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7-1

 

 翌朝、身支度を整えて朝の挨拶に皇妃の部屋へ急ぐダイアンは、その手前で足を止めた。

 皇妃の居間の扉から少し距離を取ったところで、侍従に侍女、それに小間使いの少女に給仕までもが足を止め中の様子を伺っている。

 

「どうしたの? 」

 部屋の中をのぞきこんだ侍従にダイアンは声を掛ける。

「それが…… 

 実は昨日、セリム殿下の婚姻が正式に決まりまして…… 」

「あら、そう? 良かったじゃない。

 おめでとう。」

 すでに本人の口から聞いていたせいであまり驚くことなくダイアンは平然と言う。

「その結婚披露宴のどちらにディアヌ様がおでになるのかで、陛下と皇妃様がもめておりまして…… 」

 侍従はしどろもどろに答える。

 

「あたし? 」

 目を見開いてダイアンは侍従を見上げた。

「はい、祝宴ですので華が必要だと。

 それにはディアヌ様は欠かせぬ存在ですから」

 

 宗教的事情もありこの国ではどんな宴席でも男と女が同じ部屋で席に付くことはない。

 結婚披露宴だろうが皇帝の即位式だろうが男は男、女は女だけで宴会が開かれる。

 唯一ダイアンのような詞謡いや、踊り子と言った宴に華を添える存在だけが性別に関係なくどちらの宴にも顔を出すのが許される。

 

 それは間近に迫った第二皇子の結婚披露宴でも同じだ。

 

 結婚披露宴の場合同じ日の同じ時間帯にどちらの宴も開かれる。

 そのため、一人しか居ない『呪詞謡い』の取り合いになったということだろう。

 

「あたしなんか居なくても宴会はできると思うんだけど…… 」

 ダイアンは息を吐く。

「そうは申されましても、ディアヌ様は陛下にも皇妃様にとってもご自慢の逸品ですから、特にこういうおめでたい席ではどうしてもお客様にご披露したいのでしょう」

「あたし、物じゃないわよ」

 苦笑いする侍従にダイアンは膨れて見せる。

「でしたら、仲裁をお願いできませんか? 

 陛下はこの後公務が詰っておりまして、そろそろ表に戻っていただかないと間に合わないお時間なのですが…… 」

 侍従が困惑気味に言った。

 

「それは…… できたら、遠慮、したい、かなぁ…… 」

 ダイアンは顔を引きつらせ少しずつ後ずさりながら呟いた。

 

 一応皇妃の持ち物であるダイアンは皇妃の指示に従わないわけには行かず、かといってそれより目上の皇帝の命令に従わないわけにも行かない。

 板ばさみにあって身動きが取れなくなるのはわかりきっている。

 

 このときばかりは身体が二つ欲しい思いだ。

 

 ここは知らなかったことにして、後に決まったことに従えばいい。

 

「誰? もしかしてディアーヌかしら? 」

 気配を察したように皇妃の声がする。

 

「ちょっといらっしゃい、おまえも陛下に一言うといいわ」

 すでに少し腹を立てているとみえ、皇妃の言葉は荒かった。

 

 その言葉を耳に、侍従は及び腰のダイアンの腕を引き寄せ背中を押して部屋の中に放り込む。

 

 押し込まれた部屋の中では食事の途中だったと思われる皇帝と皇妃が、食卓を挟んで難しい顔を突きつけている。

 

 傍らでリュートを抱えたザイードが控え、呆れた顔をダイアンに向けた。

 

「あの…… 

 時間をずらすってことじゃいけませんか? 」

 部屋に足を踏み入れるなりダイアンは言ってみる。

 

 以前も同じようなことがあった。

 どっちにしろ、踊り子や曲芸士などなど、場を盛り上げる人間が無数に用意されるのだから、ダイアンの出番が最初から最後まで通しであるわけではない。

 時間をやりくりすれば充分に間に合う。

 

「午前と午後と、どちらでも構いませんけどあたしの出番を調整してくれれば、どっちの宴にも出られると思うんだけど」

「僕もそう言ったんだけどね、そしたら今度は、どっちが先か後かでもめだして、結局最初に逆戻り」

 ため息混じりにザイードが説明してくれる。

 

