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智良と小さな巫女  作者: めじろ
2/12

訃報

 鈴奈すずなが死んだ。

 崖の下に落ちていたそうだ。転落事故だった。

 

 しかし、その報せを聞いたとき、殺されたのではないかと智良ともよしは疑った。

 

 ――鈴奈が死ねば、すべて丸く収まる。


 腹の中でそう思っている奴が、たくさんいたから。



* * * * *



 始業前。校内はいつもどおり騒がしい。昨日の野球がどうだの、誰が誰を好きだの。


 いつもと違うのは、智良だけ。


 訃報を受けてすぐ、智良は従兄妹たちと共に槙本まきもと家に飛んで行った。それでも一日を費やした。槙本家もそうだが、風濱かざはま家もド田舎に位置していたからだ。


 鯨幕の門をくぐると、古くて広い座敷に通された。鈴奈の兄の健司けんじ、姉の恵香めぐかは、ふらふらと棺を覗きこんだ。二人は呆然とその場に座りこんだ。老婆が、長旅で疲れたろうと二人を隣の部屋に促した。


 通夜の席は閑散として静かだった。ときおり、ひそひそと話し声が聞こえるが、それもすぐ絶えてしまう。


 ともに弔問に来た祖母が鈴奈の父親に挨拶した。


――この度はご愁傷様です。


――遠路はるばる、ありがとうございます。


――いいえ。香奈子かなこは?


――すみません、寝込んでいます。


 祖母は首を横に振った。


――無理もありません。寝かしてやってください。


 伯父は頭を下げて次の弔問客と挨拶を交わす。


 智良と祖母は手を合わせ、そっと棺を覗きこんだ。


 横たわる小さな体。顔は白い布で覆われていた。


 ひそひそ声が耳に届く。


 顔が潰れてたんですって。


 だいぶん飛び散って、元に戻せなかったとか…。


 十三歳になったばかりでしょ、可哀想に。


 吸い込まれるように手が白い布に伸びた。


 鈴奈の顔を見たかった。いつものあの鈴奈が見たかった。

 見てはいけないのに、見たくないのに、鈴奈を見つけてやりたかった。


 そっと、布をつまんだ。


 伯父に呼び止められた。


 伯父は首を振った。


 見ないであげて。鈴奈のことを想ってくれるなら、見ないであげて。


 頷いて、強張った指を離した。


 体が重たくて立ちあがれず、棺の前でぼうっとしていた。


 通夜も葬儀も、親族だけの小さなものだった。葬儀を見届けて、智良は祖母とともに帰路についた。


――人はいつか必ず死にます。良いも悪いもありません。


 葬儀から帰ってきて夕飯も食べない智良に、母は痛みを堪えるように言い聞かせた。何か言いたかったけれど、言葉は出てこなかった。




 そして、変わらぬ日々がやってきた。


 中等部の校舎、「2‐A」と書かれたプレートを確かめて席に着いた。


 物思いに耽っていると、調子に乗った声が鼓膜をガンガン叩いた。


「ヨッシー! オッハヨー! 風邪治った? 宿題みせて!」


 智良は瞬時にノートを丸めて高崎たかさきの頭をポコンと叩いた。


「いいかげん自分でやれバカ崎。風邪じゃねえ」


「ふーん。いいだろー? オレたちの仲じゃないか」


 智良は高崎をシッシッと追い払う。


 槙本兄妹の家は遠い。長男の健司は学園の高等部二年。長女の恵香は智良と同じクラス。今まで雨島あめしま学園の寮に住んでいたが、末娘の鈴奈が亡くなった今、伯母夫婦は二人を手元に置きたがった。本人たちも両親を泣かせてまで雨島に留まったりしない。鈴奈の母方の親戚、つまり智良の一族は、だれひとり反対しない。むしろ、腹の中で大喜びしている奴がいる。


 彼らが嫌な奴だったのではない。悪いのは、妻以外の女に子を産ませた祖父。


 伊藤清子いとうきよこという女が鈴奈の血縁上の祖母。鈴奈の母を産んですぐに亡くなった。祖父は娘の香奈子――智良から見れば伯母――を徹底的に無視してきた。そのくせ、天才で優秀な孫二人にはやさしい祖父。それで贖罪のつもりなのだろうか。しかし、実に都合のいいジジイで、大した才能のない普通の鈴奈には見向きもしなかった。


 祖父は健司と恵香が気に入った。本家の長男、智良よりも可愛がるほどに。


 跡取りに指名するのではと周囲が危惧するほどに。


「頼むよ、今日オレ当たるんだよ。いつも代返してあげてんじゃん」


 朝礼のチャイムが鳴る。智良は高崎を無視した。


 担任教師がやってきた。高崎は教室のど真ん中で絶望を叫んで席に着く。


 来週の例大祭のお知らせを配っているとき、教室のドアが開いた。入ってきたのは、恵香。


「槙本、もうちょっと早く来ような」


 クラスの手前、担任は恵香を注意はするが、妹が亡くなったことを知っているのでそれ以上は言わない。恵香はぼそりと謝罪して席に着いた。



* * * * *



 休み時間、恵香の周りにはいつもどおり女子が群がっている。廊下の一画、ソファスペースを占領する女王、というか、番長。


 恵香は中等部女子の最大派閥のボス。恵香にシカトされる女子は、学校という狭い社会で抹殺される。敵とみなされれば男子も太刀打ちできない。


 智良は高崎とともにソファスペースを通り過ぎる。高崎はちらりと女子の群れに視線を向けた。


「くわばらくわばら。マジおっかねえ」


「面倒だな。女子って」


 聞こえないよう言葉を交わして理科室に向かう。


 ショートヘアの女子とすれ違った。キノコみたいな髪型だ。たくさんの本やノートを抱えて俯き気味にせかせかと歩いている。廊下はとても混雑していてまっすぐに歩けない。あぶなっかしい。案の定、女子は本を落した。


「あ…」


 ちょうど智良の足元に落ちたので拾って渡した。


「はい」


「あ…、うん…」


 その女子は終始俯いたまま、逃げるように人ごみに紛れてしまった。


 その様子は、鈴奈を想起させた。


 鈴奈はあんな奴だった。


 いつも一生懸命なのに、いつも自信なさげで、あまりしゃべらない。本当は誰よりも努力家で、人一倍も二倍も勉強していた。しかし、どれだけ努力しても、兄と姉の光には勝てなかった彼女。


 ぼんやりと女子を見送っていると、恵香が眼の前に仁王立ちしていた。高崎はすばやく智良と距離をとった。


 智良は相手を睨みつける。


「何か用か」


 鈴奈の血のにじむような努力を無に帰した光。こいつは考えたことがあるだろうか。妹が自分の作る影で泣いていたことを。


 恵香は智良を見下すように目を細める。


「言うべきことはないの?」


 智良は眉をひそめる。心当たりはない。


「俺が何かしたか?」


 恵香は表情を変えずに爆弾を投下した。


「鈴奈は風濱家の誰かに殺されたのよ。すぐに犯人を見つけ出して殺してやる」


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