第8話「チャンバラ遊び」
「もう一度聞くぞ、お前達は誰に害を与えると?」
先の会話を聞かれていた焦りと、そいつの異様な雰囲気に俺達は一歩も動けずにいた。
盗賊たちのリーダーである俺が、何とか動く口を動かして声を出す。
「な、何者だお前は」
「それはこちらのセリフだ」
そう言って男が建物から飛び降りてくる。音も無く地面に降り立ったその男は改めて俺達に向き直った。
月明かりのが男の顔を照らす。
今まで月を背にして立っていた所為でよく見えていなかったその男の顔が、露わになる。
コイツは確か……。
「あ、兄貴。コイツあの時の従者のやつだ」
「分かってる。へへ……お嬢様に危害を加えるやつは許しませんってか? だがお前1人で何ができる。そっちは1人で武器もない、こっちは5人で装備は整ってるんだぞ?」
「武器……? 何故コバエを潰すのに武器が必要なのだ。素手で十分だ」
「コイツ……言わせておけば! お前ら!」
その言葉を合図に、仲間が一斉に男へと向かっていく。
あるものは剣を、あるものは槍を持ち、囲むようにして回り始めた。
「へへ、謝るのなら今のうちだぜぇ……まぁ、帰しはしないがなぁ!」
ギャハハハと笑う仲間たち。
それに対して、男は全く反応せず、戦う構えもしなかった。ただ、イラついているのだろうか、腰に当てている手の指先がトントンと動いていた。
随分と余裕があるじゃねえか。
そのことに仲間は不満を覚えたのか、声を荒げる。
「おい、聞いているのか! 怖くて声も出ないのか! 許して欲しかったら金でもなんでも寄越して頭を下げたらどうなんだ!」
それを聞いて、男はスッと目を細めて俺達を見据える。
「許して欲しかったら金でもなんでも寄越して頭を下げる? その言葉、ソックリそのまま返させてもらおう。今現在、危機にあるのはお前達の方だぞ」
いくら煽っても、いくら脅しても、男は平然としていた。男のその態度に仲間たちは苛立ちを募らせているようだ。
かなり冷静な野郎だ。どこかに導火線はないものか。
「てめぇ……口だけは達者みてぇだな。 こんな従者を連れているとは、お前の主人はよっぽど馬鹿なようだな」
「なに……?」
初めて男が反応を見せる。
俺の狙いは、怒りを焚きつけ、冷静さを失わせることである。その怒りのポイントを見つけてニヤリとする。
「お前の主人は馬鹿だなぁって言ったんだよ。主人に迷惑をかける従者なんて最悪じゃねえか、そんな事も見抜けない大馬鹿だってな」
「ほう……お前はネロ様を侮辱するか……そうか」
そう言うと初めて構えを見せる男。ビンゴ、主の侮辱がこの男の逆鱗らしい。
全く、従者の鏡のようなやつだ。
十分に冷静さを失っているのを確認して、再び武器を構えた。
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周りを囲む盗賊たちに目を走らせる。
右。左。正面はあえて見なくとも目に入ってくる。
ザッと盗賊たちを観察して弾き出した感想は、弱そう、の一言だった。
武器を構える姿を見ても、強者の漂わす独特の雰囲気などは感じられない。
リーダーはまだまともではあるが、それ以外は素人といっても差し支えないような構えを見せていた。
いかにも武器を持て余している、といった感じだ。
そして突然。盗賊達は、その間の静寂に痺れを切らしたのだろう、襲い掛かってきた。
横薙ぎに剣一閃。
リーダーの振るう剣を避け、一歩後ろに下がる。
そこに背後から1本の槍が迫る。これは横っ飛びで避けた。
避けた先には、さらに男。
「オラアァァ!!」
そこに待ち構えていた男は剣を力いっぱい振り下ろしてきた。
大地を蹴って、手を下につく。
男の剣は空を切り、地面を叩いていた。
髪がなびく。
バク転で振り下ろされた剣を交わし、回転する勢いそのままにつま先を背後にいた男の脳天に叩き落す。
ゴッという音とともに男が1人崩れ落ちた。
久しぶりの人間との戦闘。少し、力を入れすぎたか。
男が倒れたことに若干たじろぐ盗賊。
その隙を、見逃さない。
近くの男との距離を一気に詰める。
男が気づき剣を振るうが、聞こえてくるのは、風を切る音。
剣は下を通っていく。男が上に飛んだことに気がついた様だ。
しかし、遅い。
顔を容赦なく蹴り飛ばす。
男の体は宙に舞い、吹き飛んで行った。
「先ずは2人だ」
顔にかかった髪をはらう。
ここまでの一連の流れで盗賊達は、勝てないと思い知っただろう。いや、思い知らさせた。
「くそおおぉぉ!!」
盗賊達ががむしゃらに飛び込んでくる。
馬鹿な奴らだ。引いていれば怪我をせずに済んだかもしれないのに。
いや、ないな。ネロ様を馬鹿にしたのだ、怪我の一つ位なくては気が済まない。
もはや連携などはなにも無かった。ただひたすらに剣を、槍を振るう盗賊。
これらを軽く交わし、鳩尾に膝を、顔に拳を、肘を叩き込む。
リーダーを除き、盗賊達は皆崩れ落ちた。
「何なんだお前は……」
震える声が響く。
倒れた盗賊達を一瞥し、服を整え、男に向き直った。
ルディだ。などというのは求めていないだろう。何なんだと言われても答えが思いつかない。
いや、あったか。今の私は、
「ただの従者だ、ネロ様のな」
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「おっせー……」
男2人の上に座っていた。
盗賊達が送り込んで来たのだろう。僕が待ち伏せしているとは考えてもいなかったのか、正面からドタバタと向かってきたのだった。
ルディのヤツとは入れ違いになったらしい。
月明かりの差し込まない廊下で、吸血鬼で夜目の利く僕に敵うはずもなく、あっさりと倒されたのだった。
「そろそろ帰ってきてもいいと思うんだけどなー、どこで道草食ってんだよ……コイツらも弱いし……」
盗賊達は両手両足を縛られていた。
「クソッ、離せ! 俺たちをどうするつもりだ!」
「さぁ? 情報はルディが聞き出してるだろうし、君達は憲兵にでも突き出されるんじゃないの?」
「チッ……クソが!」
それだけ言うと諦めたのか、盗賊は大人しくなった。
眠気を我慢してあくびをし、ボーっとする。
眠い。正直言ってかなり眠い。
「早く帰ってきてよー、眠いよー」
ただひたすらにぼやっとしながらルディの帰りを待った。
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「それで全部か?」
「あ、あぁ全部だ! だからもう許してくれ!」
私は路地の壁にリーダーを押し付けて、情報を聞き出していた。
ある程度の情報を聞き出せたので、隠していることがないか再確認すると、手を離す。
「逃げようなどと思うなよ、お前達は憲兵に突き出させて貰う。コッチの情報を漏らされると厄介そうだからな」
「ゲホッ……分かってる……」
そうして、気絶している者やうずくまっている者を連れてきてタージからも盗賊を預かり、憲兵に突き出した。
月が明るく輝く夜道をゆっくりと歩いて宿に帰る。
今日はいい夜だ。月明かりを遮る雲もない。
それにしても……。
アレでは子どものチャンバラ遊びの様なものだ。人間の力は間違いなく落ちている。
先の戦争で力ある者が死にすぎたのだろうか?
昔は剣術指南などの者が大勢いたが……。
あれこれ考えながら歩くと足並みはますます遅くなり、宿に着いた時にはタージに遅いと嫌味を言われてしまった。