第9話「人間大砲」
部屋の扉を開けるとネロ様が腕を組み、仁王立ちしていた。いかにも怒ってます、という雰囲気を醸し出している。
「おかえり、ずいぶんと遅かったな」
「ええっと……馬車が何者かに汚されていまして……」
口から出るのはかなり苦しい言い訳なわけで。やはりネロ様は信じなかったようだ。
やや目を細め、口が若干への字になっている。
あぁ……その表情も素敵ですね。ネロ様……。
「ふーん? まぁ私は別にいいんだけど? 2人がどこでコソコソ動いてたかなんて気にしてないけど?」
これは確実にバレている。
タージに目配せして大人しく事情を話し始めるのだった。
「…………というわけです」
「成る程……羨ましいな」
「はい?」
「街へとやってきたとある国の姫、そこで彼女は盗賊達に攫われてしまうのだ!」
「…………」
「まるで最近読んだ小説の様ではないか!そしてそこで姫と盗賊は禁断の恋に落ち……!」
今誓った。誰だか知らないが姫の本棚にそんな本を入れたヤツは、後で聞き出ししばき回してやろう、と。
ところで、と気になった事を口にする。
「人間が200年前と比べて弱くなっている気がするのですが……」
「あ、それは僕も思った。あいつら随分弱かったよね」
タージも同じように思っていたようだ。賛同の声が出る。
ネロ様は人間と戦った事が無いので小首を傾げているが、私達は200年前の事を知っている。
「昔もそれ程強い訳じゃなかったけど……ますます弱体化してるよねぇ」
ネロ様は、弱い者がますます弱くなったから何だと言うのだ。と言いたげな顔をしている。
暫くすると、意外にもネロ様から答えが出た。
「時間がたったからではないのか?」
「……どういうことです?」
「簡単な事だ。長い時が経てば、繁栄するものもあれば衰退するものもある。それが人間にとっては、技術と力だったという話だ」
「成る程……。つまり人間は技術を発展させたが、その技術に頼りがちになり、人間本来の力は出せていないと……」
「ま、私の仮説だ。あまり当てにするな」
だが、案外これは的を射ている。
今日1日タリアを散策して、人間の暮らしが昔より豊かになっていることに気がついた。
魔物を狩らずとも生活ができるようになったのならば、あえて魔物を狩る必要はない。わざわざ命の危険があることをしなくて済むのだ、誰もがそうするだろう。しかし、ある程度間引きをしなくては増えてくる。一部の者は昔と変わらず腕が立つのだろう。
恐らく、冒険者そのものの数が減ったのだ。昔は右を見ても左を見ても冒険者だったが、今は行き交う人の半分ほどだった。
頭であれこれ考えているうちに、ネロ様が寝る体制に入っていたため一旦考えるのを止め、毛布をかけてやる。
しばらくして、今度こそ寝たのを確認すると、タージと共にベッドに横になり、睡眠をとった。
しかし、やはりネロ様の寝顔は最高ですね。
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翌日。天気は快晴。今日も散策をするにはもってこいの日となった。
「よし、散策に行くぞ!」
「ダメです」
「なんでさ!」
朝食を済ませ、身支度を整えた私は、出発しようとした出鼻をくじかれた。
これ程の天気だ、外に出なくては勿体無い。もっとも? ぐうたら食っちゃ寝引き篭もり生活も悪くないが。
「もちろん散策には行きますが、屋台通りには行きません」
恐らく今私はガーンという音が聞こえてきそうな程、絶望の顔をしているのだろう。
ルディに助けを請うように顔を向けたが、先にやるべきことがあるのだという。
「今日は冒険者ギルドに行きます」
冒険者、という言葉にピクリと反応を見せた。見せてしまった。
その事を見逃さなかったルディは言葉を畳み掛けてくる。
「昨日の事もありますし、冒険者ギルドにあるであろう書庫を借りましょう。魔物のランクや今の冒険者の実力を知らなくては目立ってしまう事もあるでしょう。それに、料理大全なるものもあるかもしれませんよ」
「う、うーん、仕方がないな。うむ、それは必要なことだ。決して、決して料理大全に興味が湧いた訳ではないぞ」
あっさりと冒険者ギルド行きを了承する。
どこか、手の平で転がされているような気がするが、冒険者にも興味がある。いや、ほんとだよ?
