セクション14:恐怖の弾丸
「ちょっとあんた! なんで実弾何か積んでるの!? ねえ聞いてる!?」
リボンの心は、完全に追い込まれていた。
追いかけてくるシャオロンが、いきなり実弾を撃ってきた。
しかし何度振り返って呼びかけても、パイロットのゲイザーは当然の事とばかりに返事をしない。困惑している様子もなく、未だ追いかけ続けている。
ツルギら他の機体も、状況を理解していないのか同じ反応だ。
つまり、これは演習ではない。
今2機の環境だけが、殺し合いをする異世界と化している――のか。
少なくとも、リボンはそう感じていた。
「管制機! どういう事なの! あいつ実弾撃ってきてるけど! 管制機!」
『こちらピース・アイ。大丈夫です。それはペイント弾です』
「ペ、ペイント弾? 何よそれ?」
管制機ピース・アイの説明は、妙に落ち着いていて、リボンにはわからなかった。
ペイント弾などという弾など、聞いた事がない。
そもそも、撃たれて安全な弾など、存在するのか。
『話を聞いたところによると、ペイント弾は――』
ピース・アイの説明が頭に入ってこない。
旋回を繰り返して頭の血が下がっているせいか。
それとも単純に、彼女の説明を理解する余裕がないのか。
何度も急旋回を続けるラプターの後を、シャオロンはぴったりとついてきている。
何度やっても振り払えないのだ。
まるで、こちらの手の内が全部わかっているかのように。
目の前で凶器を突き付けられ続ける感覚。
そのせいか、リボンは普段以上に汗だくになっている事に気付いた。
滝のような汗だ。
できるなら、今すぐにでも脱いで拭いたい。
ヘルメットはもちろん、両手の手袋さえも。
もちろん、戦闘機動中にそんな余裕はない。
それでも、今すぐここを逃げ出して汗を拭いたいという感情が、頭から離れない。
逃げる?
そんな感情を抱いたのは、空では初めてだ。
(何を怖がってるの……あたし)
それで、やっと気付いた。
自分が恐怖に駆られている事に。
信じられなかった。
自分の世界とまで語ったこの空で、恐怖を抱くなんて。
なんと、情けない。
最後に恐怖を感じたのは、いつだったか。
そう言えば、交通事故に遭って以来しばらく、道路を横断する事が怖かった。
例え自動車が横断歩道の前で止まっていても、何かの間違いで動いて自分を轢くのではないかと怯えていたものだった。
それも仕方がない。
あれは、今でも思い出したくないほどの苦痛だった。
読んで字のごとく、骨が折れる痛み。
そのせいで、自分は両足を切断し、義足での生活を余儀なくされる事になった。
もしあの弾丸を浴びようものなら、その時の非ではない。
交通事故の時以上の苦痛を感じながら、体をずたずたに引き裂かれるのだから――
「ええいっ!」
それを強引に振り払い、リボンは最後の切り札を使う事にした。
操縦桿を引き、スロットルを最大まで押し込む。
ラプターは一気に上昇を始め、シャオロンも全く同時に上昇して後を追い始めた。
最強なあたしと最強なラプターが、こいつなんかに負けるもんか。
心の中でそう吐き捨てながら、リボンはHUDのはしごがひっくり返ったタイミングを見計らい、思いきり操縦桿を引いた。
ラプターの機首が、縦にひっくり返る。
宙返りではなく、文字通りその場で一回転という言葉がふさわしい。
これが、自己流『木の葉落とし』。
ラプターが持つ推力偏向能力があるからこそ、できる芸当。
相手から見れば、機体が立ち上がって急減速したかのように見えただろう。
こんな戦闘機動など、途上国の空軍は知らないはずだ。ゲイザーは予期せぬ軌道に、土器もを抜かれた事だろう。
半回転を終えて水平になった所で、リボンは機体をもう一度背面に入れ、下方を確認する。
すぐに、ラプターを見失ってあたふたしているであろうシャオロンの姿が見つけられる――はずが、見当たらない。
「え!?」
そんなバカな、とリボンは目を見開いた。
今頃相手は、宙返りを続けて真下にいるはず。
その隙を突いて急降下し、攻撃するはずだったのだが、なぜか。
この機動を読まれていない限りは、そんなはずがないのだが――
「まさか――」
嫌な予感がした直後、ロックオン警報が鳴り響いた。
すぐに振り返る。
そこには、先程までと全く変わらず背後についているシャオロンの姿が。
不思議と、乗っているゲイザーの視線が、まるですぐ近くからのように感じた。
やられた。
ゲイザーは、どういう訳かリボンの最後の切り札さえ、読んでいたのだ。
これを破られてしまった以上、もはや打つ手はない――
「しまっ――」
『発射』
シャオロンから弾丸が放たれた。
がんがんがん、と機体に未知の振動が次々と走る。
それは、1秒も経たない内にリボンのいるコックピットにも迫った。
「きゃあああああああっ!」
リボンは回避するのも忘れ、今まで叫んだ事もないほど情けない悲鳴を上げてしまった。
直後、キャノピーがまるで出血したかのように真っ赤に染まった。
これが、模擬戦の決着がついた瞬間だった――




