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第1話「内の世界」

 それは、なんと呼ばれていたのだったか。当たり前、常識、世の常。人それぞれで様々な呼び方があるだろう。しかしそれも一時の流行に過ぎない。常にこれは、絶対に不変である、と言い切れるモノはいくつあるのだろうか。


 そして、ここにそんな流行とやらに取り残されてしまった少女が一人。いや、今の世の中から見ればここに住む全員がなかなかにあり得ない訳だが、そんな彼女らが住む城があった。



ーー眩しい。


「ネロ様、起きて下さい。朝です」

「ん……」


 朝の訪れを告げるその声に、少女は重い瞼を持ち上げた。

 この少女は朝に弱いらしい。今日一声で起きることができたのに声をかけた本人が驚いている。


「珍しいですね……ネロ様がすぐ起きるなんて」

「ううん……昨日かなり早くに寝てしまったみたいで……」

「そうですか、お召し物はいつもの場所にありますので」

「んー」


 適当に返事をし、男が部屋から出て行くのを見て豪華なベッドから起き上がり伸びをする。朝日を全身に浴びて大きな窓から広がる景色を見ながら、ネロは軽く息を吐いた。


 彼女がいるのは巨城の最上階。城の正面には色とりどりの花が咲き誇り、裏手には朝日を反射し鏡のように煌めく大きな湖が存在感を放っている。さらに、その花畑や湖を囲うように果てしない森が続いていた。

 そして、そんなのどかな森の中で暮らす彼らは、『吸血鬼』なのであった。



----



 着替えを終え、長い黒髪を整えて食堂へと向かう。

 途中で何人かの男女に「おはようございます」と挨拶をされたが、彼らは皆この城に住む家族のようなものだ。

 今日もいつもと変わらない日常が始まる。


「おっはよー! ネロちゃーん!」


 朝からテンション高く声をかけてくる。褐色の肌、肩にかかるくらいの銀色の髪、健康的な見た目の少女。

 朝が弱い私からすると正直うっとうしい程の元気さだ。


「ミラ。朝から騒がしいぞ」

「まぁね、元気が一番だからさ!」

「ネロ様、ミラ、おはよー」


 こちらは私と同じ黒い髪、しかし目の色が紅い私と違いエメラルドのような綺麗な緑色の目をした男。

 ちょっと眠そうだ。きっと起きたばかり、というわけではない。いつも大体はこんな感じだ。

 馬鹿そう、鈍くさそうな見た目といえばいいのだろうか。


「タージおはよう。お前は髪とか諸々整えてから来い……」


 タージを交え、3人でたわいもない話をしながら向かった食堂では、朝起こしにきた男が待っていた。

 少し長めの金髪に、海のように深い青の目をしている。身内フィルターをとってもかなり美形と言っていいだろう。

 いつも通り席に着く。


「ルディ、今日は何かあるか?」

「いえ、特には。いつも通りです。午前は魔力の制御訓練と座学、午後は体術トレーニングです」

「つまんな……」

「ネロ様、反復が大事なのです」

「もう100年はやったんですが」


 まぁ、私は偉いからやるのだけれど。

 ルディにぶつくさと文句を言いながらも朝食を食べ終え、大人しく勉強部屋へと向かう。

 真面目に授業を受ける? そんな馬鹿な。真面目に聞き流しに行くのだ。ぶっちゃけ100年もやっていれば勝手に頭に入る。



 吸血鬼の寿命は総じて長い。数百年前後は生きる。私も160年ほど生きてきたが、他の吸血鬼から見ればまだまだ子ども同然だ。


 そしてこの世界には、魔法と呼ばれるものが存在する。

 基本は火、水、土、風、雷の5大属性に、特殊属性として光、闇がある。


 魔法を発現するとき、その属性の色を伴った魔法陣が現れる。強力な魔法や特殊な魔法であればある程、魔法陣は複雑になっていく。


 そして魔力の量、魔力量というものがあり、これが多ければ大きな魔法や大量の魔法を使うことができる。

 魔力量というものは生まれつきのもので、多少の伸びしろはあるものの大きく変わるものではない。


 また、魔法には得意不得意があり、得意なものは扱いやすいが、不得意なものはとても扱いづらく多くの魔力を消費する。

 しかし全く使えないというわけではない。あくまで得意不得意だ。


 魔法において大事なことは明確なイメージときちんとした魔力制御である。

 曖昧なイメージだと多くの魔力を消費する。魔力の制御が大雑把でも多くの魔力の消費する。


「ここまではいいですか? ネロ様」

「んーバッチリバッチリ」


 勉強部屋で先生による有り難い説明を聞きながら、遠くの世界へと旅立ってしまいそうな意識を覚醒させる。

 そしていかにも飽きたと体全体で表現するように机に突っ伏した。疲れたよー、サボりたいよー、と負のオーラを発してみるがボケ老人には伝わらなかったようだ、「魔法の制御に関していえば――」とお経を唱え始めてしまった。


 はぁ、と息を吐いて突っ伏していた顔をずらし、今日も窓から見えるまったりと流れ行く雲を眺め始めるのだった。




 午後になり体術訓練をしていると、少し風が強くなってきていた。

 バランストレーニングならいい訓練になっただろう。しかし今私がしているのはただの戦闘術。髪が乱れて邪魔くさいことこの上ない。そんなことを思っている今も強風に髪が煽られワカメのようになってしまっている。

 相手をしているルディの髪が乱れないのは何故なのか。イケメン補正かな? 

