第4話「試食会の後に」
「成る程、それでタージは美味しいものを食べ漁ってたわけか……羨ましい!!」
場所は吸血姫城の中、私の執務室。
タージからだいたいの報告を聞いて、外の世界の未知なる食べ物に興味を示していた。この城の中では、料理でさえも200年前の状態で止まっていたのだ。200年の間に進化し、新たに生まれていった料理たちは、私にとって興味を持たずにはいられないものだった。
「それで、この壺がウワサのタレってわけだ」
「ネロ様、食べ物より先につっこむところがあるかと」
「私にとってはこっちが優先事項!」
そう、こっちの方が優先すべきことである。まさか外の世界の料理がそれほど美味しいなんて……! これは、食べてみなくては。
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「私にとってはこっちが優先事項!」
そう言って足早に執務室から去っていくネロ様を若干呆れ顔で見送りながら、タージへと向き直り、真面目な顔つきになって質問を続けた。
「タージの報告を聞くに、もうパピロンは攻めてこないとみていいか?」
「攻めるも何もあの状態だとねぇ……復旧にどれだけ時間がかかるんだかって感じ。もう実害はほぼ無いと思っていいと思うよ」
「ネロ様に害をなすものはさっさと滅びるべきなのだ」
「ネロ様の食道楽もなかなかだけど、ルディの姫様愛も結構ぶっ飛んでるよねぇ」
そう、ネロ様が私にとっては第一だ。いや、私達と言ってもいい。ネロ様は私達吸血鬼の宝のようなものだ。
少なくとも私はそう思っている。
執務室を出て、ネロ様を追ってキッチンへと向かう。あの様子では間違いなくキッチンに行ったという長年の経験からくる予測をした。
途中、何人かすれ違った同胞に脅威は去ったと告げ、皆に広めてもらうことも忘れない。
この城の中という世界では、何人かに話を流すだけで全員に広まるのだ。何とも小さな世界である。
そして、ネロ様は予想どおりキッチンにいた。タージから聞いた、肉を串に刺して焼き、タレを塗った食べ物を再現するためだろう。ネロ様は料理ができないので実際はキッチンにいるだけだが。料理のことは全て料理担当に任せるお姫様だった。
なに、完璧ではつまらない。少しはできないことがあった方が可愛らしいというものだ。
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「それで姫様、肉を焼いた後はこのタレを塗るだけでいいのか?」
そう私に聞くこの男は、細身がほとんどで美男美女が多い吸血鬼にも関わらず、筋肉は隆々としており、いかつい顔つきをしていた。正直怖い。そこらのゴロツキの親分でもやってそうだ。
「そうらしいな? 本当かどうか分からないが、美味しいらしい」
「ほーう、こんなタレがねぇ」
名前はグリム。この城の料理担当の中の料理長であり、私に体術を教え込んだ師匠であったりもする。メチャクチャ強いゴロツキ、それだけ聞くと超タチが悪いヤツだ。
「早く早く!」
「分かったから、ちと待ってろ」
まぁ、顔だけで実際はそんなでもないのだが。典型的な顔で損するタイプ。
グリムが肉を焼き始めるのをニコニコと眺めていると、キッチンへと入ってくるルディとタージに気がついた。
「2人とも遅いぞ!」
「すみません、ネロ様。しかしこのようなタレだけで美味しくなるものなのですか?」
「本当に美味しかったんだって!食べれば分かるよ!」
そうこうしているうちに、グリムが肉を焼き終えたようだ。一旦皿に取り、タージが持ち帰ったタレを絡めていく。
初めての香りが鼻腔をくすぐる。
そして遂に、ウワサの食べ物が私達の前に並んだ。
見た目は悪くない。香りもなかなかだ。
「初めてだからよ、タレもどのくらいかければいいか分からなかった。味が濃すぎたりしたら言ってくれ」
「うむ、ありがとう!じゃあ早速、いただきまーす!」
「いただきます」
「うん、見た目はそっくりだよ。いただきます」
一斉に肉にかぶりつく。
口に入れた瞬間に甘じょっぱい味が広がり、独特の香ばしい匂いが鼻から抜けていく。
「お、美味しい……」
「これはなかなか……」
「でしょー!美味しいんだって」
しばらくの間黙々と食べ続けた私だったが、ふとある事に気付いた。
「どうしたの、ネロ様?」
「なぁタージ。コレ、外の世界では普通に売ってるものなのか?」
「うん、そうだと思うけど」
……ほう。成る程成る程。これは、行かねばなるまい。
私は決心をして顔を上げた。
「……決めた。私は、外の世界に行く!」
「はぁ!? なんで!?」
「こんなに美味しいものが外の世界にはあるのだぞ? それを食べずにいてどうする!」
「あちゃー、これグルメ病、全治3年だ」
阿呆、3年で治るか。
天を仰ぐタージ。
しかし、ルディはこの意見に賛成なようだった。ルディはチラリと私を見て頷いた。
「外の世界ですか……悪くないかもしれませんね」
「ルディも何言ってんの!?」
「今回の事で私達には分からないことが多すぎます。国同士の情勢はどうなっているのか、何故人間がオルタロスを撃退できなかったのか、ここを神聖視する宗教の存在、それに何より、ネロ様は外の世界を全く知りませんからね……ちょうどいい機会ですし、少しは見ておいたほうがいいでしょう」
「う、確かに……」
ルディやタージ、城の吸血鬼たちは新たに生まれた子ども達を除けば、ほとんどが外の世界を知っている。しかし、私はこの森に移り住んだ後に生まれた為、1度も外の世界というものを見たことがなかった。絵や、本などで少しばかりは知ってはいるが、それも200年前のもの。今もその知識が通用するとは限らない。
「しかし、もし行くとなるとネロ様が留守の間、誰かにこの城の管理を任せないといけませんね」
「それはあたしで良いんじゃない?」
突然聞こえてきた声に一同がキッチンの入り口を振り返った。
「ミラ!」
「やほー、凄い良い匂いがしてたからさ、つられてきちゃった」
「確かに、ミラなら任せられますね」
ミラは陽気な性格もあり、この城ではかなりの人望がある。しかし、ミラ1人では心許ないということで、ルディはグリムにも一声かけておくことにしたようだ。
「グリムさん、我々が不在の間、城の管理をお願いできますか?あと、ネロ様の社会見学の件、皆さんに言っといてもらえると嬉しいです」
「了解した、確かに外の世界を1回くらいは見ておいた方がいい。気をつけて行ってきな」
こうして急遽決まった私の社会見学だが、ルディは前々から思うところがあり計画を立てていたようで、特殊加工の馬車あり、食器や寝具もありと、後は各々の着替えを持つだけとなっていた。
話し合った結果、混乱が起きないよう皆に話が伝わってから城を出ることにした私達は、3日後の朝に出発の時を決めた。
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ネロ様の社会見学の件を話し合い、そのまま試食会は解散となった。
一旦自室へと戻ったネロ様は旅の為の荷物を詰めていた。フンフフンと時折聞こえる鼻歌から今のご機嫌さが伺える。
まだ見ぬ外の世界にワクワクしながら支度をするネロ様は、さながら遠足前の子どものようだ。
初めての外出なのだから、それも仕方がない。
そんなネロ様の様子を微笑ましく見ながら、私は用意を手伝っていた。
大きくなったものだ。産まれた時から見てきたが、ふとそんなことを思う。
「なぁルディ! お菓子持っていっていいか!?」
「……」
……訂正。ネロ様は私が思っていたよりもずっと子どものようだ。
第4話です、少しずつpvが増えてきて嬉しかったり……(^∇^)
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