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4-3

 長い廊下を進み、行き付いた先は見渡すほどの大きなホールだ。

 

 部屋の中央で舞を舞い会場を暖めていたであろう踊り子達が引き上げてゆく。

 

 ダイアンは進み出るとその後へ腰を下ろした。

 女達の残していった華やかな花の香りが鼻腔をくすぐる。

 

 上座に座る皇帝の隣に、はじめて見る中年男の顔がある。

 でっぷりと太った赤ら顔でお世辞にも高貴な顔つきとはいえないが、恐らくあれが話題の王太子なのだろう。

 

「これは? 何の趣向ですかな? 」

 目の前に現れた貧相な少女の姿を目に、客の男は面白くもなんともないと言った感じで鼻を鳴らす。

 

 ダイアンにしても顔つきは中の上くらい整ってはいるのだが、いかんせん美女ばかりを集めた踊り子の後では見劣りする。

 

 それをはっきり態度で示すのだからとんでもない常識なしだとばかりに、ダイアンは奥歯をかみ締めつつ客人に頭を下げると引きつった笑顔を向けた。

 

「まぁ、一曲。

『ノローウィル語り』でも…… 」

 皇帝が指示を出す。

 

 ダイアンは無言で頷くと竪琴を構えた。

 

「ほぉ、宮廷詩人ですか。

 これまた、若い娘とは珍しい。

 吟じてくれるのなら『コロナグーン・サーガ』だ」

 杯を傾けながら男が遠慮なく言う。

 

「な…… 

 しばしお待ちを…… 」

 軽く頭を下げるとダイアンは手にした竪琴の調弦を変える。

 

「よりによって、コロナグーンですってぇ! 」

 叫びたい思いを先ほどの侍従の言葉がかろうじて抑えてくれた。

 

 そう、相手は王太子、ここで問題を起こしたらとんでもないことになる。

 

 ダイアンの腕を持ってすれば詠えないとは言わないが、下手な詩人では完璧に手に余る難曲中の難曲だ。

 しかも、皇妃があまり好まないことからほとんど吟じていない。

 この顔で、英雄譚ならともかく、どうして悲劇の恋愛物しかもおまけ付きを好むのかがよくわからない。

 でもってダイアンの手にした小さな琴では面倒なことに調律も変えないといけない。

 多分難曲を押し付けて間違えでもしたら揚足を取るつもりなのだろう。

 男が向けるいかにも嫌味の篭った表情からそう判断した。

 

 そっちがその気ならやってやろうじゃないの…… 

 

 周囲に気付かれないようにちらりと男を睨みつけると、ダイアンは琴を構えた。

 そっとその指先に力を込める…… 

 

 このサーガ特有の甘く華やかな前奏を奏ではじめると、音色が広間の空気を震わせた。

 

 時が、動きを止める…… 

 

 

 愛しい人を残して戦に出た騎士は、戦場で命を落とす。

 しかし男はそれに気付かず死力を尽くして恋人の元に戻ろうとする。

 一方恋人は敗戦の民として奴隷に売られあちこち流転し…… 

 最終的には怨霊と化した騎士にそれとは知らずに取り殺されるという。

 

 

 なんとも後味の悪い無茶苦茶な詞。

 

 この詞を吟じる度に、ダイアンは『作った人間の顔を見てみたい』と常々思う。

 もっとも皇妃が好まなかったおかげで暫く遠ざかっていられたのだが。

 

 軽やかに華やかに始まった曲は徐々に曲調を変え、沈んだ暗い重いものへと代わる。

 

 この頃になるとさすがに吟じるダイアン自身も曲調に引きずられうんざりしてくる。

 重い何か見えないものが肩にのしかかったような気がして詠いつづけるのが億劫になる。

 

 しかし、今日はそうは言っていられない。

 弦をはじく指に力を込めると、最後の一音をはじいた。

 

 ぽぉんと、最後の音を響かせて琴の音が止まる。

 

 暫く、室内は静寂に包まれた。

 居合わせた人々は皆茫然自失と言った感じであらぬ方向に視線を向け、人によっては蒼白な顔をしている。

 無理もない話で、ゾンビと化した男との心中の実体験など、したい人間はいないだろう。

 