 余裕そうに微笑むその顔を蹴ってしまいたい。


「ルディ、雨が降ってきそうだから服が濡れてしまう前に部屋に戻りたいと思うんだが」

「却下です」

「なんでさ」

「確かに雨が降りそうですが、まだ先の話です」

「雨降ってきたらどうするんだ」

「私が全力を持ってネロ様の盾となります」

「アホくさ……」


 呆れを通り越して感心すらおぼえる。どんな敵だろうと主を守る姿勢は見上げたものだが、相手がいかんせん小物過ぎるだろう。

 だいたいなんだそのキリッとした顔は蹴られたいのか。


 そうこうしているうちに雨が降り始める。

 もちろん雨粒など防げるわけもなく。

 ずぶ濡れになった私は無言でルディを吹き飛ばした。文字通り風の魔法で。


 吸血鬼の身体能力は非常に高い。

 一般的な人間からすると、か細いと言われる吸血鬼でさえ強弱はあれど、戦士の様な筋力に感じると言われているらしい。

 まして、ルディはこの城で1、2を争う程に強い。魔法など総合的に見ると間違いなく私に軍配が上がるが、単純な身体能力ならばルディもかなりのものだ。たかだか10メートルやそこらの高さから落ちたところで、死にはしないのだ。


「まったく、ルディのやつめ……」

「ネロ、今回はどこまで飛ばしたの?」

「ミラか……さぁな、外周区位まで飛んで行ったんじゃないか?」

「うわぁ、容赦ないねぇ……」

「いつもの事だ、死にはしない。少ししたらひょっこり帰ってくるさ」


 まぁ普通この役目はタージの役目の筈なのだが。

 そんなことを考えながら髪を拭く。タージは見た目からかよく弄られる。かく言う私も弄る側の者だ。

 

 そして着替えを終え、適当にミラと話をしていると突然、部屋のドアが勢いよく開かれた。


「ネロ様!」

「ルディ、早かったな。それ程遠くには飛ばされなかったのか?」

「いえ、外周区のいっぱいまで飛ばされました」

「うわぁ、そんなところまで……」

「まぁ、自業自得だろう」

「ネロ様は少し手加減を……ではなく、南西のパピロンの国の方から軍勢が来ています! 飛ばされている時に遠方からこちらへと向かって来る軍勢を視認しました!」


「……唐突だな」




----





 薄暗く広がる広大な森を目指し進軍していた集団の中に、戦場には不釣り合いな程、豪華な馬車に乗る男がいた。


「良いか! 我が国は東以外の3方向を大国に囲まれておる! そして近年、その3国はさらに力をつけ、我が国は軍事面のみならず、国家間の発言力もが危機に陥っておる。しかし! かの3国といえども、未だ誰一人としてあの常闇の森を突破したものはおらん! そこで我らがあの未知なる地を攻略し、我が国の軍事力を見せつけ、新たな土地と資源を得て、大国へと成り上がるのだ!!」


 男の言葉に歩みを進める者達は大いに色めき立つ。

 その様子に満足気に頷いた男は再び腰を下ろし、杯に口をつける。


(フン……冒険者の腰抜け共め、あやつらなんぞいなくとも、これだけの軍勢だ、問題なかろう……。他の国もこんな森に何を手間取っているのか……物量で攻めてしまえばいいものを)


 当初の予定では冒険者と呼ばれる、魔物を狩り、生計を立てる者達もそれなりの数がいるはずだった

 しかし、国から冒険者ギルドへの緊急依頼で給与はそれなりに出るというのに依頼を受けた冒険者はごく僅かだった。

 国のお偉いさんや国内でのうのうと過ごしてきた騎士達は揃って首を傾げたのだが、日常的に魔物と戦い、危険な場所や魔物を熟知している冒険者にとって、その反応は当たり前のものだった。


 軍勢が目指す場所は『常闇の森』。冒険者の間では超危険区域として、上位層であろうとも好き好んで近寄る場所ではなかった。

 自ら三途の川に足を踏み入れ、渡り始めているなどまったく思ってもいないこの男は、森を攻略した後の事を考え悪どい笑みを浮かべているのであった。




----




「如何致しますか? ネロ様」


 場所は戻って吸血姫城。

 軍勢を迎え撃つ為に、私達は一堂に会していた。私達、と言っても主要な人物のみだが。普通の者はいつも通りの日常を送っている。


「まぁ、テキトーにオルタロスを10匹程」


 了解しました、と言い残し部屋を去っていくルディ。そしてそれを見送ってからタージが口を開く。


「じゃあ僕は偵察ついでにオルタロスとの戦いを見てこようかなー」

「いってらっさい。偵察は任せた」

「はいはーい」


 仮にも戦場の近くに行くというのに、本人は呑気なものだ。

 しかしこのタージ、この城で隠密行動が一番上手いのは誰かと聞かれたら真っ先に名前が挙がる程に優秀なのだ。眠そうで、馬鹿そうな見た目なのに。


「さて……どうなるか」


 頬杖をつき、軍勢が押し寄せているであろう南西の空にその紅い目を向け、薄く笑みを浮かべた。





「ネロ様ー、晩ご飯持って行ったほうがいいかなぁ?」


「なんだよ! ちょっとカッコつけてたんだ、空気を読め! この馬鹿!」




初投稿です、拙い文だとは思いますが、よろしくお願いします。誤字脱字などありましたらお知らせ下さい。よかったら、ブックマークなどお願いします。

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