ないと、トンカツさんを仰ぎ見た。
「そうですね。○イスターはれっきとした健康器具であり、決してエッチ箱なんて名称では呼ばれていません。翔太くん、騙されたと思って一度やってみましょう」
(トンカツさんが露骨に翔太を騙そうとしているー! く、くそ! だが確かに半ズボン男の娘と○イスター出来るなんて、またとない機会か……俺も本音では翔太とやってみたいが……)
「さっき、パーティグッズって言ってませんでした?」
翔太は一筋の光明を見出すために、オジサン作家さんに問い続けている……、だがしかし、俺はもう半ば諦めかけていた。
「健康パーテーグッズやねん」
「なんなんですかソレ……もう、低作くんも何か言ってよ」
「お、俺か……」
俺にもお鉢が回ってきてしまった。三人の男の熱い視線が俺に注がれている……。翔太には悪いが、トンカツさんは半ズボン友達だし、オジサン作家さんは怖いし……。俺にどうしろっていうんだ!
(あ、そうだ、いいこと思い出した!)
「翔太……俺の為にも協力してくれ。『何故男四人で○イスターやらなくちゃいけないのか』……教えてやる」
よし、今日も始めるぞ!
「ええ……? 折角こんな紅葉が綺麗な山まで来たのに……というか男だけでやるものじゃないよアレは!」
「そう言うな。お前には悪いがコレは俺にとってチャンスなんだ……この前デスゲーム系のバカ小説考えてるって話したの憶えてるか?」
「え……あ、ああソウ言えばそんな事もあったね。男だけで命がけの○イスターゲームする小説練ってるんだって……」
確か翔太と映画を観に行った帰りの話だったな(※六話の出来事)。よく憶えていてくれたぞ翔太。
「あの発想を生かした小説をお前も読みたいって言ってただろ? 男だけで○イスターする機会なんて今しかない、コレは神によって与えられた天佑神助って奴だ! もし俺がこの体験を出来れば、俺はその小説を書く! そしてその文章は血の通った物になるだろう……! 百聞は一見に如かずって言うが、その百見も一度の体験には勝てないんだ! 数値で表すと一体験は一万聞の価値がある(当社比)! 翔太きゅん、俺に生きた文章を書かせてくれ!」
「謎理論を持ち出すのは止めてよ……それに、僕にはメリットが――」
「お前はメリットだけで俺と付き合っているのか!?」
俺がズズイ、と詰め寄ると翔太はモジモジして困り顔を見せ始めた。
「え……え!? つ、付き合ってなんかないでしょ……!?」
「いや、そういう意味じゃなくて……」
「あ、う、うん……そ、そうだよね」
どうやら翔太は、俺の押しに動揺しているみたいだ……次は、どうするか。と思っていると翔太が反論してきた。
「っていうか低作くんもメリット考えてるじゃん! 小説のネタにしたいんだろ!? 人を冷血漢みたいに言うのは止めてよ!」
「う! い、いや、それはそうだけど……」
(マズイ、こっちが押されている……焦るな、こんな時こそ論点を摺り替えるんだ!)
「ええい! 翔太、実は今がお前の人生の分岐点なんだぞ! よく考えるんだ!」
「低作君は僕にどんな人生を歩ませたいんだよ……いったい何が言いたいの?」
「社会に出れば、ジッと自分を殺して耐え忍ばなければならない場面が沢山出てくる……らしい。今からそのことに慣れておけば、俺達は向こうでもやっていける! 若人は苦労を買ってでもしろと言うのは――」
「よく○イスター如きで社会や人生を語るね……」
人差し指を額に当ててうな垂れる翔太くん。如何に俺に呆れ返っているかが、実によく判る動作だった。
ま、負けるものか。
「如きじゃない! 一事が万事、そうなんだ! この試練を乗り越えられれば、俺達は一歩大人に近づける……! さぁ、一緒に洗礼を受けよう! 若かりし青春に別れを告げるんだ!」
「もう何言ってるんだか……」
「ほとほと呆れ果てた」と言わんばかりの顔を向ける翔太だったが、言葉の端にはひっそりと諦観が混じっているのを俺は感じていた。
「なんやえらい言われようやな……事情はわからんが、やろうやぁ翔太はん」
畳み掛けるように、オジサン作家さんが翔太にぐいぐい近づいていった。いいタイミングだ!