話では聞いたことがあるが、どんなものかは知らない。
まぁ、今日は冒険者とやらを見てくることにした。
「ここが冒険者ギルドか」
場所は変わって冒険者ギルド前。私達は目の前の大きな木造りの建物を見上げていた。周りの建物に比べて圧倒的に大きく、存在感がある。
途中何度も、私を呼んでいる、などと言って逃げ出そうと思ったが、そこは2人にガッチリと掴み止められた。
流石に2人が相手だとキツイ。
ギルドには剣や弓など様々な武器を持った者たちが、男女問わずに出入りしていた。稀に杖や、何も持っていない者がいるが、恐らくは魔法を主体としているのだろう。
「よし、行くぞ」
意気揚々とドアを開けると、左手に酒場、中央に上下に繋がる階段、右手には依頼らしきものが貼り付けられた大きなボードと受付があった。
酒場ではまだ昼前だというのにもう飲み始めている人が少なくない。
「ほう、こんな作りになっているのか」
辺りをキョロキョロと見回す。その挙動不審な行動のせいだけではないだろうが、私たちは冒険者達の注目を集めていた。
そうなれば、酒の入った酔っ払い冒険者に絡まれるのは当たり前と言えば当たり前なわけで。
「オイ、オイオイ嬢ちゃん。ここは嬢ちゃんみたいな貴族様が来る所じゃねぇぞ」
「なんだお前は、酒臭いぞ」
酒の臭いをプンプンと漂わせる男。この男、あまり強そうではない。自分の顔に迫力があるとおもっているのかもしれないが、うちの城のシェフに比べたらカスみたいなものだな。
名前も知らんし、酒男でいいか、コイツは。
スッとルディが出て来るかと思ったが、タージの「まぁまぁ、ネロ様がどう対処するか見ようじゃないか」という言葉にかなり無理をしながら我慢していた。
「嬢ちゃんみたいなべっぴんさんがこんな所に来たら襲われちまうぞぉ?」
「だからお前はなんだと聞いている。あまりしつこいとぶっとばすぞ」
受付の人はオロオロとしながらその様子を見ているが、酒場の人達からは、はやし立てる声や止める声が聞こえる。
冒険者に対する第一印象が最低ラインにまで下がらなかったのはその止める声のお陰だろう。
そんな少しイラついている状態の私に、その酒男はあろうことか肩を組んだ。
もう我慢ならん。
この酒男には一発くれてやろうじゃないか。
「嬢ちゃんもこっちにおいで、一杯やろうじゃなブァッ……!?」
肩を払いのけ、顔面に右ストレート。
「「あ……」」
ふん、軽々しく触るでない、常識知らずが。
今の一発で目が覚めただろう。完璧な右ストレートがきまった。
少し顔にかかった髪をはらう。
そこそこパンチが響いただろう。もしかしたら気絶しているかもしれんな。そんなことを思いながら酒男に目を向ける。
「ん? 酒男はどこへ行った」
「ふ……ふふっ……ネロ様、あっちあっち……ふふっ」
何故か若干笑いを堪えきれていないまま指を指すタージ。
そちらの方に目を向けると、壁から足が生えているのが見えた。
「…………?」
「ぶっは……ふふははは……腹痛ひ……」
タージが笑いを堪えきれておらず、使い物にならなさそうと判断した私はルディに視線を移す。
するとルディも何故か天を仰いでいた。
「ルディ? 何なんだあいつは」
「……ネロ様には常識の前に、手加減の仕方を教えなくてはなりませんね……」
ネロ達は冒険者にはなりません。
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