エピローグ ~ero pillow talk~ 上 半身
俺の名前は成宮低作。ノクターンでの創作活動から敗走し、再びなろうに戻って底辺作家をしているブサメン大学生だ。
『エロ小説を書いて感想、批判等を貰い文章力を鍛える』と言う野望を色々あって断念せざるを得なくなった俺は、心機一転今度は全力でなろうにぶつかってやろうと決意したのだ。
「とはいえ未だに俺の書いた話に評価、ブクマ、感想は付いていない。これでモチベーションを保てと言われても厳しいものがある」
そこで俺はSNSを通じて自作を宣伝することを思いついた。だが『自分の書いたものを宣伝する』という行為は、その作品に自信を持っていなければ出来ない行為だ。と言うより、自分すら面白いと思えないものを公表すべきではない。だから、俺は今一度自分の書いた物を読み返してみた。
――良い作家は、良い読者を持っている――
すいません。マジでどこで聞いた言葉かは忘れましたが、こんな感じの言葉を俺は思い返していた。そして俺は鬼のように自分の書いた物を読み返し始めた。どこの世界にそんな鬼がいるのか知らないが、ともかく読みに読み返したのだ。先入観も、前知識も、一切合切を捨て払い、ようやく無我の境地にたどり着いた俺は、その境地をしばらく観光し、ついに悟りを開いた。
「……うん、面白い! 俺の書いた小話は面白い!!」
半ば自己暗示に近かったが、俺の書いたモノは面白かった……うん。本当だよ?
ともかく、自信という鎧を武装した俺は、SNSと言う情報の大海に自作のURLを貼り付ける覚悟が出来た。
「SNSってなんとなく怖いイメージがあるが……俺はなろうで頑張るのだ! 晒してしまえ、俺の書いた名作を……! なぁに紳士の社交場ノクターンで堂々エタった俺の面の皮は厚い! 自信の鎧と鉄面皮を信じろ! 俺の感性は正しいんだ……!」
そうして俺はスマートフォンの迷惑メール設定を緩め、URL付きのメールを受け取れるようにしてSNSに登録した。結果○子さんなる謎の人物から謎のメールが届くようになったが、それはまた別のお話……。
……
…………
………………
なろうで書き上げた小話をSNSで宣伝するようになってから一ヶ月が過ぎた。
結果を一言で表すと、とても良かった。思いの外皆さん暖かく宣伝してくれたり、感想をくれたりしてくれた。もちろん俺も目に付いたものは宣伝し返したり、気に入ったものがあれば紹介したりして楽しくやっている。
いやぁ何となく敬遠していたが、いざやってみると楽しいもんですね。
そしてその宣伝の甲斐あってか、俺の小話に評価がチラホラと付き始め「あれ、俺なろうでも結構いけるんじゃね」と調子に乗り始めていたある日、普段からSNS上で懇意にしている、なろう作家さんがオフ会を提案してくれた。
その作家さんは俺が書いたエロ小説(※七話で書き上げた話)に登場する男の娘キャラにクルものがあったらしく、SNS上でその事を話し合う内に仲良くなり始めたのだった。
俺はその作家さんのファンであったし、半分冗談で「折角だからそのキャラのモデルになった河合翔太もオフ会に呼んで良いですか?」と聞いてみた。関門外の翔太を呼ぶことは無茶な話かも知れなかったが、彼が『男の娘スキー』であることを俺は知っていたので、駄目元で言ってみたのだ。
果たして、彼の返答は驚くべきものだった。
――是非、モノホンの翔太きゅんも呼んで欲しいです。秋も近づいて涼しくなってきましたが、翔太くんが半ズボンを履いて来てくれるのなら、僕の取って置きの料理レシピを教えてあげますよ――
かの作家さんは、腹筋に悪い料理エッセイを不定期に連載している。毎回ユーモラスな文体で食事に関するアレコレを書かれており、読むとお腹が減るのに抱腹絶倒させられる、(下腹部に向けた)パンチの効いた作品なのだ。好きです。
彼の書く作品全てに食事に関する事が書かれている事から、俺は件のレシピは絶品料理のそれに違いないと予測し、涎を手で拭いながら「絶対に連れて行きます」と豪語した。
……
…………
………………
そんなやり取りをSNS上で繰り広げた翌日、俺は美味そうな料理を妄想しながら翔太の家へと向かっていた。
