第5話「いざ、外の世界へ」
出発当日、天気は快晴。風はほぼ無く気温もやや暖かい程度と旅立ちには最高の日となった。
玄関でルディの馬車を待つ私達の元には多くの者たちが詰めかけていた。
「姫様!お気をつけて!」
「風邪を引かないようにね、健康には気をつけるのよ」
「おいタージ!姫様に変な虫がくっつかねえ様にちゃんと見張ってろよ!」
「そうだそうだ!ネロ様に手を出しやがったら俺がそいつをぶっ飛ばしてやる!」
「分かってるよ!僕だってまだ死にたくないからな!」
「あ、あはは……行ってくる」
私が手を振りかえすとワッと周りが沸き立った。
なんだこれ、すごいな……。
皆のあまりの剣幕に若干引いていると、ルディが馬車に乗ってきたようだ。馬の蹄の音がする。
「ネロ様、お待たせいたしました」
ルディが御者席から降りてきて、馬車のドアを開ける。
中に乗り込むと、外から見るよりもずっと大きな作りになっていた。城にある私の自室と同じくらいだろうか、10人程で乗っても悠々とできそうだ。流石にお風呂はなかったが、キッチンやベッド、トイレや本棚までが完備してあった。
「……ルディ、これ魔道具?」
「はい、マイスター家に代々伝わる魔道具の1つです。ネロ様のお父様もよく乗っておられました。」
魔道具。特殊な魔法で加工をした道具のことである。
この魔法を使いこなす者はかなり少なく、そのため商品はとても高額なものになるらしい。小さな物でさえ一般市民はほぼ手を出すことはできないと言われている。
魔道具を嗜むのは貴族や商人の富裕層だ。
ん?なんでそんな物がここにあるんだ?
まぁいいか、きっと誰かがもっていたのだろう。
「タージ、馬は任せたぞ」
「えぇ!? 僕が手綱握るの!?」
やや強引に手綱をタージに押し付けたルディは、馬車の中へと入ってきた。
窓から見える景色はどうかな、と外を見ると、木々が左から右へと流れていた。
「あ、あれ?もう発車してるのか? あと、道あったんだな……」
「はい、この馬車は揺れを軽減する魔法がかかっていますから乗っている側は揺れを感じることはまずないでしょう。他にも、寒暖対策、換気なども。道は、ここに移り住んだときに使った道を、ほとんど獣道同然ですが、残してあります。馬もただの馬ではなく魔物です。見た目や歩き、走りの速さこそ普通の馬と変わりませんが、そこらの魔物なら自分で撃退できる程度には戦闘力があります。」
「へ、へぇ……」
ところで、ほとんど獣道、ということは振動軽減の魔法の効果範囲外にある御者席はものすごい揺れである訳で、「うわわわわ、ふざけんなぁあ! ルディィィ! お前知ってただろぉぉ!!」という男の叫びが聞こえなくもないが、その声に対してルディは完全に無視を決め込み、お茶を淹れる準備を始めるのだった。
「ネロ様、お飲み物は何にいたしましょう?」
「ルディって意外と腹黒いな……」
いつも通り微笑むルディの顔がどうしても黒い笑みにしか見えなかったのは、きっと仕方がないことだったのだろう。
タージ、お前のことはーーあ、飲み物はお茶で頼む。
ルディにお茶を淹れて貰い、くつろぎ始めて1時間半が経過したころ、ふとルディが何かを確認するように外を見た。
「ネロ様、そろそろ外に出ますよ」
「なにっ、本当か!?」
焦って窓に近寄ってみる。
外を覗き込んで見ると、薄暗い森の中とは違い、木々の隙間から光が差し込んでいた。馬車が光の世界へ飛び出すのを今か今かと待ち望むと無意識のうちに小躍りを始めてしまいそうになる。
徐々に光の方へと近づく馬車。鬱蒼と生い茂る木々を置き去りにして馬は進み、そして遂に、馬車は外の世界へと飛び出した。
「わぁー、外だ!ルディ、外だ!何にもないな!」
見渡す限りの草原だった。鬱蒼と木々が生い茂っていた森とはうって変わり、背丈の低い草花が辺り一面を覆っていた。窓を開けてみると、様々な花の良い香りが感じられた。
「私達は南のタリアという国に向かっておりますので、200年の間に新たに街などができていなければ、暫くの間はこの景色が続きます」
「うん、いいぞいいぞ、こうしているだけでも十分楽しい」
窓を開け放ち、鼻をひくつかせて、身を乗り出すように外を眺める。見たことのない草花や嗅いだことのない香り、どこまでも続く草原という景色が五感を刺激し、楽しませていた。
初めての外の世界。これならば、いつまででも見ていられる。
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「……飽きた」
先ほどまでのはしゃぎ様はどこに行ったのか、ネロ様は既に窓を閉め、フカフカのソファに身を沈めていた。見たことのない草花も、見慣れてしまえば「またか」という気持ちになり、嗅いだことのない香りも、時が経てば「香り分かんなくなった!」となり、どこまでも続く草原は「ツマンネ」と一瞬で飽きてしまったようだ。ネロ様は外の事など完全にシャットアウトし、チビチビと淹れてもらったお茶を飲みながら読書をしていた。
自分の主の飽きっぽさに苦笑いしながら、私はこれから行く、タリアという国について説明を始めた。
「これは200年前と変わらなければの話ですが、タリアは多種多様な種族が住み、温暖な気候から様々な作物が取れる豊かな国でした。元々は人間以外の種族が集まってできた国なので、この国では特に差別などは無く平和な国として知られていました」
「差別……?」
「はい、今はどうかは知りませんが、昔は人間至上主義を掲げる国が幾つかあったのです。その国では人間以外の種族は下等動物と見なされ、奴隷として扱われていました」
「ふん……面倒だな、そういうのは」
「タリアにはそういった事は多分ないと思うので安心して下さい」
「私には関係ないな。で、そこの名物は?」
「はい?」
「そこの美味しいものは何だって聞いてるんだ!」
あぁ……多分この人は美味しいものを恵んでくれる人ならば、種族は関係ないのだろう。
何故か少し、残念な気分になった。
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もう少し馬車でグダグダさせようかなと思いましたが、サッサと進む事にしました。次はタリアに到着です!