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6-1

 

 誰かに肩を揺すられたような気がして、ダイアンは目をあけた。

 糊の利いたシーツに伸ばした身体を捻るとようやく明るくなり始めた室内を見渡す。

「おはようございます、ディアヌ様」

 部屋付きの侍女が顔を覗き込んでいた。

「ん、おはよぉ…… 」

 起き抜けのとろんとした目で侍女の顔を見ながらダイアンは答えた。

「朝、早くから申し訳ないのですが…… 」

 侍女は隣の部屋に迷惑が掛かってはとでも思うのか極力押し殺した声で言う。

「なぁに」

 さすがに何かあると察してダイアンは起き上がった。

「陛下がお呼びですよ」

 言いながら侍女は身支度を強いるように着替えを差し出した。

「は? こんな時間に? 皇妃様じゃなくて? 」

 指を組んだ手を頭上に上げ大きく伸びをしながら訊いてみる。

 宵の口だろうと真夜中だろうと、明け方鶏が鳴く前だろうと、皇妃に呼びつけられる時の時間は一定していない。

 時には皇妃自身ではなく、ヒステリーを起こした皇妃をなだめるために侍従に起こされることもままある。

「どうして陛下が? 」

 顔を洗い用意してもらった着替えに腕を通しながらダイアンは訊いてみる。

 陛下に呼び出しを受けるときにはだいたい公務の一環なのでほとんど日中だ。

 もしくは皇妃と共に食事をしている最中だからこんな早くと言うことはありえない。

「昨夜はこちらにお泊りになったようですよ。

 それで、今朝はお目覚めになると一番に、どうしてもディアヌ様のお顔を見たいと申されまして」

 着替えに手を貸し、ついで髪を整えながら侍女が説明してくれる。

「はぁ、それにしても早過ぎない? 」

「陛下は朝のお早いお方ですから…… 」

 侍女は苦笑いをこぼした。

 

 

 琴を抱え、まだ寝静まっているほかの部屋の人間を起こさないように足音を忍ばせてダイアンはそっと廊下を進んだ。

 

 呼んでいるのは皇帝でも、恐らくは皇妃が臍を曲げて扱いに困り何とかしろとでも言いたいのだろう。

 

 そう簡単に予想できた。

 

 そういわれるのを覚悟して、しっかり琴を持ってきた。

 

「こちらでお待ちですよ」

 先に立って案内してくれた次女が皇妃の今の扉を開いた。

「おはようございます」

 部屋に入ると同時にダイアンは床に腰を下ろして額を下げ、挨拶をする。

「ああ、おはよう。

 顔をあげていいぞ」

 気ぜわしそうな声に促され頭を起こすと、身支度を済ませ立ったまま食べ物を口に運びつつ書類に目を通す皇帝の姿があった。

「朝早くに済まぬな。

 今日は視察に出ねばならぬゆえ今しか時間が取れぬのだ」

 あくまでも視線を書類から放さずに皇帝は言う。

 

「あの、あたしに何か? 」

 てっきりいつものヒステリーで皺を寄せた眉間を抱え込んでいる皇妃の隣で困惑しているであろう皇帝の顔がなかったことに、ダイアンは面食らう。

 

「早速扉を見つけたそうだな。

 しかも面白い物を見つけたとか? 」

 ようやく書類から目を離すと、ダイアンに顔を向け面白がるかのように皇帝は言う。

「それで、中には何が入っておった? 」

 興味が抑えきれないといった風だ。

 

 遠巻きにしつつも昨日のことは皆誰かどうかに見られていたというところだろう。

 それでその話はあっという間に奥向きに広がったとみていい。

 

「琴が、一台…… 」

 戸惑いながらダイアンは答えた。

「あの…… 陛下。

 教えてください。

 どうして父の琴が、『リリューレ』があの場所にあったのか? 」

「さて? 余は知らぬな。

 そもそも、扉が何処にあるか余にも侍従たちにも誰にもわからなかったのだ。

 無論中身も知る由もない。

 どうして扉の場所がわかった? 」

「呼ばれたの、この間書庫にいった時に…… 

 何かあの辺りからあたしを誰かが呼んだような気がしたんです」

「ほぅ? 」

 男の眉根が動く。

「不思議なこともあるものよ。 

 して、それは本当に『リリューレ』なのか? 」

 皇帝の目が輝いた。

 以前師匠である老人に、『リリューレ』は詩人の間でその名を知らぬ者はないほど高名だと教えてもらった。

 皇帝がその存在を知っていてもおかしくはない。

「はい、多分…… 」

 ダイアンは抱えていた竪琴を前に出した。

 侍従がそれを受け取ると皇帝の前に差し出した。

 

 男はそれを受け取ると散々角度を変えて眺めた後、弦の一本に指をかけ弾く。

 しかし、琴は全く音を発しなかった。

「ふむ…… 」

 男は首を傾げながらもう一度竪琴を眺め回す。

「まさか『竜の琴』に次ぐ名器が余の手の届く場所に隠されておったなど全く知らなかったが、本当にこれがそれか? 」

 間延びした音、一音さえ全くでないことがよほど不思議だったのだろう。

 

 一瞬、音の出ないことに不興を感じその場で叩き壊されるのではないかとダイアンは肝を冷やす。

 

「……そんな顔をしなくとも良い。

 言った筈だ、扉の中にどんな宝が入っていようとそなたのものだと。

 この手の琴は、持つ人間が気に入れなければ音もでないというではないか。

 それで、音は出たのか? 」

 皇帝の問いにダイアンは頷く。

「そうか…… 」

 皇帝の顔が満足そうにふわりと緩む。

「では、一曲。奏でておくれ」

 

 ダイアンは頷くといわれるままに琴を構えた。

 

 その弦を弾くとダイアンは指を止めそうになった。

 昨日とは全く違う響きだ。

 

 今朝の音色は、透き通るほど高い軽やかな音の中に、深く澄んだ響きが入り混じる、背筋が伸びるような音だ・

 軽く華やかで心地の良い昨日の音とは色が違う。

 

 同じなのは最初に爪弾いた一音に引きずられ、意図せずに次々と指が動くことだ。

 頭に入った譜面も何も追わず、何の曲を演奏しているのか自覚しないままに曲が進む。

 

 今朝は苔むした深い森の光景と、さわやかな緑の香気が広がる。

 

 気がつくと声もないままに一曲奏じ終わり、皆があるものは立ち尽くし、あるものは座ったまま動きを止めている。

 いつもならダイアンの吟詠にあまり影響されない皇帝までもがだ。

 

「まるでおまえの声に誂えたようね」

 何時の間に起きだしてきたのか、皇妃が部屋の入り口に立ち、ため息と共に満足そうな笑みを浮かべていた。

 

 


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