セクション01:2つの別れ
眩しく太陽光が降り注ぐ、快晴の空の下。
ファインズ基地の駐機場では、アメリカ空軍航空学園との特別授業を記念して、記念撮影が行われる事となった。
扇上に並べられたラプター、イーグル、そしてミラージュ。
その前に、生徒達が大勢集まっている。
「それでは、写真撮影を始める。各自位置につけ」
フロスティが普段通りに指示すると、生徒達は一斉に3機の戦闘機に背を向ける形で整列し始めた。
「ふああ、眠い……」
だというのに。
ツルギの車いすを押すストームは、大きくあくびをしていて足取りが遅い。
車いすの速度が、次第に落ちているのがわかる。
車いすが位置に着いた所で振り向くと、ストームの頭は今にもこっくりと下がってしまいそうなほど危うくふらついている。
「ストーム、ダメだよ。もうすぐ写真撮るんだから、しゃきっとしないと」
「そんな事言ったって、レポート夜中まで書いてたし……ふああ……」
ツルギが注意しても、ストームは目をこすりながら、よろよろとツルギの隣へ出る。
気持ちはわかるけど、とツルギは内心思ったが、今は寝かせる訳にも行かない。
「ほらほら、写真に写る間だけでもいいから、しっかりして」
とんとん、と背中を軽く叩きながら、ツルギは言うしかなかった。
「どうしたの?」
それが気になったのか、手前にいるリボンが声をかけてきた。
「いや、昨日夜中遅くまでレポート書いてたんだよ、ストーム……提出、今日だったから」
ツルギが説明する。
ストームはレポート課題の修正に難航し、提出期限前日だった昨日の夜遅くまで起きていたのだ。
辛うじて提出に間に合ったのはよかったが、ツルギがこれで提出できるとと判断した途端、力が抜けたように眠りに落ちてしまい、今日も起きてからずっとこの調子である。
「そう、よくある事ね。ちなみにどんな内容?」
「いや、シャオロンの性能について。F-16以上の性能を持つとされているが、あながち嘘ではないようだ、って感じに書いた」
「ああ、あの機体ね……」
リボンはそれだけ聞いて、空を見上げた。
シャオロンという単語に反応し、興味を失くしたようにも見える。
それで、ツルギは言ってはいけない事を口にしてしまったと感じた。
「あ、その――ごめん」
「なんで謝るのよ」
「だってリボン、負けたからね……」
「別に気使わなくていいわよ。いつまでもくよくよ負けを引きずるほど、あたし軟弱じゃない」
だが、それは杞憂だったようだ。
顔を下ろしたリボンの顔には、憂いの表情が一切見られなかった。
「そりゃ、キャノピーにヒビ入って、修理で帰りが遅れるくらいの負けなんて初めての事だったけど、いつまでも悔しがってたら強くなれないもの。次会ったら倍返ししてやるって、あの『アフリカの魔女』さんに伝えておいて」
「わかった――って、アフリカの魔女?」
「ええ。何かあいつ、魔法みたいな力持ってるし、得体が知れないから、そう呼ぶ事にしたの」
「魔女って、なんて物騒な……」
リボンは意外にも、立ち直りが早かったようだ。
ただゲイザーに負けただけでなく、ペイント弾による損傷でファインズを去る日程が遅れたという事もあり、結構精神的ダメージが大きいとツルギは思っていた。
だがこれなら、心配する事はなさそうだ。ゲイザーに通り名をつけてしまうくらいなら。
「それでは皆さん、撮りますよー」
カメラマンが、台に乗ってカメラを構え始めたのは、ちょうどその時だった。
少し上から見下ろす形で、カメラが向けられる。
ストームは、ぶんぶんと眠気を払うように頭を左右に降り、しゃきりと姿勢を整えた。
もちろん、ツルギも姿勢を整える。
ぱちり、とシャッターが下りる音。
それが数回続いた後、写真撮影は終了した。
「はいOKです!」
カメラマンの言葉を合図にして、生徒達は一斉に姿勢を緩めた。
そして、ストームは。
「はあ、終わったあ……」
力尽きたように、ツルギの膝の上へと崩れ落ちてしまった。
ツルギの上から、だらりと座り込む形になる。
「ちょ、ストーム!」
自身の肩に頭を預けられる形になり、心拍数が急上昇するツルギ。
顔と顔がすぐ隣にあるほど密着するなど、こんな人前でする事ではない。