「折角半ズボン履いているんだし、やらない手はないですよ」
同じようにトンカツさんも翔太にずんずん詰め寄って来た。流石『なろう半ズボン同盟』のゴールドメンバー! 俺も付いていきます!
「なぁ翔太きゅぅーん」
俺もこの機を逃すまじ、と翔太の退路を断つために背後に回り込んだ。も、もう一押し……! 押しに弱い翔太なら、もうじき陥落するハズ……!
「う、うぅん……も、もう! 判りましたよ! けど……一度だけにしましょうよ、夜から天気崩れるって言ってましたし……」
不承不承、といった体だが、なんとか翔太は提案を受け入れてくれた。
「お! ほなやろか!」
「よっしゃあ!」
この二人は喜んでいるが……一つ見逃しをしていないだろうか。
「い…一度だけか?」
俺は嫌な予感を感じながら、再度問いかけた。
「え、うん。それでいいですよね?」
俺を除く二人の意見を仰ぐ翔太。
「まあ時間も時間やしな」
「一度だけで十分ですよ! 翔太くん、ジャージに着替えるとかは止めて下さいよ」
「持ってきてませんが」
どうやら。二人に依存はないらしいが……俺は背筋に冷や汗が流れるのを禁じえなかった。
(お、落ち着け……まだそうなると決まったわけじゃない! 確立の悪魔よ、今はどっかで昼寝でもしていてくれ……!)
俺はひたすら祈っていた。
……
…………
………………
三分後、俺達の元に確立の悪魔が訪れていた。
「ハイ、次は……トンカツさん! 左足を青においてくださーい」
「むむむ……」
翔太に言われるがままトンカツさんは俺の顔の前を通り、その足を青い模様に向かわせた。
「ぐ、ぐぐ……」
「おー! セーフです! 流石ですねー! 無理な体勢で額には脂汗が浮かんでおります。では、次も張り切って参りましょー!」
「くぅ……翔太の野郎。審判にベテラン司会者ばりのテンションなんか求めてねぇんだよ!」
そう、このゲームには参加者の手や足を置く場所を決める進行役が必要だったのだ……。公平なじゃんけんの結果、翔太がその役になってしまった。この決定が下された時、翔太はホッと息をついて安堵の表情を見せたが、他の面子の表情は、筆舌に尽くしがたかった。俺は一体何の為に翔太を説得したのだろうか……。
「はい低作君うるさいですよー。もうすぐ針止まりますからねー。……あ! 次、低作君だ! ざまあみさらせ! ほらほら、左手を赤に置くんだよ!」
「う、うぐぐ……」
翔太の声が響くと、俺は言われたとおり左手を赤く丸い模様に伸ばした。だが、俺は今ブリッジに近い体勢で既に定められた模様に両足、右手を置いていた。この状態では視界が不自由なので、手探りで左手を模様に向かわせることしか出来ない。
なぜ俺はこの様なアホな体勢になっているのか。
ソレは翔太の「低作君なら普通とは逆の姿勢で始めて、笑いを取りに行くよね」という呟きによってもたらされた。「できるか!」と返すのは簡単だった。だが、それでは男が廃る。
――振られたら乗ってやる――
この精神で俺は今まで走り続けてきた。だから俺はこう返したのだ……「できらぁっ!」と。トンカツさんは敏感に「え! ○イスターをブリッジの体勢で!?」と返し、俺も「えッ!」と返し、またお互いに向き合って口元をニヒルに歪めあったのだった……。オジサン作家さんも「こりゃあ面白い小僧だぜ」と呟いていたが、翔太は元ネタが判らなかったようで、眉をひそめて不思議がっていた。
「うぐ……こ、この辺か?」
俺は首を何とか旋回させて左手を見ようとしていたが、丁度トンカツさんの背中に遮られていたので、当てずっぽうで左手を伸ばすより他はなかった。
「わ、ちょ、ちょっと! 成宮くん! そこは――」
トンカツさんのジャージの股先に手が当たってしまった。さわ、とジャージ越しに触れた柔らかき感触は一体なんだったのだろうか……。俺はその答えを知る日が来ないことを祈った。
「わ! す、すいませんトンカツさん! え、っと……わわっ!」
慌てて左手を引っ込めた俺だったが、その所為でバランスを崩して俺のレインボーブリッジは崩壊してしまった。
ゲームオーバーである。それはいい。
俺のブリッジの下を通っていたオジサン作家さんに俺は全体重を乗せてしまい、彼はぎゅう、と音を上げた。俺は慌てて謝罪しつつ起き上がろうと手を地面に付けようと伸ばした。南無三、仏陀のイタズラか。俺のその手はオジサンのたゆんたゆんしたお腹の汗でヌメって滑り、トloveルが起こってしまった。
「あんっ! そ、そこは堪忍……」
「げ!」
(……)
俺は何事もなかったかのように無表情で、手をそこからソッと引き抜いた。
一連の悪夢が終わると、それを見ていた翔太は腹を抱えて地面を転げまわった。
「あーっはっはっは! ラッキースケベだ!!」
翔太は無視して、オジサンに謝罪する俺。
「ご、ごめんなさい!」
「い、いや、ええんや……けど次からは事前に言うんやで……」
「はぁ……」
(事前に言っていれば、別に良いのか……?)
