序、犯行時
鈴奈は山道を歩いていた。
泉を掃除するのが鈴奈の日課。
でも、その日はいつもと違った。何だか、変な音がするし、山の木々、草たちもざわついている。
栗のコッタさんと出会ったからおはようって言ったら、誰か知らない人がいるって。
マナーのいいひとたちだといいな。山登りのひとたちは、たまにゴミを捨てていくから。
てくてく歩く。右の林は茸畑。中田さんのおじいちゃんが大事に育ててる。
ワタリカエデが流れていく。手を振った。
さくさく歩く。材木業者や狩猟組合のつけた目印がひらひらなびいてる。
もっと奥、泉へ。
ヤドリギがざわ、とまばたきした。振り向いておはようを返す。
熊のつけた道を横切った。大きい足跡。朴の窪に住んでるアゴウかな。
泉を目指す。金明さまの居所。
カモシカが遠くからじっと見つめる。視線をちょっと合わせてみた。
大風が渡っていく。山が鳴る。
眼下の枝葉が揺れて谷川がきらきらと光る。
足を止めた。
最近、お気に入りの場所。遠くまで見通せる崖の上。
ふと、いつもと違う音がした。
いつもと違う色が風に混じった。
「いつもと違う何か」がすごい勢いでこっちに来て――
鈴奈は誰かに突き落とされた。
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