セクション10:スナイパー
『前回は不覚を取られたが、今回はそうはいかん!』
早速、タイガーシャークがウィ・ハブ・コントロール号に狙いを定めて追いかけてきた。
自機の後部に食らいつこうとしているその姿に、ツルギはいち早く気付いた。
「気を付けろストーム! こっちを狙ってる!」
ストームは早速アフターバーナーに点火し、機体を加速させる。
負けじと、タイガーシャークも加速して食らいついてくる。
距離はほとんど変化しておらず、その光景は、さながらレースのようになっている。
やはり速度差だけでは、簡単に振り切らせてくれない。
「ブラスト2、援護を頼む!」
だが、こちらにはもう1機いる。
ウィ・ハブ・コントロール号に食らいついたなら、手の空いたバズ・ラーム機が攻撃のチャンスを作れる。
もちろん、高い機動性を有する相手はそれでも一筋縄ではいかないが、互角のレベルには持ち込める。
そう信じて、ツルギは呼びかけた――のだが、返事がない。
「どうした!? 応答しろブラスト2! おい!」
旋回を始めた機体の中で、ツルギは状況を確かめようと周囲を見回す。
そこで目にしたのは。
『すまねえツルギ、いきなりだがやられちまった! 離脱するぜ!』
そう言葉を残して雲の下へと落ちていく、バズ・ラーム機だった。
「そ、そんな!?」
こんなにも早くバズ・ラーム機が離脱を余儀なくされたのは、初めてだ。
なぜこうなってしまったのか。
先程のミサイルは、回避したはずだ。まさか普段と異なる撃ち方をしたのか。
ツルギが情報を整理し終える前に、再びミサイル警報が鳴り響いた。
ウィ・ハブ・コントロール号はフレアを撒きながら急旋回し、回避。
『どうした? あの時「空では何が起こるかわからない。片時も油断するな」と言ったのは貴様のはずだぞ!』
試すような、というより挑発するような声のフロスティ。
見えない弾丸が、ウィ・ハブ・コントロール号を貫かんと放たれる。
ストームは何とか狙いを定めさせまいと複雑な機動を繰り返しているが、完全に防戦一方だ。
『こちらピース・アイ! 敵機の襲撃でブラスト2が撃墜されました! ただちにブラストチームの援護に向かってください!』
そんな中で、ピース・アイすぐさまは状況を把握して一度は散り散りになった味方を呼び戻そうとしていた。
『ツルギが!? 了解! アイスチーム、援護に向かいます! フィンガー!』
すぐに、ミミが答えてくれた。
『了解です、姫様――って、ええ!?』
だが。
フィンガーはというと、いきなり何かに襲われたように悲鳴にも似た声を上げていた。
『どうしました!?』
『姫様、いきなりのミサイル攻撃で――やられました……!』
『何ですって!?』
タイミングを見計らったような、フィンガー機の被撃墜。
これは明らかに、今ウィ・ハブ・コントロール号を追いかけているタイガーシャークによるものではない。
「ツルギ、今のもしかして――リボンなんじゃないの?」
その中で。
ストームは、防戦の苦しさを紛らわせるようにそう推察した。
その言葉で、はっとツルギは気付いた。
この戦闘が始まる直前まで、血眼になって探していた敵の存在に。
敵は、目の前にいるフロスティだけではない。
レーダーには見えないもう1機の敵が、今まさにこちら側を狙っているのだ。
『ふふ、ご名答よ』
それを証明するように。
無線から、見えない戦闘機・ラプターのパイロット――リボンの得意げな声がした。
「リボン」
『これでもあたし、手加減してるんだからね、ガイ? 本気出したら1分もかけないで全滅させられる自信があるから』
周囲を見回しても、リボンのラプターと思われる機影は見当たらない。
どうやら彼女は、視程外からの攻撃に専念するつもりのようだ。
以前の特別授業で、一瞬でリボンに撃墜判定を取られた時を思い出す。
彼女はその気になれば、いつでも自分達を落とせる状態にある。
そう思うと、途端に顔から血の気が引く感触がした。
『何を気取って……! そんな風には、絶対にさせません!』
『そうね。悔しかったら、1秒でも早くあたしを見つけてみなさいな!』
ミミが反論すると、リボンはまるで勇者を試す魔王のような口調で、挑発した。
『何、気にする事ではない。貴様らは、今ここで負けるのだからな!』
それに続く、悪人のようなフロスティの言葉。
さらに、ミサイル警報が鳴り響く。
ストームの反応は早かった。
すぐさま急旋回し、フレアを撒いて回避する。
ツルギはそのGに耐えてから、忠告した。
「ストーム、回避は慎重にやった方がいい! 下手に隙を見せるとリボンにやられるぞ!」
「そんな事言われたって……!」
タイガーシャークは尚もウィ・ハブ・コントロール号を追従し続ける。
こんな中で、下手に運動エネルギーを切らせたらリボンに隙を狙い打たれる事になる。
「く、これじゃ暗殺者どころか、スナイパーだ……」
そう。
今リボンは、ステルスという物陰に身を隠し、乱戦の中で敵を撃ち抜く隙を窺うスナイパーと化している。
彼女がどこでどう動いているのか、掴む術はない。
別の敵を相手にしている中で、見つける事さえ困難な彼女を探し出す余裕もない。
ツルギとストームは、下手な2対1よりも困難な状況に陥ってしまっていた。




