第7話「不穏な影」
換金所にて換金を終えた私達は、宿屋に戻ってきていた。取り敢えず1週間分を先に支払っておき、延長するときは後から払うという形になった様だ。
鍵を渡され、部屋に案内してもらい食堂の位置などを教えてもらった。
部屋に入った後はタージとベッドにダイブし、ルディは不審な点が無いか、くまなく見て回っていた。心配しすぎでは? とも思うが言わないでおく。
それから暫くして、私はおもむろに手を挙げた。
「しゅーごー」
「どうなさいましたか、ネロ様」
「私は外に散策をしに行きたいと思う」
そう、せっかく新しい街に来たのだ。色んな所を見て回りたい。
決して私の鼻が美味しそうな匂いを嗅ぎつけたからではない。いや本当に。
「それは……構いませんが、日が暮れる前には帰ってきますよ」
「ん? 何故だ? 吸血鬼は夜目が利くし、夜の方が強いのだからいいだろう」
「万が一にも、ネロ様を危険な目には合わせるわけにはいきませんので」
「ちぇー……」
まぁ、仕方がない。妥協しておこう。
それからある程度のお金を袋にいれ、髪などを整えてから外に出た。受付からは、いってらっしゃいませ、と声が聞こえた。
近くの商店街は来た時と変わらず多くの人で賑わっていた。
しかし、話に聞いていたのとは違い、殆ど人間しかいないように見える。初めて見る吸血鬼以外の種族を楽しみにしていたので少なからず、落胆した。
「殆ど人間しかいないじゃないかぁ……」
「よく見て下さい、ネロ様。あそこの男は耳が長い、あれは長耳族。魔法の才能を持つものが多いと言われる種族です。こっちの女は目が黄色く、獣の様な瞳孔をしています、これは獣眼族です。身体能力が優れているとされる種族です」
成る程。そう言われてもう一度辺りを見渡してみると、確かに他とは違う特徴をもつ者たちが少しばかり混じっていた。筋肉隆々でスカートをはいた化粧の濃い奴はなんという種族なのだろう。
それにしても、人間に比べると圧倒的に数が少ない。そのことをルディに聞いてみると、これでも数は多いそうだ。もともと人間が大部分を占め、他の種族は希少らしく他の国では殆ど見ることはないという。
「それにしても……見た目はほぼ人間と同じだな……」
「私達もそうでしょう。この少しばかり長い歯を除けば人間と見た目は変わりません」
そう言って自らの歯を見せるルディ。人間の犬歯にあたる部分が他の歯より鋭くなっていた。確かに見た目では私達もそれほど差がある訳ではなかった。ちょっと顔立ちが整っているくらいだ。
「むぅ……そういうものか」
その後もキョロキョロと周りを見ながらも散策を進めると、ある文字が飛び込んできた。
「屋台通り……?」
その屋台通りという文字が書かれた看板は、左手側を指し示していて、そんないかにも食べ物の香りがするものを私が見逃す筈がない。
私の食べ物センサーは今日も絶好調だ。
「よし!こっちに行くぞ!」
ズンズンと進んで行くと、食べ物の香りが強くなってきた。辺りの景色も変わり始め、美味しそうな香りが立ち込める。
さぁ、未知なる食べ物よ、今行くぞっ!