寂れた駅からの森閑とした道のりを五分ほど練り歩き、俺は翔太の住むアパートに着いた。安さを唯一の売りにしているかのようなボロい外装だったが、俺の根城より数段上の管理が行き届いているようで、翔太の住む801号室に向かって階段を上る際にも、空き缶や生ゴミなどは一つもなかった。
表札に書かれた「河合」の名を確認して呼び鈴を鳴らすと、扉ごしにドタドタと慌しい足音が聞こえてきた。間の悪いときに来たかな、と思う間に扉が開かれた。
「久しぶりー! 今日どうしたの?」
翔太は見ているこちらまで嬉しくなる程の笑顔で俺を迎えてくれた。人の良さそうなニコニコ顔に迎えられ、俺も普段どおり挨拶を返そうと口を開きかけたが、途中で止まってしまった。翔太の異様な格好に気づいた俺の脳は、先日教授に提出したレポートの如く真っ白になり、体が動かなくなってしまったのだ。
「あ……」
翔太は先ほど風呂から上ったばかりなのか、腰に巻いたバスタオル以外は一矢纏わぬ姿だった。
その裸体は全体的に線が細く、柔らかみを感じさせた。鎖骨がポコッと浮き出た華奢な首元や、丸みを帯びたぷにぷにの両腕、そして贅肉を全く感じさせないが、割れてもいないスッとしたお腹を、翔太は惜しげもなく外気に晒していた。
その、性の分別を超越した肌色の芸術に見とれていた俺に、翔太はほんのりと火照った顔をクイと傾け、「どうしたの?」と言わんばかりの無邪気な表情で返答を待っていた。妖艶さと純朴さの入り混じったその眼差しに、俺の脳は機能を止められてしまい、ただただ呆然とするしかなかった。数秒が過ぎて、翔太の艶やかな黒髪から一滴の雫がポトリ、と床に落ちたの合図に、俺はようやく正気に戻った。
「わ、悪い! 変なタイミングで来てしまったな……」
微妙な間を持たせた割に俺の返答は平凡なものだったが、翔太はクスリと笑って明朗快活な返事を返してくれた。
「いいよそんなの。それより上がってくんでしょ? 寒いから早く入ってー」
翔太は濡れた髪を片手に持ったタオルでガシガシ乱暴に掻き乱しながら、室内が俺に見えるように身を少し引かせた。俺は自分の失態に気が付かなかった振りをして、遠慮なく家に上がっていった。
俺は翔太の肢体を意識しないようにする為、くだらないノリでこの変な空気を変えようと思った。
「ほな、お邪魔しまっさかい」
「(なんで関西弁?)お、おおきに」
「関西の人は『邪魔するんやったら帰ってー』って返すらしいぞ」
「ふぅん」
翔太は変わらずノリの良い奴だった。事前にラ○ンで遊びに行くことを伝えたものの、コイツは俺が突然その日遊びに誘っても大体快諾してくれるのだ。
六畳一間の部屋に通された俺は、翔太が洗面所でドライヤーをかけ終えるのを待っていた。
「今タオル外してるから覗かないでよ? ふふ」
洗面所と部屋を隔てるドア越しに、翔太が言わなくてもいい事をわざわざ言ってきた。
(ちくしょう、最近忙しくて翔太の遊びの誘いを断っていたのを恨んでいるのだろうか? 翔太の考える事は、よくわからん……)
「誰が覗くか」と普通に返事するのも癪だったので、俺もふざけ返してやった。
「そっちこそ、今こっちを見るなよ」
「え? ちょ、ちょっと僕の部屋で何してるの!?」
「だらしない体勢でくつろいでるけど?」
「あ、そう……いつものことじゃん」
翔太に一矢報いた(気がした)俺は何の気なしに室内を見渡すと、その部屋は男の一人暮らしとは思えないほどに家具や寝具が整っていた。クローゼットからはみ出た衣服など、恐らく慌てて掃除したのであろうと伺わせる痕跡もあったが、それが翔太の性質をそのまま表しているかのようで微笑ましかった。
髪を乾かし着衣も終えた翔太が部屋に戻ってくると、俺は今日訪れた事情をかいつまんで説明する事にした。
(半ズボンの下りは、おいおい話すことにしよう。会話の流れを読んで自然に翔太に承諾させるのだ)
途中まで翔太は黙って説明を聞いていたが、俺がオフ会を提案した作家さんの名前を挙げると、両手をパンと合わせて「その人僕も知ってるよ!」と大げさに驚いた。
「『トンカツバッファロー』さんが来るんだ!? 僕もあの人の作品読んでるよ! 行っていいなら絶対に行く!」
翔太がトンカツさんを知っていたとは……話が早くて助かるな。
「へぇ、翔太も知ってたのか。あの人、笑いを産むテンションを判ってる、って感じして良いよな」
