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オドロかせ屋  作者: えごえご
3/3

第3話

油粘土、ラテックス、素敵なものをいっぱい全部まぜないが個別に格闘すること6日間。

ついに、約束の日が来た。

口裂け女に会った路地裏に特殊メイク道具一式を持ち向かう。

近場なので道のりはみじかいが足は重く沈む夕日がいつもより暗く感じた。


「来たぞ、気持ちはどうよ?」


彼女が見えたので後ろから声をかける。


「あ、松戸さん!きょ、今日はお願いしまする!」


向かい合いに深々とお辞儀をされた。


「まずは、顔からだな。今のところ人の通る感じもないしさっさとやるぞ」


俺は組み立て式の椅子を設置して、彼女に座るように促す。

化粧道具を広げ、手馴れた手付きで進めていく。

赤みがかった頬をコケさせ、艶のある黒髪を痛ませ、血色のいい肌を青白く変えてゆく。


「基礎はこんなもんか、次は血と生傷だな」


口周りのにゴムでできた生傷を貼ってゆき全体の色をととのえ血のりを塗る。


「あの、この血のり飲んじゃってもいいんですかね」

「体に害はないから気にしなくていい、つーかそんな事まで気にするのか」

「たはは、人間でもないのに変でしょうか?」

「下手な人間よりは人間味あるよ。口のふちにも塗るから口開けて」


彼女の裂けている口の端に血のりののった筆を置くとくすぐったいのかビクつく。

そこから周りを囲うように塗ってゆき少し血が垂れているような装飾を描いてゆく。


「最後の仕上げにコレだな、すこし負担かかると思うけど我慢しろよ」


俺は白色に縁取られたカラーコンタクトを取り出し彼女の目につける。

彼女はつけ終わるやいなや、少し目に染みたのか「ぉぉぉぉ……」という声とともに目を押さえていた。


「あの、もう一つだけお願い聞いてもらってもいいですか?」


まだ目が染みるのだろう、目を押さえながら彼女は少しだけ真面目なトーンで話す。


「乗りかかった船だもう1つぐらい聞いてやる」


どうせ今日まで関係だ。


「私と会ったときと同じメイクを松戸さんにして欲しいんです。」

「別にいいけど、またどうして」

「あの日、私にある勇気をひとかけらぐらいしかない勇気を振り絞って死にたくない、消えたくない一心でお願いしました。その気持ちを思い出せる気がするから」


そう言った彼女は、あの日にみた表情を、消えたくないと心から叫んでいた生を求める顔をしていた。


「わかったよ。でも覚えとけ、これは今日だけの魔法だ」

「わかってます」


そう言った彼女の声は、覚悟からだろうか不安からだろうか少し震えていた。

鏡を取り出し、自分へのメイクの準備をする。


「おっと、忘れるトコだった この服も着てくれ」


俺は彼女に赤いシンプルなコートを投げ渡す。


「はい!ってここで着替えるんですか……?」


彼女は顔を赤らめ少し恥ずかしそうに聞いてくる。


「羽織ればいいだけだろ……何勘違いしてんだ」

「ああ!そういえばそうでした!」


緊張で頭が回っていないのだろう、わたわたしながらコートを着込んでいく。

そろそろ自分のメイクに取り掛かろう。

額から耳にかけて鼻と片目を巻き込み皮膚を剥がしたような姿を作り、もう片方の目からは血を流し黒目をカラーコンタクトでなくす。

あとは顔色を悪くすれば完成だ。


「見るのは二回目ですが気持ち悪いですね」


冷静さを少し取り戻した彼女が何故かにこやかな顔で俺を見ていた。

やってくれと言ったのはお前じゃないのか。


「でもなんだか、ほっとします」


この言葉を聞いている今の俺は、きっと少しバツの悪そうな顔をしているのだろう。


「どーも」


と照れ隠しついでにそっけない返事をするしかなかった。

それから、夕日が顔を潜め、適度な時間になるまで俺達は少し話しをする事にした。

彼女が子供を驚かそうとしたのに「一緒に遊ぼうよお姉ちゃん」と懐かれた話や、