翔太はまだ引き笑いをしながら震えていた。いい加減腹が立ってきた俺は翔太に抗議した。
「お、おい! 次はお前も参加しろよ!」
「ひっひっひ……! い、嫌だよ、一回だけって言っただろ。それに……て、低作君にスケベされ……あーはっはっはっ!」
畜生、まだ笑い転がっていやがる……。アイツのツボはよくわからないなぁ。
「はぁ……翔太が参加しないから、誰も得しない結果に終わった……」
その後、翔太の笑い声は暫くたっても止まらなかった。
……
…………
………………
ゲームが終わると、俺達は皆疲労困憊の状態になっていた。
トンカツさんは地味に無理な体勢を取り続けた所為か、腰や肩をマッサージしながら顔色を青ざめさせている。オジサン作家さんも全身汗でテカテカさせており、げんなりしていた。翔太も笑い疲れたのか、ぐったりと横になっていたし、俺はブリッジを維持させられた筋肉の悲鳴より、先ほどのtoラブるによって心がムンクばりの叫び声を上げ続けていた。
知らぬ人が見れば、さぞ奇妙な光景に驚いたことだろう。誰もここまで来なかったのは不幸中の幸いと言えた。
しばし、お通夜の如き静かな時間が流れた。
トンカツさんはちょいちょい俺を手招きし、誘われるまま俺が這うようにして彼の元によると、両手をあてがって俺に耳打ちをしてきた。
「な、成宮君、僕はこのままでは帰れません。3440円は僕の自腹なんですよ!」
「え……ど、どういうことですか?」
何の話だ? 旅費は割り勘のハズだけど……。
「この卑猥な道具を買った値段ですよ! 6880円をみいなんちゃらさんと折半したんです」
あ、オジサン作家さんの名前はみいなんちゃらさんって言うのか。
……ってなんだって!?
「まさか、トンカツさん……貴方と彼はグルだったのか!」
俺はトンカツさんから一歩身を離し、謀り事の元凶を見つけた助さんよろしく身構えた。
何時の間にか、みいなんちゃらさんも俺達の傍まで来ており、悪役の笑いを浮かべながら話し始めた。
「ガハハ……そうや、今日集まった真の目的は、キミの書いた小説のモデルになった人物を呼んでキャッキャウフフすることやったんや!」
「出来てないじゃないですか!」
会心のツッコミだったが、彼らは動じなかった。
「そうなんです! 折角翔太君が半ズボン履いて来てくれたのに!」
「あ! やっぱり本気で『半ズボン履いて来て』って言ってたんですね! って言うか翔太はどこです!?」
「ガハハ、さっき『お花を摘みに行く』って言い残して、どっか行ったで」
あ、そうなんだ。
「あの時僕はああ言いましたが、僕は半ズボンに関することは何時だって全力投球です! だから成宮君から翔太君に頼んでください! 『次は俺の代わりに入ってくれ』と……僕は半ズボン男の娘と遊びたいんです!」
「くっ! 頼めばやってくれるかも知れませんが……お、俺も出来れば翔太と遊びたいんです! あ、いや、変な意味で言っているのでは無く、友人として交友を深めたいというか――」
「僕は変な意味で言っているのです!」
(と、トンカツさん……なんて真っ直ぐな漢なんだ……)
う、ううん……まさか彼らがそこまで本気だったなんて……。俺は一体どうすれば――。
「あ、あの……全部聞こえていますが」
声のした方を振り向くと、なんとそこには翔太君その人が立っていた。
「え!?」
「あれ!?」
「しょ、翔太!? トイレに行ってたんじゃ?」
「いや、綺麗な花摘んだから皆に見せてあげようと……」
「言葉通りの意味やったんか……」
おお、日本語は難しい。
よく見ると翔太は色彩豊かな花々を手に携えていた。
「そんなことより……トンカツさんがそんな人だったなんて……!」
「え! ち、違います! 純粋な創作活動の取材として――」
「『変な意味で言ってる』って言ってたでしょう!」
(と、トンカツさん……なんてふにゃふにゃな男なんだ……)
「もう! 僕、皆にそんな目で見られてるなんて思いませんでした! 帰ります!」
と言って手にした花を俺達に投げつける翔太。黄の菊、紫の桔梗、ピンクのコスモスら色とりどりの花が俺達の前で散っていった。