だがストームは、そんな彼の事などお構いなしに、規則正しい寝息を立てていた。
その顔を覗き込むと、寝顔は赤子のようにとても安らかだ。
途端、文句を言う気が一気に薄れてしまう。
周りの視線が集まり、バズも見せつけてくれるぜ、と笑っているにも関わらず。
「……すまないリボン、車いす押せるか?」
仕方なく、ツルギはずり落ちそうになるストームの腹をしっかり抱きつつ、リボンに助けを求めた。
「起こしたいなら、お目覚めのキスでもしてあげれば?」
「バ、バカ言うなっ!」
だが。
逆にリボンにからかわれ、ツルギは顔を真っ赤にして反論したのだった。
* * *
その夜、食堂にはリボンの含めた生徒達が集まり、ある種のお別れ会が開かれた。
開いているスペースに作られた小さなステージで、リボンが学園を代表するミミへ額縁入りの写真を手渡す。
それには、高空を悠々と飛行するラプターが写っている。
受け取ったミミが観客たる生徒達に写真を見せると、食堂が盛大な拍手に包まれた。
この写真は、リボンとの交流の証として、学園で大事に展示される事だろう。
「リボン、これからの活躍をお祈りします」
「そっちも、王位継承、できるといいわね」
その後、2人は短いながらも固い握手を交わした。
次に、ミミと入れ替わる形でツルギが車いすを動かして前に出る。
その手には、リボンが渡したのと同じく、額縁入りの写真を持っている。
写っているのは、編隊を組んで飛ぶスルーズ空軍のイーグルとミラージュだ。
ツルギがリボンにそれを渡すと、リボンが先程のミミと同じように写真を生徒達に見せる。
食堂が、再び拍手に包まれた。
ツルギー、かっこいいよー、とストームが呼びかける声がする。
ふと目を向けると、ステージを見守る生徒の中で、手を振っているストームの姿が。
もうすっかり眠気が取れ、普段通りの元気さを取り戻している。
「お別れだね、リボン」
「ま、またすぐ会えそうな気がするけどね」
そして。
2人は軽く笑みを見せながら、握手を交わしたのだった。
リボンやツルギ達がステージを降りた後、代わってフロスティがステージへ出た。
お別れ会を締めくくる、最後の挨拶をするためだ。
「諸君。アメリカ空軍航空学園の候補生との特別授業は、無事に終わった。私は間もなくこの学園を去る事になるが、この特別授業をここでの最後の仕事としてやり遂げられた事は誇りに思っている」
途端、生徒達がざわつき始めた。
かねてから噂に聞いていた、フロスティが学園を去るという話は本当だったのだ。
もちろん、ツルギ達も例外ではない。
「だが、貴様らはまだまだ甘い。本当なら無理にでもここに留まって鍛え直したい所だが、代わりにひとつ言葉を送ろう。貴様らは今回の特別授業で、世界で戦う軍の格の違いを思い知ったはずだ。それは、偏に命を捧げなければならない戦場を何度も経験したからこそのものだ。それは貴様らも例外ではない。今カイランの情勢が緊迫している。ここに入ったからには、いずれ命を捧げなければならなくなる時が来るだろう。そんな時、自分以外の何かのために命を投げ捨てる覚悟が、貴様らにはあるか?」
その問いかけに、生徒達を重い空気が包んだ。
誰も声を上げる者はいない。真っ向から反論していたストームでさえも。
フロスティは、まるでそうなる事をわかっていたかのように、小さくため息をつくと、
「……この問いを日々忘れずに、実習に励む事だ。以上だ。後任の教官については近い内に連絡が入るだろう」
そう言ってステージを去っていく。
ステージには、静寂だけが残る。
見送りの拍手さえも、感謝の言葉さえも。何もなかった。
「何さ、あたし達は最後まで、夢のために飛び、夢のために戦い、夢のために勝つんだから。ねえツルギ?」
ストームは、見返してやると言わんばかりに、小声で言う。
だが隣のツルギは、何も言葉を返さなかった。
フロスティ教官は、最後の最後まで容赦ないな。
肌でそう感じ取っていた故に。
「あらら、何か沈黙しちゃってるアルよ……」
「だから言ったろ? オレ達が顔を出した所でつまらねえって。さ、行こうぜ」
その様子を入り口から覗き見ていたサンダーとメイファンは、そんな言葉を交わしながら食堂の前を後にしていった。




