セクション07:ドローニンの忠告
若干青空こそ見えるものの、全体としては曇っている空の下。
駐機場に並んでいるシャオロンの周囲では、メイファンを始めとした整備員達が慌ただしく給油などの作業に追われている。
そして、パイロットたるゲイザーとサンダーもまた、ドローニンの元へ集まっていた。
「いいか、2人共。これから君達は、想像を超えた相手と戦う事になる。恐らく、君達が実戦で相対する事はないであろう、怪物のごとき強敵だ」
「怪物のごとき強敵? 見かけ倒しの間違いなんじゃないの?」
だが。
早速、サンダーがその言葉に文句を言い始めていた。
ドローニンは呆れた様子で、その理由を問うた。
「見かけ倒しとは、どういう事だ?」
「あいつは人殺しなんてできねえよ。そんな奴にオレ達が負けるはずないさ。例え世界最強の戦闘機に乗っててもな」
「ほう、なら君は人殺しができる自信があるという事か、サンダー?」
「ああ、そうさ。オレも、ゲイザーちゃんもな」
同意を促すように、サンダーは隣に立つゲイザーに顔を向ける。
しかし、当の彼女は言われた事を理解していないのか、何も答えない。
その様子を、ツルギ達はブラストチームの仲間達と共に、数歩離れた所から見守っていた。
「何を揉めているのです?」
そこへやってきたのは、扇子で顔を仰ぐミミだった。
「いや、見ての通りだよ姫さん。あいつ、向こうの教官にも堂々と食らいついてやがるんだ」
「あいつ……サンダーが、ですか?」
ミミは、バズが指差したサンダーに顔を向けた。
そんな時、ミミに少し遅れてフィンガーもやってきた。
「なんて奴なの……姫様。やっぱりあいつ、とんでもない問題児だったんですよ!」
「ええ。今回ばかりは、フィンガーに同意せざるを得ません……」
ミミが、珍しくフィンガーと同調する。
気になって、ツルギは聞いてみた。
「まさか、ミミもサンダーにちょっかい出されているのか?」
「さすがにそのような事はされていませんが……やはり態度には問題があります。少しでも目を離すとすぐに……」
ミミは、そこで肩をすくめて言葉を切った。
その表情で、ツルギは彼女がサンダーに苦労させられている事を感じ取った。
そんな中ドローニンは、呆れたようにため息を1つつき、サンダーに注意する。
「……自分達なら勝てると思うのはいいが、過信のし過ぎは油断を招くだけだぞ」
「へへ、その言葉はあのアメリカさんに言ってやれっての」
だがそれにもサンダーは聞く耳を持たず、じゃ、と片手を上げて去ってしまった。
一方、残ったゲイザーも、ドローニンにゆっくり歩み寄ると、
「ヴァル……勝って、クルからネ」
と僅かに表情を緩めつつ言って、ドローニンの頬にそっと口付けした。
緑のスカーフを翻して愛機へと向かっていくゲイザーを、ドローニンは困った表情で見送っていた。
そんな時、何を思い立ったかミミがドローニンに歩み寄り始めた。
ちょっと、と慌ててツルギも車いすを動かして後を追う。
「……何だか、大変そうですね」
ミミが声をかけると、ドローニンはツルギ達の存在に気付くと、何事もないように落ちついた様子で振り返った。
「ああ、君達か。ライラ達が迷惑をかけているようだな。いろいろ話は聞いている」
「え? ええ、まあ……」
ツルギは少しだけ目を逸らした。
一瞬、バズとラームが経験したというゲイザーがピストルを向けてきた話をしようか迷ったが、長くなりそうなので止める事にした。
「ゲイザーなんかは、何を考えているのか全然わからない所もありますし……やはり、僕達より前から関わっているそちらはわかるものなんでしょうか?」
「うーむ……実を言うと、2人がどんな事を考えているのか、私にもよくわからないのだよ。どうも子供の扱いは苦手なようでな……それに私は立場上、空の上まで2人に付き合う事ができない。必然的に君達の方が、ライラ達と過ごす時間が長くなるだろう」
ドローニンの視線は、シャオロンの前で言葉を交わしているメイファンとゲイザー、サンダーの3人に向いていた。
その視線は、彼女達の将来に何か一抹の不安を抱いているように見える。
これから始まる模擬戦についての事なのか、それとももっと先の事なのかはわからない。
彼は何かを決心するかのように、ゆっくりと顔を戻すと、
「だから、用心してくれ。あの2人は、ああ見えて血気盛んな節がある。生徒会会長と副会長の君達がしっかり手綱を握っていないと、何か過ちを犯してしまうかもしれない」
妙に真剣な眼差しで、ツルギにそう警告した。
「それって、あの乱闘騒ぎのような……?」
「いや、それよりももっと取り返しのつかない事だ」
ミミが問うても、その眼差しは変わらない。
まるで危険物を扱う時のような空気を感じ取ったツルギは、それがただの脅しではない事を肌で感じ取った。
そこへ、さらにミミが踏み込む。
「もっと取り返しのつかない事、と言いますと?」
「極端に言えば――人殺しだ」
するとドローニンは、何の臆面もなく、物騒な言葉を口にした。
その言葉には、重い真実味があった。
なぜなら、あの乱闘騒ぎの時、ゲイザーが実弾入りのピストルを迷いなくリボンに向けてうとうとしていたのをこの目で見たのだから――
リボンの乗機であるラプターより少し離れた所。
ツルギは衛兵達にリボンを呼んできてもらい、彼女にドローニンの言葉を伝えた。
「え、あいつがまた何かやらかすかもしれないって? ふふっ、忠告は受け取っとくわ」
だが。
それを聞いたリボンは、まるで他人事のように笑いながら言った。
「ちょっと。笑い事じゃないんだぞ、これは」
「わかってる。でもガイってば生真面目すぎるのよ、昔から。確かにあいつには嫌な目に遭わされたけど、これからするのは模擬戦よ? 別に殺し合いをする訳じゃないんだから」
そう言って、リボンは笑う。
だがその眼差しは、すぐに明確な力を帯び始めた。
「それに、誰かの顔色を窺って尻込みするのって、嫌じゃない。嫌な奴が1人や2人いるせいで何もしないなんて、もったいないでしょ。誰かがあたしに挑戦する気なら、あたしなりのやり方で堂々と叩き潰してしてやるまでよ」
堂々と左手の拳を突き出してみせるリボン。
その拳には、多少の脅威くらいなんて事はないという、強い自信が宿っている事がツルギにもわかった。
だが、だからこそ不安になった。
彼女は、慢心しているのではないかと。
「いや、でも――」
「大丈夫。空はあたしの世界よ。二度も同じ目に遭うつもりなんてさらさらないわ」
じゃ、とリボンは背を向けると、解いた拳を軽く振って去って行った。
ちょっと、と追いかけようとしたが、機密の塊であるラプターの近くへ行ってしまった以上、もう追いかける事はできない。
大丈夫なのか、と不安になったツルギは、思わずため息をついた。