俺が高校卒業して店を持つまでの2年間の貧乏生活の話。

そんなたわいもない話だが今までの生きてきた証を話し合った。


「そろそろいい時間だな。いけるか?」


俺は暗くなった路地裏で双眼鏡を使い人の到来を確認しながら彼女に確認を取ると、こくん……と顔の動きだけで返事をした。


「覚悟完了ってな感じだな、緊張はしてるみたいだけど。お!そうこう言ってるうちに誰か来たみたいだな」


双眼鏡に制服をきた女の子がうつされる。

少しビビりながら夜道を歩いている所をを見ると結構な怖がりのようだ。


「よし!あの子なら失敗もなさそうだ。運も向いてきてるな、よし今だ!」

「は、はい!」


なんだかんだで楽しくなってきている自分を感じながら、彼女の背を叩き見えない場所に隠れる。

こちらからも状況は見えないが、悲鳴が聞こえたら成功と思っていいだろう。


「その間にメイク道具の整理しなきゃな……ってこりゃ大変だ」


血のりを入れた容器の蓋が開いていたらしい。中が血のりまみれになってしまっていた。


「帰って洗える物は洗わなきゃな……あ”ーこれはもう駄目だな、このスパチュラは使えるか」


血のりの付いたスパチュラが血塗られた医療器具のようになっている。

メイク作業のために着てきた白い作業着もあいまって、今の姿はさながら血塗れた医師のようだ。


「ぎゃぁああああああああああああああ!!」


16~17の年頃の女の子とは思えない叫び声が夜空を切り裂いた。

走ってにげたであろう女子高生の姿を想像しつつ。

俺は一人拳をスパチュラと共に握り締め成功を確信する。


「おめでとうぐらいは言ってやるか」


片付けを後回しにし、ポンコツ都市伝説から普通の口裂け女ぐらいにはランクアップした彼女に近づいていく。

それが間違いだった。


「ひぃいいいいいい!!!!」


女子高生は腰を抜かしていたらしく、まだその場で座っていたのだ。


《このままでは、まずい》


「あ”あ”あ”……」


かすれたような声を出し、女子高生にゆっくりと触れない程度ににじり寄ってゆく。

数十秒もすると女子高生の腰も治ったのか、脱兎のごとく来た道を走って逃げ帰っていった。

ふぅ、と一息つき振り返り彼女の顔を見ると、呆けた顔付きのまま立ちすくんでいた。


「やったな。」

「私、人に怖がられることが初めてで……。まだ実感もなくて、上の空ですけど」

「これでどれぐらい持つかは分からないけど、少しぐらいはマシにっ「ありがとうございます!」」


突然、抱きしめられた。少し泣いているのか、体は小刻みに震えている。

俺はあやすように背中をぽんっと叩き、泣き止むまでそれに答えた。


「さてと……これで約束は達成だ。感覚は掴んだな?チュラルメイクはヤメろよ?コートはやるから人を驚かす時はそれを着ろ、髪の毛はまぁ……どっちでもいい」


一つ一つのアドバイスを彼女は涙を抑えながら「はい」と答え、「また、会えますか」と言う彼女からの質問には「気が向いたらここにでも来い」と店のチラシを渡しお互いに別れ帰路に着いた。

それで、この物語はめでたしめでたしで終わるハズだったんだ。


―――― あ、恵っ!やっと電話に出てくれた……聞いてよ。今日帰り道でお化け見ちゃった…… ――――


ドクン、と俺の心臓が高鳴る。


―――― 嘘じゃないって!!私もうあの道で帰れないよ…… ――――


ちょっとした興奮のせいだと思っていた。


―――― 今度から一緒に帰ってくれる?うん、ありがとう。で何を見たかって言うとね…… ――――


一週間後の体の変化に気付くまでは。


―――― 口裂け女がいてね……うん、いまどき?とか言わないでよー……あと、あとね! ――――


あの息苦しさに見舞われるまでは。


―――― 血まみれのお医者さんがいたんだよ ――――

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