「素晴らしい、素晴らしいぞっ!」
そこには道の名前のとおり、多くの屋台が連なっていた。
あちこちに見たことのない食べ物がある。それだけで私の理性を吹き飛ばすには十分だった。人混みを掻き分け、我先にとあちこちの屋台を回り始める。漁り始めると言ってもいいかもしれない。
「おぉ……! 何だこれは! 美味いのか!?」
早速興味をもつ店を見つけた。嬉々として店主に話しかける。
果物……なのだろうか。店先には謎の食べ物が置いてあった。果物の名前が書いてあるが、見たことも聞いたこともない。恐らくこれを使ったスイーツなのだろう。
「あぁ美味いぜ、この近くでしか取れない果物を使ってるんだ」
「よし店主、これを買うぞ!」
「まいどありー!」
「ルディお金を…………ルディ?」
いつもは直ぐに反応するルディがお金を払わなかったことに疑問を持ち、顔を上げると、ルディは少し離れた建物を見ていた。注意深く、何かを探る様に辺りをじっくりと見回している。
「ルディ?」
「え……あぁ、申し訳ありません。お金ですね、どうぞ」
ルディの態度に多少疑問を覚えながらも、お金を受け取って払い、商品を受け取る。
その間もルディは建物から目を逸らさなかった。
何を見ているんだ、と小首を傾げていると、タージがなだめてきて散策を再開させる。
散策と辺り一面の未知の食べ物に気をとられて、そのルディの態度など完全に忘れ、日が暮れるまで散策を続けた。
「いーやーだ、まだ帰らないぞ!」
「何も今日だけじゃないんだよ、ネロ様。また明日、ね?」
「むぅう……」
そんなやりとりをしてタージに引きずられて行く私を、屋台の人たちは暖かな目で見ていたという。
後日それを見ていた人達に値引きして貰えたりした。決して図ったわけではない。
結局、その日は散策や長い馬車の道のりで疲れ果ててしまい、夕飯を食べてお風呂に入って、直ぐにベッドにダイブする。
早く寝るようにルディに言われるが、それを聞き流してベッドの上でゴロゴロと転がる。
宿屋のベッドは魔道具だ、間違いない。人を強制的にゴロゴロさせたくなる魔法がかかっている。ゴロゴロ最高。
その間にタージは水をもらってくると言って部屋から出て行った。
暫くすると転がるのにも飽きて、大人しく寝ようとするが、ルディが部屋の窓から外を見ているのに気がついた。
その顔付きは心のなしか険しく、何かを睨みつけている様にも見える。ルディを見ている私に気づくと、ルディはふっと笑みを浮かべた。
「……なんでもありません、月を見ていました。今夜は月が綺麗に見えていますね」
「え……あぁ、そうだな」
「お休みなさいませ、私はこの後馬車を見てきてから睡眠を取りますので」
「そうか……おやすみ」
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ネロ様が横になり寝息を立て始めたのを確認すると、ドアを開け、部屋の外に出た。
部屋から出たそこにはタージがいた。背を壁に預けて、もたれている。私が出てきたことに気づくと、気だるげに声をかけてきた。
「……僕の出番? それともルディが行く?」
「今回は私が行く。タージはこの部屋に不審者が来ないか見張っていろ」
「はいよ、了解」
タージはもたれたまま、敬礼のジェスチャーをする。
立ったまま寝そうだな、コイツ。
そんなタージの様子を一瞥し、廊下を歩いて行き、闇に紛れた。
「全く……馬鹿な奴らもいたもんだねぇ」
聞こえてきたやれやれといったタージのそんな呟きは、月明かりの当たらない廊下の暗さに溶け込んでいくかのようだった。
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今ここにいるのは全部で5人、俺は宿屋の真向かいの建物の陰に潜んでいた。昼間の不注意な発言を耳にして、あの3人をを追って来ていた。
「へへっ……運がイイですね兄貴、まさか目の前であんな情報が聞けるとは。後はあの金を奪って、屋敷も特定してお宝をさらうわけですね」
「そうだ、どこの貴族か、見かけない顔だったが、どうやら長く続く家のようだからな。屋敷にもお宝を散々溜め込んでるだろうよ」
俺はユリウス硬貨を知っていた。あいつらが1、2枚ならともかく、何枚もこの硬貨を持っていたため、長く続く大貴族と見当をつけた。
まぁ俺らからすればいい獲物だ。
「それで、先に忍び込ませたあいつらはどうなっているんだ?」
「そろそろ忍び込む頃ですぜ、兄貴」
「ククク……あの貴族の屋敷を特定したらあの方達の俺たちに対する評価はうなぎ登りだ」
俺達は、そんなやりとりをしながら、先遣隊の報告を待っていた。
月は依然として明るく輝いていた。
辺りは寝静まり、人の気配は無い。するのは、俺達の話し声だけである。
すると突然影が落ち、頭上からコツッ、という音が辺りに響いた。
その音に驚き、顔を上げると、建物から俺達を見下ろす黒い人影が目に入る。
「誰だてめぇ!」
仲間の1人が反射的に声を上げると、その人影はさらに一歩、前に出た。
「先程から聞いていれば……誰の金を盗み、誰に報告すると言うのだ?」
その声は静まり返った夜の街に凛として響く。
月明かりを反射する金の髪がなびく。
獲物を見つけた獣のように爛々と輝く2つの青き瞳が、俺達をその場に縛り付けた。
「もう一度聞くぞ、お前達は誰に害を与えると?」
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