翔太は背を向けて駆け出し、鞄の置いてある見晴らし台に向かって走り出し始めた。
「あ! ちょ、ちょっと待てよ翔太!」
絶好のモノマネをする好機を逃しながらも、俺は翔太を引きとめようと駆け出した。
(そこまで怒るほどのこと…だな。そりゃあ、同性に変な目で見られていると知ったら、いい気持ちしないか)
俺が見晴らし台に着くと、翔太は本当に自らの鞄を持って、赤い目を腫らしていた。
「あ、お前……」
なんて声を掛けるべきか判らなかったが、ともかく俺はその場に近づいていった。しかし――。
「来ないで! 低作君もグルだったんでしょ! 誰の為に僕がこんな……この変態底辺ホモ野郎!」
「変態底辺ホモ野郎っ!?」
落葉を踏み抜く翔太の軽快な足音は、吹きすさぶ風に揺られた葉の音に重なり、ただ俺の耳を抜けていった。
再び走り出した翔太は、一度もこちらを振り返らなかった。
……
…………
………………
俺がその場で茫然自失の状態に陥っていると、背後から歩く音と、話し声が聞こえてきた。
「翔太はん帰ってもうたか……なぁ、成宮くんちゅうたな、この落とし前どうつけてくれるんや?」
だが、みいなんちゃらさんの声も、今の俺には届かない。
「変態底辺ホモ野郎……」
「どうやらまだショックから立ち直れていないようですね」
いつの間にかトンカツさんも傍に来ていた。だが、今の俺には――。
「ほうか。ほなら、続きしよか」
「変態てい――え!? 何のですか?」
俺は正気に戻った。猛烈に嫌な予感がしたのだ。
「決まっとるがな、○イスターや。ちょっと変則ルールになってまうがな」
「え……え!?」
俺は体が固まってしまった。
「さっきも思うたんやが……キミなかなかええ体しとるのぉ?」
「ひぇっ!」
「顔は不細工やが……ワシはだんだんそれでもええかって思えてきたんや……」
ジリジリと近づいて来る、中年の脂ぎったツヤツヤの肉体……。
「こ、こないで! いやっ! 止めて!」
「成宮君ノリノリですね」
「なぁに、痛いのは最初だけや……」
「あ、そんな……」
みいなんちゃらさんは木枯らしに晒されながらも、高く遠い天を仰ぎ見ていた。
その先には暗雲が立ち込め始めていた――。
……
…………
………………
「って! ふざけている場合じゃないですよ! アイツ一人で下山出来るんでしょうか!」
俺が諌めると、みいなんちゃらさんは素に戻って謝罪した。
「あぁ、すまんすまん。別に深い山やないし大丈夫――あれ? もう曇ってきたなぁ」
見上げると、確かに黒雲が日を隠そうとする最中だった。
「成宮くん。翔太君を追いかけてあげなさいよ」
トンカツさんがやんわりと提案した。
「……僕だけが追っかけるんですか?」
「ワシ等が行っても怖がるかもな。それともホンマにワシにイタズラして欲しいんか?」
みいなんちゃらさんはギロリ、と目を向いて悪人面の眼光で俺を照らした。
「い、いえ! それは嫌です! でも痛いのが最初だけって本当で――」
「ええから追っかけんかい! ワシは悪ふざけが出来てもう満足じゃ、まさか翔太はんが怒って帰ってしまうとはのー」
「成宮君、僕らの分まで謝ってきてくださいね、彼を傷つけるつもりはなかったんです」
「わ、判りました!」
俺は翔太の後を追って駆け出した。落葉に足を取られないギリギリの速度を意識しながら、翔太の影を探して山を降りて行った。
「なんか青春ですね、男しか出てきてないですけど」
「羨ましいのう……ワシも後20年若ければ……」
「そのお腹も膨らんでいませんでした?」
「コレはあんさんが、おもろいグルメエッセイ書くからやがな!」
「それはタダの言いがかりでしょう」
背後から、二人の会話が微かに聞こえてきていたが、やがて辺りには曇り空の唸り声や、木の葉の揺れるさざめきしか聞こえなくなっていった。
(なんか二昔前のラブコメみたいな展開だ……翔太、無事に帰っているだろうか)
「おおーい! 翔太ーー!」
俺は叫びながら行き道に沿って降りていった。漆黒の帳が山中を覆おうとしており、葉にポツポツと雨のあたる音が聞こえ始めた。