「底辺作家のクセに何偉そうに評価してるんだよー」
「ほっとけ!」
翔太とトンカツさんについて一しきり会話に花を咲かせた後、俺は「そろそろ頃合か」と何気ない風を装って本題を切り出した。
「――うんうん、あの話も良かったよなぁ。同士って誰に言ってんだって……あ、そうそうオフ会当日は半ズボンで頼むな」
「は?」
「……ん?」
俺は、そ知らぬ顔で「何か変なこと言ったか」という表情を取り繕ったが、翔太は聞き返してきた。
「え? 当日は……何だって?」
翔太はジト目になり口元が引きつっていた。……くそ、やはり誤魔化されないか。
俺はヤレヤレ……とメリケン風の首振りを見せつけ、再び繰り返した。
「半ズボンで頼むな」
翔太は眉を七十度は吊り上げて憤慨し、俺に食って掛かってきた。
「なんで!? その日の温度で僕が決めるよ! どうして成宮君に当日の服指定されなきゃいけないんだよ!」
「う……」
正論もいいとこだったが、俺は簡単に諦めるわけにはいかなかった。
トンカツさんは翔太の半ズボンを心待ちにしている……俺は何時だったか彼に飲みに誘われた時の事を思い出していた。
……
…………
………………
その日、俺達は都会の喧騒が遠くに聞こえる路地裏のバーで、カウンターの端に連れ立って座り、静かに飲んでいた。
まだ夏の気配が残る生暖かい気温だったが、サッと抜ける夜風の涼しさが秋の訪れを確かに感じさせる……そんな夜だった。
店内はマスター以外人が居らず、貸切の様な状態だった。席に着き注文を終えた俺達だったが、そのことをさして取り立てず、黙って酒が来るのを待っていた。俺達は同時に運ばれた二つのグラスを一瞥し、どちらからとも無く杯に手を伸ばした。
トンカツさんは憂いを含んだ表情でワイングラスの脚を細やかな指で優しく握り、そうして手首のスナップでそれを子供のように弄び、注がれた赤黒い歓喜の海をさざなみ立たせた。
彼は緩く波打つそのグラスを、まるで儀式のような丁重な速度で持ち上げて、その整った鼻先まで向かわせた。
――味覚を完全に覚醒させるには、先ず嗅覚を楽しませなくてはいけない――
そんな彼の囁きが聞こえてくるかのようだった。
トンカツさんはグラスから漂ってくる香りの奔流に身を任せ、乙女が花を慈しむかのように、その果実の豊かな芳香に耽溺しているようだった。
数秒の甘い時間が経ち、やがて彼は満足したのか軽く頷くと、芳醇な大地の唄が染み込んだその雫で、その精悍な唇を濡らし始めた。
トンカツさんは舌先に巻き起こる味覚の氾濫を一欠片でも逃すまいと、口元以外の体はジッと動かさなかった。
その後、彼の逞しい喉仏が蟲惑的に蠢き、小さくごくり、と言う音を鳴らした気がした。
けれどそれは俺の幻聴に違いなかった。
トンカツさんのあまりに世俗を離れた、ある種の神がかった飲みっぷりに、卑俗な俺の防衛本能がその幻の音を聞き、彼の神性を奪おうとしたのだ。
そんな俺の思惑とは関係なく、トンカツさんは一口分の酒の楽しみを終えた。
全ての動作がまるで数年前から既に決められていたような調和に満ちていて、美しかった。
そして彼はため息と共に、こう呟いたのだった。
「やっぱり……男の娘は半ズボンだよな」
トンカツさんは悲しげな瞳を潤ませながらも、それ以上は何も語らなかった。俺も何も言わず、ただソルティドッグが注がれたコップのフチに付いた塩を、爪楊枝でいじっていた。
その夜は長く、永く二人で飲み明かした。言葉は、必要なかった。
古ぼけた蓄音機が奏でるノクターン、塩が効きすぎたウイスキー、半ズボン男の娘の良さを分かり合える戦友、その戦友の気風の良い飲みっぷり、それら全てが俺を心地の良い陶酔の世界へ誘ってくれた。
マスターが看板を告げると俺達は席を立ち、必要最低限の別れの言葉を告げ、分かれた。
俺はアパートに着いてすぐ布団に転がったが、トンカツさんの心の芯から漏れたため息がまだ胸中で渦巻いており、睡魔の訪れを妨げていた。
「やっぱり……男の娘は半ズボンですよね。トンカツさん」
言う必要はなかった。だが、言わずにはいられなかった。
……
…………
………………
回想から戻った俺は改めて決意を固めた。
(良い夜だった……彼の気持ちを無下には出来ない。そうだ、可愛い男の娘には半ズボンを履かせねばならん!)
