第1話
「ワタシ、キレイ?」
何故こんな事になってしまったんだろう。
趣味:ホラー映画鑑賞 特技:特殊メイクな俺が、深夜なら誰もいないだろうと、新しいホラーメイクが出来上がったテンションとノリと勢いにまかせて、自信作のおぞましいホラーメイクをセットして散歩に出かけたのが間違いだった。
最悪な事に人通りのない路地裏で突然、女性に後ろから声をかけられてしまった。
焦りからか何を言われたのかは聞いてなかったが、
深夜に声をかけられたって事は不審者扱いされたに違いない。
ハロウィンの時にパトカー出動した事件とかもあったって聞いたし。
とりあえず、何を言ったいたのかは覚えていないけど、振り返ると同時に敵意のない事をアピールする事にしよう。
「何でしょう?道にでも迷われたのですか?」
できる限り紳士的に返答する。このまま笑顔で振り向けば何も問題なんざ起きないはず。
俺は可能な限りさわやかスマイルを振りまきながら振り返る事にした。
「ひぇええああああああああああ!!」
コレ以上ないリアクションで尻餅までついて驚かれてしまった。
「ひぐっ……ぐすっ……びっくりしたぁ……」
童貞を殺せそうな服を着ている女性が半べそをかきながら座り込んでいる。
まずい、このままだと補導されてしまう!助けてお巡りさん!いや、やっぱ来ないでお巡りさん!
「あのー、こんな格好してますけど怪しい者じゃないんで一般的な一般人なんで、あとちゃんと聞いてなかったんですけど何か言いました?」
補導という単語に怯えながらできるだけ、優しい口調で聞いてみる。
「わだしぃ……えぐっ……きれいでずがぁ……?」
まさか、嗚咽交じりに「私綺麗ですか?」と聞いてくるとは思わなかった。
口裂け女でもあるまいし何を言っているんだこの女は、ご丁寧にマスクまでしてるし。
何?ユーチューバーなの?動画配信でもしてるの?カメラどこよ?イエーイ世界の皆さん見てるー?
「まぁ、きれいなんじゃない?自意識過剰な感じが気に障るけど」
お巡りさんの呪縛から解き放たれた俺のそっけない返答。
「ホントですか!!じゃなかった。これでもかー!!」
涙が乾いてきたであろう彼女は、マスクを取り裂けた口を見せ付けながら言い放つ。
特殊メイクが趣味な俺ならわかる、これはゴムなどで作った作りモノなんかじゃない本当に口が裂けてる。
《そう、彼女は口裂け女だったのだ!!》
「…………。」
「おー……裂けてる裂けてる、すごいすごい」
「あのー、もう少し何かありませんか?怖い!とか殺される!とか」
「別に怖くない上に涙目で言われてもなぁ……。マスクとっても十分綺麗だし」
お世辞でも怖がったほうがよかったのだろうか、もう反応してしまったからには仕方ないか。
「夜も遅いんでそろそろ帰ってもいいですかね?目的の散歩もうやむやになっちゃったし」
「待って下さい!あ、あの、ついでと言っては何なんですけど少し質問をしてもいいでしょうか?」
「え?あー……別にいいけど」
彼女に上目遣いで言われ少しドギマギしながら質問を待つ。
「私……怖くないですか?」
「はぇ?」
真剣な面持ちで聞いてくる彼女に反して俺の返答は素っ頓狂なモノだった。
「質問を質問で返して悪いんだけどさ」
「はい!何でしょう!」
「君……口裂け女で合ってるよね?」
もしかしたら俺の勘違いで口裂け女じゃないかもしれない。
すごい技術のメイクとかそんな感じのユーチューバーかもしれない。
この暗がりの路地と薄暗い電灯がリアルに演出しているだけかもしれない。
何より本物であればもっと怖いハズだ、そうあって欲しい。
色々な考えが積み重なった結果、俺にできることは確認だった。
「はい!口裂け女のキョウと申します!漢字は恐怖の恐れるってヤツです!」
希望は早々に打ち砕かれたようだ。
「こりゃ、名前までご丁寧に……。俺は松戸高次。他にもいくつか質問していい?」
「いくらでもどうぞっ!」
「その童貞を殺せそうな服は何?」
「殺せそうなほど強そうに見えますか?これ通販で買ったお気に入りで~」
「そのばっちりキメた女子力高そうなナチュラルメイクは?」
「人前に出るときはやっぱりちゃんとしないとと思いましてっ!」
「……。鎌とか持ってないの?」
「刃物とか危ないですよ?」
「ふざけてる?」
「えっ?」
キョトンとした顔で聞いてくる。
ダメだコイツ……。完全に都市伝説向いてない……。
馬鹿馬鹿しくなってきた。そろそろ質問に答えて帰ろう、布団に入って今日の事は忘れよう。
「質問の答えるとだな。怖くもないしお前は都市伝説にも向いてない。
わかったなら慎ましく暮らせ。じゃあな、俺は帰る。」
そう吐き捨ててずるずると帰路を急ぐ。
ずるずる?
よく見ると都市伝説失格の烙印を押したはずの元口裂け女がしがみついて引き摺られている。
「もう結論は出しただろーが。さっさと家でも闇でもいいから帰ってくれ、そして俺を帰らせてくれ」
「そうはいきません!!怖がってくれないと困るんです!でないと私が消えちゃうんです!振り返った
その顔だけで私を怖がらせた貴方なら。何かヒントをくれそうで。こんな私でもどうにかしてくれそうで!」
思ったより彼女には深刻な悩みだったらしい。
「って消える?」
「そうです。消えるんです存在が」
「はぁ、頭の整理が追いつかない順序を追って詳しく説明してくれないか」
観念して話を聞くことにする。
彼女が言うには、全ての怪談や都市伝説に登場する人々は人の恐れをエネルギーとして吸収して生きていると。
恐れは恐怖であり畏怖である。噂として流され、時には神として崇められ人間より遥かに長く存在している。
恐れられず忘れられた存在はエネルギーを徐々に無くし、そして最終的には消滅するらしい。
「でもなぜ、映画もあり書籍化もされ大ブームにもなったであろう口裂け女大先生が消える事になるんだ?」
「私たちは一人じゃありません。有名な怪談であるほど担当地区に分けて生まれてくるんです。」
よっぽどのご当地怪談で無い限り、担当の地区に割り振られた状態で複数生まれる。
それが怪談が同時多発する真相であり、弱いからこそ数を産むという自然であり悲しい理由でもあった。
「なるほど。で、目の前にいるポンコツ都市伝説が今まさに自然淘汰される寸前ってわけか」
「さっきから言葉選びがキツいんですけど……。間違いないです。はい……。」
気付けば、丑三つ時を超えた眠気のせいだろうか?
「あと、どのぐらいで消えそうなんだ?」
「えっ?」
街灯のスポットライトを受けて目が眩んだせいだろうか?
「だから、お前のその存在がいつまでもつかって聞いてるんだよ」
「確かな事はわかりませんけど……。ええっとその多分2週間ぐらいは……。」
その時の俺は、思考回路が狂っていたに違いない。
「その、あれだ、面白そうだし手伝ってやるよ。」
「ホントですか!?」
「一度だけ、一度だけな。わかったら一週間後にここに来い。じゃあな」
気取った言葉を言っているような気分になり、そそくさと彼女に背を向けて家に向かいだす。
「あ、あの、ありがとうございます!」
なんだか恥ずかしくて振り返ることはできなかったが。
背中越しに聞こえる声とともに、見上げた空に見える下弦の月が口の裂けた彼女の笑顔に見えた。