「も、もう降ってきた! くそっ!」
俺は予め用意してあった携帯傘を取り出すと、慌しく紐を解いて広げた。
(翔太は傘を持って来ているだろうか? もし忘れていたら……)
「翔太っ! 待っていろよ――!」
俺は決意と共に再び駆け出した。
(俺、やっと判ったんだ。あいつの悲しんだ顔を見るのは嫌だ。ちゃんと謝らないと……そして俺の気持ちを伝えないと……!)
雷が鳴り始め、風も強まってきたが、俺にはもう関係無かった。
濡れた葉に何度も足を滑らせ、その度に服やズボンに泥が跳ねたが、見てくれなんかに構っている暇はなかった。早く翔太に会いたかった俺は、泥でびちゃびちゃになりながらも、その速度を緩めることなく山を駆け続けた。
「翔太ー! カムバーーック! ってうわっ!」
またも濡れた葉に足を取られた俺は、傘を取り落として本格的に体勢を崩した。横転し、山道を滑りだした俺の速度は留まる様子を知らず、普段人が通らない野道まで転がっていった。
その転落の音は、大雨と共に響きだした雷鳴にかき消されてしまった。
……
…………
………………
「は? 僕を追いかけて山で遭難していた!? でも○ェーンのラストシーンごっこ出来て楽しかった!? 何言ってるの低作君!! あの後僕、待ってても来ないから普通に帰宅したのに!」
あの後、俺は迷子になって山を彷徨っていた。
偶々小屋を見つけたのでそこで夜を明かすと、翌日になってから登山者がそこを訪れた。俺はその人に連れられて下山したのだった。
帰ってすぐ翔太に連絡しようと思ったが、疲れもあって俺は風邪を引いてしまったので、三日間部屋でぐんなりしていた。
翔太は俺からの謝罪の連絡を待っていたらしいが、とうとう痺れを切らして俺のアパートまでやって来たのだった。
「いやぁ小屋で野宿とか貴重な体験が出来たよ……前々からそんな機会があれば、一人スクエアをやって時間を潰そうと考えてたんだが、いざ遭難してみると疲労と心細さでそれどころじゃ無かった」
「バッカじゃないの! バーカ!」
「二回も言うな! 大体お前がどこぞのエロゲばりにすぐ駆け出すから――」
「なんだよその言い草! 追いかけるなら追いかけるで、すぐに僕を追って来れば良かったじゃないか! だったら僕も――」
「あの時は、みいなんちゃらさんがホモネタをやりたそうな雰囲気だったんだよ! 底辺なろう作家ならそのノリに付き合ってあげるのが礼儀だろ!」
「そんな礼儀初めて聞いたよ! ほんとバッカじゃないの!」
「三回目だぞ! いい加減にしろ! 俺は病人であり、今一番欲しいのは人の温もりと優しさなんだぞ!」
翔太は怒りで小鬼の様な形相をしながら俺のアパートを尋ねてきた。
そこにはプチ遭難の疲労と、泥まみれの寒さで引き起こされた風邪でぐったり寝込んでいる俺がいたので、慌てて看病をし始めてくれたのだ。
目が覚めて着替えが整っていることに気が付いた俺は、翔太の姿を目にして、大きく驚いた。「何で風邪引いてるの?」と翔太が問いかけたので、俺は滔滔と語り始めた。その結果がコレである。
今までのやり取りをしている間、ずっと翔太は口では色々言いつつも、俺の部屋のキッチンで謎の雑炊を作り続けてくれていた。
「うるさい! ネットで見た病人に効く飯作ってやってるんだから、十分優しいだろ! はい、出来た! この脂っこそうなサムゲタンでも食べてろ! 僕もう帰るから、ちゃんと食べてねっ!!」
と言って、サムゲタンを作り終えた翔太は、その言葉通りに帰っていった。
「……本当に帰っていった。う、ううん折角見舞いに来てくれたんだから、もっと丁寧に対応すりゃあ良かったかな? でもいきなり来られると俺にも心の準備って奴が……」
翔太の作ってくれた、割にあっさりしたサムゲタンを平らげた俺は、なんだか元気が戻ってきた気がしたので、三日分溜まっているであろう郵便受けを確認しに行った。そこを開くと案の定パラパラとDMや広告が零れ落ちてきた。その中に一通だけ黄土色の茶封筒があったので、俺は気になって拾い上げた。
(なんだこれ? 差出人は……え! トンカツバッファローさん!?)
