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このお話は、その昔わたしが「王道FT」を夢中になって書いていたお話の「前章」になります。

当時すでにおおよその筋ができていたのですが「恋愛要素」が回避不可能のお話しだったため、「王道」専門のってか王道しか書けなかったわたしはあえなく断念。

お蔵入りになっていました。

小説書きをしばらくお休みして再び始めたところ、書くもの書くもの「恋愛もの」になってしまい、もしかして今なら書ける? と書いてみました。


従いまして、以前書いていたお話の要素が多数盛り込まれています。

一応それとは放して書いたつもりですが、もしかしたら説明不足の場所があるかもしれません。

ご了承お願いします。

 

 往来は視界が悪くなるほどの埃が舞い上がっていた。

 乾ききった大地を人と荷馬車がひっきりなしに往来する。

 そのたびに地面から絶え間なく砂埃が巻き上がる。

 行き交う荷馬車の車輪の音にまぎれて客を呼び込む人々の呼び声。

 交易都市の市場ではどこにでもある変わらない光景。

 

 その音にまぎれてどこからか琴の音色と共に詩を吟じる透き通った声が響き渡る。

 声は明らかに透き通り、まるで鈴を振ったかのようにささやかなものだったが、何故かしっかりと道ゆく人々の耳へ届き、その足を止めさせた。

 

 誰もが知らずにその声の発せられたであろう方向に耳を傾け視線を向ける。

 

 市場の傍らに設けられた広場の隅にある小さな泉。

 言い訳ほどかすかに水が流れるその脇で年の頃十歳ほどの少女がその小さな躯に不釣合いな大きな竪琴を抱え、それを爪弾きながら声を張り上げている。

 

 少女はどこからかの流れ者だろうか、明らかに栄養不足と思われる細い手足にサイズの合わないほころびた衣服といった粗末な身なり。

 痩せているせいか見開かれた鳶色の目だけが大きく目立つ。

 栗色の髪は艶を失いもつれていた。

 日に焼けていたがそれでもこの国の人間にしては色の薄い肌の色。髪や瞳も同じに色が薄いことから異国の人間だとわかる。

 

 しかし、その声は少女の身なりとは全く別物だった。

 

 あくまでも透き通ってささやかでありながら、何故か深く重く人々の耳に響きその心を震わせる。

 

 ひとたび足を止めてその吟じられている詩に耳を傾けようものなら誰もがその場に釘付けになった。

 

 目の前に今詠われているサーガの光景がありありと浮かび上がる。

 

 湿気を含んだ緑の高原、刃を合わせる英雄達の剣のきらめき、馬のいななき。

 城に攻め込む大群の怒涛。

 戦に送り出した夫や恋人を思って胸を躍らせ、あるいはむせび泣く女達の声。

 そして…… 

 何時しか聞き手は自分の頬を涙が伝っている。

 

 ポォーン…… 

 

 

 かすかな余韻を残した竪琴の音色が響きやがて周囲は静まり返る。

 

 やがて足を止めた耳に往来の雑踏が認識されると同時に、人々は自分の頬が濡れそぼっているのに気が付いた。

 

「いやぁ、たいしたもんだ」

 そこここから上がる歓声。

 

 少女の目の前に置かれた、くたびれた男物の帽子の中に次々と銅貨が投げ込まれた。

「お嬢ちゃん、何時までここにいるんだい? 」

「また、その声を聴かせておくれよ」

 そんな言葉を残して聴衆が散ってゆく。

 

「うん、小父さん。ありがと。またね」

 少女は頷いて愛嬌のある笑みを浮かべる。

 その笑顔は少女のやせ細った手足で強調され哀れさを感じさせた。

 去ってゆく大人達の背中を目に少女はコインでいっぱいになった帽子を拾い上げた。

「さ、父さん」

 帽子の中のコインを小さな袋に移し、次いでそれを腰に結わえたカバンに治めると少女は背後を振り返り声を掛ける。

 水の噴出す泉の側に、少女以上にくたびれた粗末な身なりの汚れきった中年男がまるでごみのように蹲っていた。

「ん? なんだぁ。ダイアン」

 男はうつろな瞳を少女に向けるとぶつなるように言う。 

「終わったよ。行こう。

 今夜は宿に泊まれるし、暖かいスープも飲めるよ」

 そう言って男に手を差し出した。 

 

 

 室内は浴槽から上がる湯気で湿気が充満していた。

 大理石の壁や床にスパイスと花の香りが混じった華やかな香料の香りが広がり、鼻をくすぐる。

「退屈ですこと…… 」

 皇妃はひんやりとした大理石の台に湯浴みで火照った身体を横たえ、侍女にマッサージさせながら呟いた。

「はぁ」

 女の横たわったなだらかな寝台に引けを取らぬほどに白く滑らかな肌に香油を塗り広げながら侍女は、困惑したような、意味を持たぬような曖昧な声を漏らす。

「ね、あなた方、何か面白い話はなくて? 」

 齢四十近くになりながら尚も輝きを失わぬその躯をふいに起して女は自分を取り囲む若い侍女達に視線を向ける。

「面白い、お話ですか? 」

 視線を向けられた侍女があからさまに困惑に顔をしかめる。

 皇妃がこう言い出すのは毎日の事だ。

 こうして終日王宮の奥から一歩も出ずに皇妃の世話に明け暮れていては、すでにネタなどかけらもない。

 その遠慮ない表情を目に皇妃は片眉を上げた。

 機嫌が悪くなったサインだ。

 周囲に緊張が走る。

「あ、あの…… 

 でしたら吟遊詩人などお呼びになってはいかがでしょう? 」

 怯えた表情で年かさの侍女が慌てて進言する。

「吟遊詩人? 

 あの一つ所にじっとしていない汚い詩詠いのこと? 」

 さも面白くないと言った様子で女は聞き返す。

「先日、宿下がりをいただいた時に見かけたのですが、それはかわいらしい小さな女の子が大人顔負けの声で詠っているのを耳にしまして…… 

 ええ、それがもう、子供とは思えない声で思わず聞きほれてしまいました」

 そのことを思い出して陶酔するかのように侍女はうっとりと視線を彷徨わせる。

「子供? 」

 その言葉に興味を持ったのか皇妃の上がった片眉がふと下がった。

 皇妃の瞳が興味深げに輝き、辺りに充満していた空気が一転する。

 居合わせた侍女たちはそれを感じ取ってほっと胸を撫で下ろした。

「いいでしょう。

 お前が言うほどの者であれば相当なものと予測できます。

 今すぐ、呼んでいらっしゃい」

 皇妃は躯が冷えぬようにと侍女が方に掛けた亜麻布を羽織りなおしながら言った。

 


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