「あのな、翔太、『何故お前が半ズボンを履かねばならないか』……今からそれを教えてやる」
なんか俺いつも翔太を誤魔化しているな……。まぁいい、いつも通りにやろう。
「オフ会はフォーマルな場だ。礼儀やマナーが必要とされる」
「……うん」
「つまり、お前にとっての正装とは――」
「半ズボンはラフすぎるだろ!」
ピシャ、と手首のスナップを利かせた翔太のツッコミが俺の胸元で音を響かせた。
「ち、違う! え、ええと……なろうオフ会を舐めてはいけない。そこでは皆、獣のようにそれぞれが小説のネタを探しに来ていると言う……」
「皆オフ会にネタ探しに行ってるの……?」
「ら、らしいぞ。そんな戦地に赴く前に、皆それぞれ濃いキャラを固めていくんだ。『ツンデレ』やら『俺様キャラ』やら……そうやって皆キャラに相応しい格好をして楽しみながらも、互いに小説を書く際のキャラ創作の一助にしているんだ。それがマナーなんだ……ま、まぁコスプレみたいなもんだな。面白そうだろ!」
俺は自分で言ってて楽しそうな集いだと思えてきた。問題は翔太が信じてくれるかどうかだが――。
「う、嘘でしょ? なろうオフってそんなルールあるの……? じゃあ僕もキャラ付けしないとマナー違反になっちゃうの?」
眉間に皺を寄せて、たじろいでいる翔太……い、いけるか!?
「お前は『男の娘』だ! 正装は『半ズボン』だ! 判るな!?」
「判らないよ! って言うか、そんなルールあるわけないだろ!」
ばれていたか……翔太のクセに生意気な。ええい次は泣き落としだ。
俺は拝むように両手を合わせ、平身低頭して頼み込んだ。
「た、頼むよ翔太きゅん! 俺の顔を真っ直ぐに立ててくれよ!」
「角度まで指定するな! もう! 本当の理由を言ってよ! 僕が秋に半ズボン履いて誰が得するの!?」
「ぐ、ぐぅ……」
どうにかグゥの音は出せたが、この後が続かない……もう万事休すだ。言うしかあるまい。
俺は開き直り、下げた頭をグイと上げて翔太に相対した。
「仕方ない、言いたくなかったが……トンカツさんは、お前が半ズボンを履いてくるのを楽しみに待っているんだ」
「は!? どういうこと!?」
翔太は驚き戸惑っている。
「実は……俺、お前をモデルにしたキャラが出る(エロ)小説書いちゃって……トンカツさんがそれ読んで『是非モデルになった本人に会いたい』って……男の娘キャラ創作の参考にしたいんだってさ」
「え!? ぼ、僕を!? って、誰が男の子だよ! 僕、大学生だよ!」
む、今翔太は男の子って言った気がする……違う。男の子と男の娘じゃ意味が全然違うんだ! しかし今はそんな訂正をしている場合ではない。フォローして説得を続けよう。
「い、いや、別にお前が子供っぽいとか言ってるんじゃないんだ」
「そうなの? ……な、成宮くんは、そ、その、なんで……僕をモデルにしたキャラを……?」
「そりゃ受けると思ったからだ」
「どういう意味だよ……」
翔太の声に、冷ややかな怒気が混じっているのを俺は敏感に感じ取ったので、慌てて取り繕った。
「え、えぇと……や、やっぱりお話にはカワイイキャラが必要だろ? そ、それでパッて思いついたのが……ほ、ほら、俺は人物を書く時モデルがいないとイメージ出来ないし……(一部の人から)人気取れるかなって……」
「……」
「……あ、あれ、怒ったか?」
気まずい間が流れた……。
やがて翔太は渋い顔で質問を重ねてきた。
「ぁ、そうなの……み、見せてよ。その小説。男の僕を……か、かわいく書くなんて……変な事書いてないよね?」
何故か翔太の声は小さくて聞き取りにくかったが、そんな事に気を取られている場合じゃないぞ。
(まずい……ノクターンであんな事や、こんな事をさせている……俺、変な事しか書いてないぞ!? あんなの見せたら俺と翔太の関係が終わってしまう!)
