セクション04:謎の中国人・メイファン
「おい、誰だそのかわいい子ちゃんは? 知り合いか?」
「いや、僕の方が聞きたい……」
バズの問いに、ツルギはそれだけ答える。
「……えっと、中国語わかるアル?」
少女も何かおかしいと気付いたのか、中国語訛りの英語に切り替えた。
「いや、僕中国に行った事はないんだ……」
とりあえず、そう答える。
途端、少女は目を丸くした。
「え!? ア、アイヤー、中国人じゃなかったアルかー……ちなみに、どこ出身アル?」
「日本、だけど」
「そ、そっかー、お隣アルかー……アジア人本当に紛らわしいアルね……」
苦笑した少女は、何やってんだと自分を窘めるように掌を顔に叩きつけると、がっくりとこうべを垂れた。
相手が中国人ではなかった事が、余程ショックだったようだ。
「ねえラーム。中国の人なんて学園にいたっけ?」
「多分、いなかったと思う……」
後ろでストームとラームが、そんなやり取りをしている。
そんな不審者を見たような会話をさせるのはどうも気まずかったので、ツルギは根本的な疑問を問う事にした。
「……で、君は一体何者なんだい?」
問われてはっと我に返った少女が、姿勢を直して自己紹介した。
「じゃ、じゃあ改めて。あたし、レイ・メイファン。ここで会ったも何かの縁、同じアジア人同士よろしくアルね!」
ためらいもなく手を差し出す少女――メイファン。
「ああ、よろしく。僕はガイ・ハヤカワ」
少し抵抗はあったが、とりあえず礼儀として握手し返すツルギ。
学園生活が長いせいか、本名を名乗ったのは久しぶりのような気がした。
「あれ? さっき『ツルギ』って呼ばれてたような気がしたアルけど……?」
「え? ああ、さっきのはあだ名みたいな奴で――」
「もしかして、ここの候補生アルか!?」
すると、答えに行きついたメイファンは急に目を輝かせ、一歩詰め寄ってきた。
「もしかしなくても、噂に聞いた『車いすのパイロット候補生』アルか!?」
「ま、まあ、そうだけど――」
戸惑うばかりのツルギは、ただ苦笑いするしかない。
車いすを動かせないせいで一歩下がる事もできず、ただ目を泳がせるしかない。
「そうだったアルかー、車いす生活になっても戦闘機で飛び続ける候補生が、まさか同じアジア人だったなんて思いもしなかったアルよー。まさにアジアの誇りアルね! あたしも同じくらい、有名人になりたいアル!」
1人歓喜している様子のメイファンを見て、何なんだこの子は、とツルギは思ってしまった。
いくら何でも褒めすぎに見えてしまう。しかし本人に悪気はないようなので、余計に対応に困ってしまう。
「ツルギ凄いじゃない! アジアの誇りなんて!」
「いや、今の僕はスルーズ国籍だから、どうかと思うけど……」
隣のストームは褒められた事にご満悦のようだが、ツルギは素直に受け止められず、そんな事を口にした。
「そうと聞いちゃいられねえな。俺だって、ツルギに負けないくらいの誇りがあるぜ?」
と。
急にバズが席を立ち、胸を張ってメイファンに主張し始めた。
「何アルか、それ?」
「聞きたいか? なら俺と一緒に――いてててっ!」
「兄さんっ! 言った先から!」
メイファンに寄ろうとしたバズを、ラームが耳を引っ張って止めた。
ナンパしようとしていた事は、既に見透かされていたようだ。
やれやれ、と友人の様子に呆れつつ、ツルギは時計に目を向けた。
途端。
「いけない! こんな事してる場合じゃないんだ!」
ツルギは迫っている用事を思い出し、慌てて朝食を口に運び始めた。
「どうしたアル?」
不思議に思ったのか、メイファンが聞いてきた。
既に含んでしまった朝食を一旦飲み込んでから、ツルギは答える。
「ごめん、用事があってすぐ行かないといけないんだ! 話はまた今度にしよう!」
「あ、そっか。邪魔しちゃったアルね。じゃあ、機会あったらまた」
事情を理解したメイファンは、ツルギの前から去っていく。
「ちょっと! だったら、俺が代わりに――いてててっ!」
「兄さんっ! 往生際が悪いですっ!」
バズが呼び止めようとしても、ラームがそれを許さない。
時間を食いすぎて見送る時間もないので、ツルギは朝食を再開する。
「結局、あの子何だったのかな?」
「さあ……」
ストームがそんな疑問をつぶやいたのを聞き、結局メイファンが何者なのかは聞けずに終わってしまった事に気付く。
そして、食事をしながらふと思い出した事がもうひとつ。
「そういえば、ミミはどうしたんだ? 食堂に見当たらないけど――」
「おい、姫さんならとっくにお出迎えに飛んだぞ? 離陸する様子、見なかったか?」
「あ」
結果、スケジュールを思いの外忘れていた事に気付き、恥ずかしくなったツルギであった。
* * *
心地いいまでの青天の下、『Flghter Town』と壁に書かれた格納庫が目立つ飛行場。
正式名、ファインズ空軍基地。
人工島の上に建造されているので、2本並ぶ滑走路の先には広大な大西洋が広がっている。一応スルーズ本島と橋で繋がってはいるのだが、それは格納庫側――滑走路とは反対側にある。
ツルギは、自身の課せられた用事を果たすべく、その駐機場に来ていた。
「ストーム、ここから先は生徒会の仕事だぞ。部外者は帰った方がいいんじゃないのか?」
「いいじゃない、あたし達は一心同体なんだから」
だが、なぜか隣にいるストームは、平然と恥ずかしい台詞を言ってくる。
そんな事を言われたら、悔しいが何も言い返せなくなってしまう。
「見物する分には、問題ないだろー?」
しかも、バズとラームまでいる。
2人も、これから始まるイベントを見物したいようだ。
知り合いに見られている中でやらないといけないのか。
下手な失敗をして恥ずかしい事ができないだけに、少し緊張してしまう。
「ん、何だあの飛行機?」
と。
バズが何か見つけたようだ。その視線は、駐機場の中に向けられている。
そこには、見慣れない飛行機が1機駐機していた。
まっすぐに伸びた直線翼を持つ、シンプルなデザインの複座ジェット機。茶色と緑という迷彩塗装が施されている。
スルーズ空軍に、あのような飛行機は存在しない。
そもそも、国籍マーク自体が違う。緑と白の円形紋の中心に、三日月と星が描かれたもの。
あの飛行機は、確か――