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セクション02:ゲイザーとドローニン

 その頃。

 学園校舎の斜め向かい側には、学生以外の隊員が利用する寮がある。

 その中の一室で、ドローニンはノートパソコンを前に仕事に明け暮れていた。

 近くに置いてあったコーヒーカップでコーヒーを一口飲み、一息つこうとしていた時、ふと玄関のドアをノックする音が聞こえた。

 通常の3回では終わらず、不規則に何度も何度も。

 黙っていれば何回でも続きそうなそのノックを、ドローニンは不振がった。

 こんな時間に誰だ、と思いながら、ドローニンは玄関へ向かい、ドアを開けた。

 そこにいたのは。

「……ヴァル」

 まるで迷子になった子供のように寂しそうな表情で見上げる、ゲイザーだった。

 なぜか、手には大きなバッグを持っている。

「ライラ。どうした?」

 ドローニンが問い掛けると、ゲイザーはバッグを手放し、いきなり胸元に素早く抱き着いてきた。

「一緒ニ、寝たイ」

 そんな事を、懇願しながら。

 突然の事態に、ドローニンは困ってしまった。

 この部屋の場所をゲイザーは知らないはずなのだが、持ち前の高い視力で追いかけ位置を突きとめてしまったのかもしれない。

 ドローニンは、とりあえずゲイザーを優しく引き離して、問いかけた。

「まさか、そのために、ここまで?」

 こくり、とうなずくゲイザー。

「ダッテ、怖イ、夢――」

「それなら、薬が、あるだろう」

「デモ……」

 つい、とゲイザーの手がドローニンの頬に伸びる。

 その手が触れた瞬間、ゲイザーは自ら目を閉じて唇を重ね合わせた。

 その行動に、ドローニンは特段驚かなかった。

 むしろ僅かではあるが、目を閉じてその口付けを受け入れてしまっていた。

 1秒にも満たない口付けを終えると、

「ヴァルと、一緒が、イイ」

 ゲイザーの頬は、僅かに赤みを帯びていた。

 ドローニンは、ため息をつくしかない。

 荷物まで持ってきたという事は、余程自分と一緒の部屋にいたいのだろう。

 ゲイザーは、こう見えても頑固だ。一度でもしたい事をやり遂げない限りテコでも動かない。

「……わかった。おいで」

 仕方なく、ドローニンはゲイザーを部屋へ受け入れるしかなかった。


 ゲイザーは首に巻くスカーフを取ると、丁寧に畳んで机の上に置く。

 さらに、上着を雑に脱いでシャツ1枚となったゲイザーは、小さな瓶を取り出した。

 その中には、錠剤が入っていた。ラベルこそ貼ってなく、瓶にも特に何も書かれていない。

 ふたを開けて2錠を手に取ると、ゲイザーは慣れた様子で口に運ぶ。

 それを呑み込むと、準備はできたとばかりに、こてん、とベッドに横になった。

 ドローニンはそれを、用意した椅子に座って見守る。

「ヴァル、寝ないノ?」

 枕に頭を預けたまま、顔を向けて問うゲイザー。

 その言葉を聞いて、ドローニンは少しだけ笑ってしまった。

「まだ、仕事が、あるんだ。寝るまでは、ここに、いる」

 せめて安心させようと、ゲイザーの手を両手で握って答える。

 これでは臨終間近の病人を看取っているかのようだ、とドローニンは他人事のように思った。

 病人って言うのもあながち嘘ではないのかもしれないが、とも。

 すると、ゲイザーのもう片方の手が、ドローニンの手に重なった。

 そして、ふいにその腕が引っ張られた。

「……!」

 不意を突かれて踏ん張る事ができなかったドローニンは、ベッドに引き込まれてゲイザーに覆い被さる形になってしまう。

 ゲイザーと肉体的な距離が瞬時に近づき、僅かに高鳴る心臓。

 その隙を突くかのように、ゲイザーはドローニンを横倒しにして、抱き締めた。

「抱イテ」

 一言だけ、言いながら。

 ゲイザーのマゼンタの瞳に至近距離で見つめられると、不思議と抵抗できなくなってしまう。

 むしろ、ドローニンの方が抱きしめたいという欲求に駆られ始める。

 彼女の目は、こういう部分でも特別な力があるのかもしれない。

「また、子供みたいだぞ」

「子供、ジャナイ」

 ドローニンの言葉にそう言い返すゲイザー。

 すると、ゲイザーは再び目を閉じてドローニンの唇を奪った。

 先程とは異なり、長く、そして深い口付け。

 気が付けば彼女のペースに、いつの間にかドローニンも飲み込まれてしまっていた。

 何度も唇を吸うゲイザーの肩をそっと抱き、あるがままにゲイザーの思いを受け止める。

 それが数秒ほど続いて、顔が離れる。

 ゲイザーは柔らかな眼差しで、ドローニンを見つめていた。

 それはもはや、無邪気な子供のものではない。

「ワタシ、ヴァルの、()()、ダカラ――」

 そう言いながら、ゲイザーの目がそっと閉ざされる。

 そして間もなく、彼女は寝息を立てて眠りに落ちて行った。

 しばらく様子を見て完全に寝入ったと確認してから、ドローニンは起き上がった。

 ふう、とため息をつく。

「妻、か……」

 彼女はその言葉を、本気で信じ込んでしまっているらしい。

 もっとも、そうした責任は自分にある。

 元を辿れば、戦乱に巻き込まれた彼女を救い出すためだったのだが、今思うと、それが本当に正しかったのかわからなくなる。

 戦乱から救われた命が、戦乱で命を奪う存在になろうとしている現実。

 いや、彼女は既に()()()()()()()()()――

 ごほっごほっ、と不意に強く咳き込んだ。

 ドローニンは、このままゲイザーの隣で寝ていたいという欲求を抑え込み、ベッドから出る。

 脇に置かれた、錠剤入りの瓶に少し目を向けながら。


 完

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