「い、いやその……モデルって言っても体の特徴とかしか……あ! そうそう! それ書いたのネット上じゃなくて原稿用紙だから……ピピピ文庫に送ったから今手元にない」
「原稿用紙!? え……手書きの原稿で応募したの!? あそこ確か手書き不可じゃなかった?」
げ! そうだったの!? ええいテキトーに誤魔化してやれ!
「あ、ああ……『手書き原稿不可』の募集要項に捕らわれない、前衛的な作品なんだ……だから清書なんかやってないし、出来たもんそのまま送ってやったぜ……!」
「あ……アーティスティック……な、成宮君すごい! 絶対落ちると思うけどカッコいいよ!」
「そ、そうかな。ハハハ……」
俺が乾いた笑いを漏らしている最中も、翔太くんの目がキラキラと輝いて俺を見つめていた……ま、眩しすぎて見れない。こいつこんなに騙され易くて大丈夫なのだろうか……最近奇妙なネットビジネスに嵌った斉藤に勧誘されないかと心配になる。
「僕がモデルのキャラかぁ、読んでみたかったんだけどな……」
ふぅ、と聞くものまで憂鬱な気分にさせるため息を漏らす翔太くん。勝手にモデルにしたことを怒られるかと思ったが……懐が広い奴だなぁ。例の風薬みたいに半分は優しさで出来ているんじゃないだろうか。
「勝手に使ってゴメンな……でもトンカツさんは良いキャラだって言ってくれたよ。お前のおかげだ」
「トンカツさんはその小説読んだって言ってたね、その原稿用紙を添削してもらったとか?」
「え? ああ、うん……トンカツさん文章綺麗じゃん? 一度見てもらったんだよ」
(……自分で言ってて何だけど、「原稿用紙送って添削してもらった」ってすげぇ嘘だな……。一体俺とトンカツさんはどんな仲なんだ。揚げたり揚げられたりする関係とかでは決してないぞ)
「ふうん。そ、それで……と、トンカツさんが僕の半ズボンが楽しみだなんて……いくらキャラ創作の為とは言え……変な目的で集まるんじゃないよね?」
(そんなわけないだろ。なんて失礼な事言う奴だ。男と男の娘は全く異質の存在であって、リアルでそういう目線を持つ訳はないのだが……)
良い機会だし、一度翔太にちゃんと説明するべきかも知れない。
俺だってエロ小説を書き始めてから男の娘について学んだんだ……んで目覚めたんだ! ナニを描くのはもう嫌だが、魅力については知っている。任せてくれ!
俺は姿勢を正し、真っ向から翔太と見つめ合った。
「翔太。あのな……キャラ属性ってあるだろ? 『無口』とか『ツインテール』とか」
「? うん、あるね。なんか古い気もするけど」
「その萌え属性の一つなんだよ『男の娘』ってのは。ポイントは男の『娘』と書くことだ」
「ああ、そう読むんだ……け、けど男に萌えを感じていいの?」
尤もな疑問である。この先は気を付けて発言しないと、翔太に距離を置かれるかも知れない。俺は一度咳払いをして、考えを整えた。
(『男に萌えていいのか』……恐るべき命題だ。ハムレットも裸足で逃げ出すだろうが、俺の返答は既に決まっている。だがその答えは世間一般からすれば反社会的とまでは言わずとも、十分に誤解される可能性のあるものだろう。けれど誤解を恐れて自分を偽るなんて、身に宿る情熱の炎に冷や水をぶっかける行為だ! それは自身の心への冒涜と言っていい! ……い、言うぞ! 俺は言うんだぞ……!)
俺は座布団から立ち上がり、断言した。
「いいんだ!! 男に萌えても!」
「い……いいの?」
翔太は首ごと俺を見上げて口がぽけーっと半開きになっている。俺は不覚にもそれに萌えながら、覚悟を決めて続けた。
「萌える対象に人種、性別は関係ない……可愛いものを愛でるのは生物の本能だ! つまり、人類皆萌え友達なんだ!」
「スケールの広い話だねぇ」
俺が熱く語っているのに、翔太はのん気な返事を返している……。こ、ここが正念場なんだぞ。ノリと勢いで押せ!