 ダイアンはそっと息を吐く。

「やばっ…… 」 

 少し力を入れすぎたかもしれない。

 触りの華やかな部分だけでやめておけばよかったのに、つい男への対抗心から最後まで詠い切ってしまった。

 

 何時まで経っても動き出さない広間の空気を目の当たりにしてそう思う。

 

 ごくりと唾を飲み込むと、こちらに向いている視線が一つだけあるのに気がつく。

 恐る恐る顔を向けると、皇帝が肘をついた腕に頭を預けたまま妙な笑みを浮かべている。

 

「『ノローウィル語り』だ」

 一言呟いた。

 

 ダイアンは黙って頷くと琴の弦を調整し、声を張り上げた。

 

 

「いかがでしたかな? 」

 曲が終わると同時に、皇帝は満足そうな笑みを浮かべ、軽くダイアンに視線を送った後大使の顔を見た。

 男は恍惚の表情を浮かべている。

「こ、これはすばらしい! 」

 正直この言葉を言うのは不快だが、他に言い様がないといった感じで搾り出す。

「まさか…… 本当の『呪歌詠い』にこんなところで出会えるとは…… 」

 男は茫然と呟いた。

「そなた、吟遊詩人であろう。

 セートネガンの宮廷に来い」

 あたりまえのように言う。

 さっきの小莫迦にした様子からすると掌を返したようだ。


 しかも、「宮廷詩人」から「吟遊詩人」に格がさがってるし。


「お言葉、ありがとうございます。

 身に余る光栄でございます」

 ダイアンは型どおりに言って頭を下げる。

「では、」

 男の顔が嬉しそうに歪む。

「……ですが、わたくしはもうこちらでお世話になっている身ですから、ご要望に沿うことはできませんわ」

 少し黙って間を空けて、男の期待を膨らませてから、内心で舌をぺろりと出しながらダイアンはこれでもかと言うほどにあでやかな笑みを浮かべて答える。

「な…… 」

 男は茫然とした表情で口をパクパクとさせた。

「ぜひ我が国にこの娘を譲っては下さらぬか」

 気を取り直したように今度は皇帝に向かって言う。

 

 その言葉にダイアンはあからさまにため息をつく。

 

 こうして異国の大使をもてなす酒宴に召されて一曲披露するたびに、必ずこの話になる。

 

「残念ながら、“これ”は交易品ではありませんでな。

 我が妻が自分で腹を痛めて産んだ子供以上に可愛がっておる娘でして…… 」

 大体そこで話が終わる。

 皇妃の存在まで持ち出されて拒否されては絶対無理だと理解するらしい。

 

 ところが今回はそれで話が終わらなかった。

 

「陛下、実はわが国では今『竜使い』を抱えて居りまして。

 その『竜使い』と交換ではいかがでしょう」

 男は隠しだまともいえる高価な交換品を持ち出してきた。

 

「竜使い」近頃ではめっきり少なくなってしまったドラゴンを連れ歩き、その竜を自分の思うがまま自由に操ることのできる人物。

 その力は強大で三人寄れば世界征服が可能とまで言われている。

 

「いかがですかな? 

 力だけではございません。

 これが赤毛の振るいつきたくなるほどの美女でして…… 」

 

「赤毛の竜使い」

 それは最高最強の竜使いを意味していた。

 赤毛の竜使いの連れている竜は大概竜の中でも一番気の荒い火竜であることが多い。

 

 皇帝の表情がぴくりと動く。

 強大な力を持つ「竜使い」が絶世の美女と来れば、多少気を動かされても無理はない。

 

「コホン…… 」

 皇帝の背後で誰かが咳払いをした。

「せっかくですがこれを手放したりなどしたら皇妃が黙っておりませんでしょうから…… 

 何しろ子供の頃から手元において大事に育てた娘ですからな」

 皇帝は苦笑いを浮かべた。

 


「あたしは、商品じゃないっての」

 奥殿へ帰りながらダイアンは腹立ちまぎれに呟く。

 いつものことだが、今回だけは異常な程に腹が立った。

 特にあの大使の物言いが気に入らない。

 それがダイアンの気持ちを逆撫でする。

 

「とにかく、気に入らない奴。

 なぁんであたしがあんなおじさんに仕えなくっちゃいけないのよ? 