その封を破くと、人物が微笑んでいる絵と一枚のメモ用紙が入っていた。そこにはこう記されていた。
――
成宮君の小説に出てくるキャラの絵を書きました。よろしければお使いください。
追伸
先日の件のお詫びとかではないです、いや、ほんと、可愛かったなーって……半ズボンよかったなーって……。
このキャラのモデルとなった翔太君に初めて会ったあの日、初対面の僕に可愛いらしく片手を挙げて挨拶してくれた彼の姿が、今も目に焼きついています。
いやぁ、男の娘って本当にいいもんですね。特に半ズボンが良い。長ズボンでは魅力を引き出せない。
――
「トンカツさん……色々と思うところはあるが、ありがとう。翔太、こうやって見るとほんと可愛いな……」
無邪気にこちらに向かって手を上げている河合翔太がそこに写っていた。
(この人懐っこい笑顔を見て、俺は翔太をモデルにしたキャラが出る小説を書こうとしたんだった……)
だけど今、俺が翔太に対する思いはあの時とは違う。
この笑顔がもう見れなくなると思うと、俺は……どうしようもなく嫌だったんだ。だから山道を追いかけたんだ……遭難と言う結果に終わってしまったが……。
(そうだ。俺はこの笑顔と、今日みたいに怒りながらも俺の事を心配して雑炊作ってくれる、翔太の人の良さに……。それだけじゃない。いちいちボケに突っ込んでくれる律儀さ、結局は俺の言う事を聞いてくれるお人良しな所、一人暮らしの日曜を寂しがるところ、翔太の何気ない挨拶や仕草に、俺は段々と友達以上にアイツを見るようになっていったんだ。……コレを見て改めて気づかされた)
「俺は翔太が好きだ」
言葉に出してみて、その意味の重さがのしかかって来た。同性との恋慕の先に明るい日々はあるのだろうか。
「でも気づいたら好きになっていたんだ……コレはもう仕方ない。結果がどうであれ、もうあいつに嘘を付くのは止めるべきだ」
俺はスマートフォンを掴み、翔太にダイヤルした。
(言うべきことは判っている……もう心の内を全てさらけ出すだけだ)
ピッという音がして翔太は出てくれた。
「も、もも、ももしもし……しょ、しょ、翔太かぁ?」
情けないことだが、俺はビビッていた。そ、そうだ電話で言うのは変か……会って話すべきか?
「……低作君、どうしたの? 呂律が回らなくなるくらいサムゲタン美味しかったの?」
「ええええっとだな……思ってたより薄味だった……いや、そうじゃなくて」
「うん?」
「あ、明日会えないか? そ、そそのお詫びと言うか……ま、前のことちゃんと謝りたいし」
「ん? んふふっ! それで緊張してたの? ふふ……バカだね。僕も一人で帰ったのは悪かったよ……だから……ね?」
「お、おう。そう言ってくれるか……それで……その……明日……」
「ん……なに……?」
「半ズボンで来てくれるか?」
「は?」
おしまい
上記の絵を描いてくれた、ころっけぱんださんに感謝を捧げます。
ありがとうございました。
※僕が(勝手に)ころっけさんをモデルにしたキャラクター、トンカツさんを描きましたが、この人物は実際のころっけさんとは全く関係がなく、半ズボンマニアという設定は話を盛り上げる為に僕が勝手に付け加えたものです。
当たり前ですが、この話はフィクションですので、あしからず。
読了ありがとうございました!