セクション03:カイランとケージ
『スルーズ領ラーズグリーズ島。テレビの中継局が存在する一方、カイラン情勢への抑止力を担う、軍事拠点としての側面もあります。一般市民の定住者は少なく、その大半が軍人とその関係者で占めています』
島の映像が流れた。
田舎のような小さい町並みがある程度で、テレビ局の電波塔や軍事施設の方が目立つ島。
画面の隅にある地図は、アフリカ大陸の西沖合にこの島がある事を示している。
『政府は昨日、このラーズグリーズ島の空軍基地に配備されている戦闘機の数を、通常の4機から3倍の12機に増勢する事を決定。ケージへの軍事的圧力を強める姿勢を見せています』
映像は、基地でミラージュが離陸していく映像に切り替わった。
何気ないフライトの映像でも、戦争に絡む話の中で流れると印象はかなり変わってくる。
「スルーズ、戦争始める気なの?」
ストームが珍しく、驚いた様子を見せた。
「いざとなれば軍事介入ってか。向こうもいよいよきな臭くなってきたな」
一方で、バズは他人事のようにつぶやく。
「ラーズグリーズ島って確か、ミステール先輩達が特別実習に行った場所だよね?」
「ああ、ちょっと心配だな……」
そして、ツルギはラームとそんなやり取りをする。
この島には、ツルギの先輩達が先日向かったばかりだ。当分の間は戻ってこない。
敵から攻撃を受ける可能性はほぼないものの、万が一の事があったらと思うとやはり不安になる。
「そういえば、スルーズって前にもカイランとケージの戦争に軍事介入した事あるんでしょ? どうしてカイランにこだわってるの?」
ふと、ストームがそんな事を聞いてきた。
「ちょっと、歴史で習わなかったか? カイランはスルーズの元植民地じゃないか」
「あ、そっか。つまり、古い付き合いだから何かあったら助けたいって事?」
「まあ、そうなるね」
ツルギが説明する。
スルーズからの独立を果たしたカイランは、間もなく隣国のケージと幾度もの争い――カイラン・ケージ戦争に突入する事となった。
その中で、スルーズは一度だけカイラン側について軍事介入を行い、ケージを交渉の席に着かせた事がある。以降スルーズは、カイランで有事が起こりうる場合は必ず軍をちらつかせてケージを牽制している。
そのおかげで争いを早期に終結させた事もあったが、今回も同じように行く保証はない。
「だがまあ、自分で種を撒いといて危なくなったらこっちに泣きついてくるなんて、スルーズもとんだとばっちりだよな。国王陛下だって、何余計な事してんだって思ってるぞ、きっと」
バズが皮肉ったそんな時、ニュースの内容が変わった。
『情勢悪化の背景にあるのは、未だ謎に包まれたケージ軍機撃墜事件です。発生から1か月が経とうとしている現在も、カイラン政府は詳細情報を公表していません。一体なぜ、カイランは事件の詳細をひた隠しにするのでしょうか』
ニュースで流れたのは、この情勢悪化の根源とも言える事件の映像。
砂漠の真ん中で、黒い煙を上げて落ちて行く戦闘機。
その上を、悠々と飛び去って行く別の戦闘機。
現地の一般市民が偶然撮影したという、撃墜事件の一部始終を捉えた映像である。
この日、カイラン軍の戦闘機が、領空侵犯を行っていたケージ空軍の戦闘機を撃墜。ケージ軍機のパイロットは未だ行方知れずになっている。
領空侵犯した戦闘機が撃墜されて情勢が悪化するという出来事自体は、決して珍しい事ではない。世界中のあちこちで起きている事だ。
「そもそも、明らかにおかしいじゃねえか。人の土地に土足で踏み込んだケージを非難してもいいはずなのに、自分達はやってません、なんて言い逃れしてるんだからな」
「確かに、それは僕も気になってた。普段のカイランとやり方が違うし」
だが、この事件には謎が多い。
特に、撃墜に至った経緯については未だに公表されていないのである。
領空侵犯を行った飛行機を撃墜したという事は、その飛行機が退去命令に応じなかった事を意味する。
ならば、バズの言うようにケージ軍の行為を非難するのが普通だ。
しかしカイラン政府は、ケージ軍機は撃墜されたのではなく事故で墜落したのだと発表している。それ以外の情報は調査中と称してほとんど発表していない。
映像の解析で、撮影された映像は一切加工されておらず信憑性が高いという事がわかっているにも関わらず、である。
今流れているニュースでも、その事がしっかりと説明されている。
『ケージ軍機の撃墜は、政府や軍上層部の判断で行われたものではない可能性があります。迎撃に参加していた兵士が何らかのミスを犯して誤って撃墜してしまったか、あまり考えたくはないですが暴走したという可能性が否定できません』
画面の中で、軍事評論家が持論を展開している。
カイラン軍は「プロジェクト・ゲイザー」と呼ばれる軍備拡張計画を進行している最中であり、もし開戦になれば不完全な状態で戦う事になるため、不用意にケージを刺激する意図はなかったのだと。
「たった1人の兵士のミスで戦争になるってか。嫌だなあ、そんな事になったら」
あまりに危機感のないバズのつぶやき。
それが不安を煽ったのか、ストームがまたらしくない事を問うた。
「もし戦争になったら、あたし達も動員されちゃうのかな?」
「その心配はないよ。僕達学園の生徒は少年兵じゃない。卒業して初めて軍属になるから、ここの生徒である限りは戦闘に動員されない事が保障されてる」
いつも前向きなストームが、珍しく不安そうな様子を見せている。
だが戦争という現実を前にしたなら、普段の態度を保っている方がおかしいだろう。
だからか、彼女の不安が自分に移ったような錯覚に陥る。
いつも彼女から、元気をもらっている身であるが故に。
「でも、将来は――」
戦争に行くかもしれない身になるんだよな、とは口にできなかった。
それが、余計に自分を不安に追い込んでしまいそうで。
自分達は、それぞれ軍に入って叶えたい夢があるから、ここに来た。
だが、もし。
その対価を、将来戦場で血を流して支払う事になったとしたら。
わかっている。
軍は元よりそういう所だと、わかっているはずなのに――
「ネェイガー、ニィハオ」
と。
不意に近くで、聞き慣れない外国語が聞こえてきた。
背後に人の気配を感じて、振り返る。
そこにいたのは。
「ナンダオ、ニィシージョンゴウレンマ?」
黒髪をリボンで短めのポニーテールにした、見知らぬ少女だった。
見た所東洋人のようだが、ツルギはその顔に覚えはなかった。
「……へ?」
この学園の生徒で、東洋人は自分だけのはず。
何より、見た目が中学生程度。学園の制服も身に着けておらず、着ているのは胸元を開けた黄色と青のツートンカラージャージである。
どうやら学園の関係者ではないようだが、だとすると一体何者なのか。
「ウォージャオ、レイ・メイファン。ニィナ?」
胸に手を当て、何やら問いかけている少女。
よく聞けば、喋っているのは中国語のようだ。
だが、中国人の知り合いなどいないツルギにとっては、ますます混乱するばかりだった。
見知らぬ来訪者に、ストーム達の関心も集まっている故に。