 だいたいこっちにだって選ぶ権利があるって言うの」

 乱暴に足を進めていると、どこからか人の話し声がする。

 その声にダイアンは足を止めた。

 

 先ほどの王大使とその連れだ。

「いいのですか? 

 お父上に何の許可なく竜使いを手放すなどと仰って…… 」

 困惑気味なのは大使が連れてきた男だ。恐らくは侍従かお目付け役と言ったところだろう。

「何、あの可愛げのない女など手放しても惜しくはないわ。

 わしらのことを莫迦にしおって、こちらの言うことなどまるできかぬのだからな。

 大体若くは見えるがあの女、とうに二百歳は越している化け物だぞ。

 気味が悪くて抱く気にもならん」

 男は吐き捨てるように言う。

 

「『呪歌詠い』も化け物と大差ないと思いますがねぇ」

 連れの男がぼそりと言う。

「だいたい『呪歌』自体が気持ち悪いじゃないですか? 人の魂を詞の世界に引きずりこむなど。

 もし帰ってこられなくなったらどうするんですか? 

 残った体は廃人ですよ」

「『呪歌詠い』が『竜使い』同様、不老長寿だという話は訊いたことがないわ。

 少なくとも、あの娘は見た目相応の年齢だろう? 」

「殿下も物好きな…… 」

 男は呆れたような息を吐いた。

「あの娘、竜使い同様に相当気が強いとわたしは見ますが…… 」 

 

 その会話にダイアンの背中に冷たいものが走る。

 ただの気色悪い狸オヤジかと思ったら、色魔も入っている。

 そう思うと気持ち悪くて顔を見る気にもならない。

 

「……んのぉ、言いたいこと言ってくれるじゃないの。

 とっとと、帰れっての! 」

 

 握り締めた手に力が篭り、反射的に男たちの前に飛び出そうとした。

 その直前、ふいに肩を誰かに掴まれ前に出そうになった身体を引き寄せられる。

「ひっ! 」

 口に手が伸び、出そうになった悲鳴を塞がれる。

 思わず身体を竦ませたが、口元の手も肩に回った腕からも危惧するような悪意は感じられない。

 振り向いておずおずと視線を上げると、間近にザイードの顔があった。

「しっ…… 声、出さないで」

 声にならないほどのかすかな声で囁くとザイードはダイアンの手を取り引っ張ると、男たちに気取られないようにその場をそっと後にした。

 

「駄目だよ、あんな場所に飛び出したりしたら」

 人気のない奥向きの宮殿へ入る入り口の廊下まで来ると、ザイードはようやく手を離し、ダイアンに向き直った。

「他国の人間の秘密の会話を立ち聞きしたなんて知れたら、しかもそれを全部訊いていました。なんて行動に出たら、それこそ外交問題になる」

 その高い身長からダイアンを見下ろすと言い聞かせるように言った。

「ああいう時には、聞かなかった、気付かずに通り過ぎたことにする。

 見て見ぬふりをするのが奥向きのマナーなのと一緒だよ。

 それくらい君もわかっているだろう」

 やんわりと向けられた笑みにダイアンは頷いた。

「ザイード様? 」

 廊下の影から声がする。

「ああ、今行くよ。シャフィア」

 一度振り返って男は短い返事をした。

 あの声は例の内大臣の末姫だ。

「じゃ、僕はこれで…… 」

 待ち合わせでもしていたのだろう、ザイードは声のするほうに大またで歩いてゆく。

「ありがと、ザイード」

 その背中にダイアンは声を掛けた。

 

  


 なんとも後味の悪い無茶苦茶な詞。

 この詞を吟じる度に、ダイアンは『作った人間の顔を見てみたい』と常々思う。


……はい、すみません。

弥湖です…… 


書きながら思わずダイアンちゃんに謝っておりました。

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