「はぁ。

 じゃ、いっそのこと今回は、あたしは欠席ってことで…… 」

 仕方なくダイアンは奥の手を出す。

 呟くように言うと皇妃の顔がさっと変わった。

 他の人間が言ったなら明らかに二人の不興を買い、厳罰に処されるところなのだが、当のダイアンにだけは許された権限とでも言おうか。

 もちろん言葉だけだ。

「そんなことは許しませんよ。

 おまえが宴に出ぬなど…… 」

 うろたえたように皇妃が言う。

「わたし、陛下も皇妃様も大好きですから、お二人のいがみ合っているところなんて見るのは悲しいので。

 ここは諍いの原因であるわたしが身を引けば丸く収まるでしょう? 」

 あくまでもそのためだとばかりに言って、笑みを二人に向ける。

「そ、そうね。

 おまえがそういうのなら、仕方がありませんね」

 皇妃が諦めたように言う。

 

 その一言でドアの向こうから安堵の息が無数に漏れるのが聞こえた。

 

 

「そうと決まれば、衣裳を用意しなくてはね」

 皇妃は先ほどとはうって替わったように上機嫌だ。

「何にしましょかしら? 

 先日かの国から献上された絹でヴェールでも作る? 」

 嬉しそうな華やかな笑みをダイアンに向ける。

「皇妃さま、わたしはもう…… 」

 ダイアンは慌てて首を横に振る。

 宴の度に届く衣裳にはほとんど一度しか袖を通していない。

 新しい衣装など用意してもらわなくても着るものは山ほどある。

「そうねぇ、おまえの衣裳や装飾品はまた陛下がご用意してくださるでしょうし…… 」

「では、これを…… 」

 皇妃は腕に嵌っていた細いブレスレットを抜き出すとダイアンの手を取り上げはめてくれる。

 この国では珍しくないとはいえ異国の細工物だ。

 ただ皇妃の持ち物にしては珍しく使い込まれたような痕がある。

「わたくしがお嫁に来る時に、母に贈られた物なの。

 でもこういう華奢なのは、おまえみたいに若い娘の細い手首の方が似合うから…… 

 お持ちなさいな」

 ふわりと優しい笑みを浮かべながら皇妃は言った。

「皇妃様、そんな大切な物、いただくわけには」

「どうせ、おまえは新しい物を作ってあげるといってもきかないでしょうし」

 どう反応していいのか、戸惑っていると諦めているとでも言うように言われる。

「さぁ、忙しくなるわよ。

 おまえにもそれなりにきちんと働いてもらいますからね」

 皇妃は声を張り上げた。

 

 

「相変わらず、母上の扱いが巧いね」

 昼過ぎ、昼寝をはじめた皇妃の枕もとをザイードと二人辞す。

 部屋を出ると待っていたようにザイードに言われた。

「あたしは言いたいことを言っているだけなんだけどな」

 首を傾げて言うと、そこへ一人の少女が駆け寄ってくる。

「ザイード様? 」

 辺りを憚ることなく、少女は甘えるように男を見上げその腕に手を絡ませる。

「それでもそれができるのは君だけだと思うよ」

 言いながらもザイードの視線は少女のほうに向かい優しく細められる。

「そう? あたしはただ付き合いが長いって言うだけよ」

 皇妃の側に侍る形だけの侍女達は、ほとんど行儀見習なので年頃になると結婚し宮廷を辞す。

 もしくは皇帝の手がつき、皇妃の目につくところから追いやられる。

 長くて三年、下手をすれば半年…… 

 ダイアンほど長く側に居るほうが異例だ。

 

 しかも、今目の前に居る少女はどういうわけかやることなすこと皇妃の神経を逆撫でする。

 追い出されるのも時間の問題だと、裏手を担う使用人の間ではもっぱらの噂だ。

 きっと皇妃は、母親特有の勘でもう気がついているのかも知れない。

 もしくは誰かがそれとなく耳もとで匂わせているのだろう。

 

 皇妃のことだからそうなると余計に毛嫌いする。

 

 

「ね、ザイード様? 

 この後のご予定は」

 甘えるように男の顔を見上げ少女は男に訊く。

 皇妃の部屋の前と言う場所が場所だけに、その大胆な行動にさすがのダイアンも呆れ、内心でため息をついていると、これでもかというほどの強い視線で少女に睨まれた。

 

「……はい、はい。

 邪魔者は消えますね」

 呟いて二人を残し足早に自室に引き上げる。

 

 部屋に戻ると、手首に嵌る細い金細工にそっと手を這わせた。

 皇妃の機嫌を損なわないように流れで貰ってしまった腕輪。

 きっとこれだけは故郷をおもい大切にしていたものだと思う。

 それをくれるなんて…… 

 

 ダイアンは蒼い蝶の舞う庭先に視線を泳がせた。

 

 


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