セクション02:朝のひととき
「何とか間に合ってよかった……」
「あたしが全力で走った甲斐あったね」
「それは感謝するけど、もっと丁寧にやってくれよ……」
平日はいつもにぎわう食堂の中は、休日というだけあって人影はまばらだ。
その中に、朝食とトレーを持ったストームとツルギがいた。
朝食を取れる時間は、何とか確保できた。もしもっと遅れていたら、朝食を取る暇すらなかっただろう。
「ようツルギ、随分遅かったじゃないか」
「2人共おはよう」
2人が向かうテーブルには、これまた2人の少年少女がいる。
髪の色はどちらも赤だが、体格も印象も正反対。
片方の少年は色黒で、まるでプロレスラーのごとくがっしりとした体つきをしているのに対し、もう片方の少女は色白で、今にも折れそうなほど華奢な体つき。
加えて少女の右目は、赤い眼帯で覆われている。
結構異質な2人組だが、彼らが2人の見知った友人だ。
「やあおはよう、バズ」
「ラームもおはよっ!」
ツルギが少年に、ストームが少女に挨拶しつつ、向かい側の席に座る。
「遅れるなんて、どうしたの? いつものツルギ君なら時間ちゃんと厳守するのに」
「ぼ、僕だって、たまには遅れる時くらいあるよ」
少女――ラームの指摘に、ツルギはごまかしつつコップの水を飲む。
「へえー、一体朝っぱらから2人で何してたのかなー?」
「い、いいだろうそんな事どうだって」
しかし少年――バズには見抜かれていたようだ。
ツルギは少し目を泳がせながら答える。
「ほほー、俺にも話せない事をしてたのかー。羨ましい限りだぜ。1日でいいから俺と変わってくれよ」
彼のそんなジョークが、ツルギの気に障った。
そのせいか、コップががちゃん、とやや乱暴に置かれる。
「……バズ。いくらジョークでもそれを僕の前で二度と言うな」
今まで口にした事もない、重い言葉。
冷たい視線でバズをにらむ。
ジョークだとはわかっていても、その発言はどうしても許せなかったのだ。
「おお怖い怖い。嫉妬だ嫉妬だ」
「兄さんっ!」
それでも悪乗りしてきたバズの耳を、不愉快な顔をしたラームが思いきり引っ張る。
「いてててっ! やめろシルヴィ!」
「浮気しようとするのはやめてください!」
「浮気? そもそも俺、恋人まだ作ってねえし!」
「……!」
ラームの顔色がますます不愉快さを帯びていく。
墓穴を掘った事にバズが気付いた時には、もう手遅れ。
「恋人なら、今ここにいるじゃないですか」
そう言って、ラームは素早くバズの頬に口付けた。
予期せぬ行動にバズは凍りつき、ストームとツルギも目を丸くした。
「こんな事しないと、兄さんは気付かないんですか……?」
「う、いや、これって――」
「私は、恥ずかしいんですよ……? 責任、取ってください……!」
「責任って……わかったわかった、俺が悪かったよシルヴィ!」
頬を染めつつ目を逸らすラームに、バズは戸惑うばかり。完全に勝負あったようだ。
2人は、その見た目の違いからもわかるように、血の繋がりがない兄妹だ。
だからなのか、ラームは妹でありながら兄バズに好意を抱き、『ある事情』で兄を恋人として無理やり付き合わせたという、奇妙な関係になっている。
しかしこの様子を見ると、順風満帆には行っていないようだ。
ツルギはなるべく見ないように目を逸らしながら、食事を始める。
「ラームも大変そうだね。はいツルギ、あーんして」
一方、2人を他人事のように見ていたストームは、不意にミニトマトをフォークで差し、ツルギに向けてきた。
だがツルギは、無言でフォークからミニトマトを抜き、自分で食べたのだった。
「なあ、ツルギよお」
ふと、バズが助けを求めるようにツルギに問うてきた。
「思ったんだけどさ、あんたらどうして本名で呼び合わないんだ?」
「え」
言われてみれば、と初めて自覚した。
ストーム、ツルギ、バズ、ラーム。
これらは、いずれも本名ではない。『TACネーム』という、ある種のコードネームのようなものである。
とは言っても、本質はあだ名と大して変わらないのだが。
「そ、そう言われてもなあ……」
確かに、バズは妹ラームの事を本名で呼んでいる。
親しい間柄なのに、本名で呼ばないのはおかしい事なのだろうか。
しかし、今から急に互いを「エイミー」「ガイ」と呼び合うのもどうかと思ってしまう。
そんな事を考えていると、ストームが急に横から抱き着いて来た。
「ツルギは、ツルギだよ。ね?」
透き通った青空のように明るい笑顔でそう言われた途端、その疑問はどうでもいい事だとすぐに片付いてしまった。
自分達はあだ名で呼び合う事に、どうも慣れすぎてしまったようだ。かと言って、それで何かペナルティが課せられる訳でもない。
「まあ、そうだね」
自然と、笑みがこぼれる。
そして2人は、顔を寄せ合って互いの体温を感じ取っていた。
「へっ、見せつけてくれるぜ」
「あ、みんな。カイラン情勢のニュースです」
と。
そこで、ラームが不意に声を上げた。
彼女は、テーブルから少し離れた所にあるテレビに向いていた。
そこで流れていたニュース番組では、何やら気が気でないニュースが流れていた。
『ケージ空軍機撃墜事件により、緊迫した情勢が続くカイランとケージ。これを受け、スルーズ政府はラーズグリーズ島に配備されている空軍戦闘機部隊の増勢を決定しました』
「えっ!?」
全員が、テレビに釘付けになる。
カイラン共和国と、ケージ共和国。
ここスルーズから遠く離れたアフリカの国で起きた出来事が、早くも無視できない影響を及ぼし始めているようだ。
自分達が将来正式配備される空軍のニュースだけに、自然と空気が引き締まった。