「と、トンカツさんは純粋な思いで半ズボン履いているお前が見たいんだ! その時感じた情動が創作意欲になるんだ! 『カワイイ! 俺も作ろう! 出来たぞヤッター!』……こうやって人々は萌えの螺旋を紡いでいき、今の萌えがあるんだ! 男の娘はその螺旋の産物であり『女っぽい男に萌える』という一見昔からあるジャンルなのだが、男の娘は淑女向けではなく紳士向けなんだ! そこが新しいんだと思う! 違ってたらゴメン! 俺達はその萌えの形態変移を研究し、紳士淑女が織り成してきた『萌えスパイラル』の貢献に寄与したいんだ! 判るか!?」
「ま、全く判らない……早口すぎるし……そ、それに近いよ成宮くん……」
熱くなりすぎた俺は、翔太の火照った顔と目と鼻の先にまで近づいてしまった。だが今は押しどころだ! 目を泳がして顔を赤くしている翔太に畳み掛けろ!
「判る、判らんなんて理屈の話じゃない! 本能なんだ! 美を賛美する芸術は昔からあるが、萌えもそれに属する高尚な精神性の追求だと俺は思う! トンカツさんは『男の娘萌え』の精神を作品に込め、性別を超越した美を表現しようとする、言わば『男の娘萌え学究の徒』なんだ! だからお前もその知的活動の助けとして、半ズボンで――」
「も、もう! 近いってば!!」
ドンっと両手で押されて、俺はよろめいて数歩後ずさってしまった。翔太を怖がらせてしまったようで、眉毛を少し曲げて怯えたような表情をしているのが見えた。
「あ、すまん……」
俺は冷静さを示そうと再度座布団に座ったが。翔太は顔を背けて黙ったままだった。しばしの間、居心地の悪い静寂が訪れたが、それを破ったのは翔太だった。
「……言っていることの欠片も意味が分からなかったけど……今のって成宮君の話なんじゃないの?」
「え、まぁ正確には俺の持論だが、トンカツさんもこんな感じに考えてるんじゃないかな……たぶん」
(まさかトンカツさんが本気で『男の娘萌え学究の徒』を目指している訳ないが……と言うより、俺もそんな訳わからんモノ目指してないけど、フレーズが浮かんだんだから仕方ないだろ!)
「……僕に萌えるっての?」
両手を絡め合わせて手遊びをしながら、顔を伏せて話す翔太。
「え、うん」
今みたいな所作もポイント高いぜ翔太きゅん。
「ぅ、そ……その……それって……か、可愛い、ってことだよね」
「……う、うん」
まぁそうなんだけど……そんな風に言われるとコッチも対応に困るというか……なんていうか……。
「……」
「……」
翔太は顔をさらに深く傾けており、黒い前髪がしなだれて細かい表情までは伺えなかった。けれどその髪の切れ目越しに頬を真っ赤に染めているのが見えた気がして、俺はドギマギした。
なんか流れ変わったな。変えよう。
「えぇっと……その……そりゃお前は――」
俺がなんて言おうか考えている内に、翔太が先に言った。
「い、いいよ。半ズボン履いていっても」
「え、本当か!?」
俺は耳を疑った。
「凄く寒かったら流石に履かないけど……それでいい?」
「十分だ! ありがとう」
どうやら説得できたようだ。さすが翔太君! 俺達の翔太君! トンカツさん、俺はやりました! 次の飲みは奢って下さい!
「じゃあ……代わりに僕の言う事を一つ聞いてよ」
「え?」
翔太の言う事を……? な、なんだ金か? それとも体か!?
「な……成宮君のこと低作くんって呼んでも良い……?」
なんだそんなことか、と言いそうになったが……なんか気恥ずかしいな。また変なノリで誤魔化そう。
「え、ええよ」
「(なんで関西弁?)そ、そう、じゃあ低作……くん、まだ帰らないだろ? 前遊んだレースゲームしようよ。ポーズは禁止で」
「そら適わんわ」
「なんで関西弁なの!?」
翔太に名前で呼ばれるのは何やら照れくさいが、ともかく半ズボン許可を取れてよかった。これで言質も取ったしトンカツさんに顔向けが出来る……よし、オフ会が楽しみになってきたぜ!
その後、俺達は和気藹々とゲームに興じてその日は暮れていった。