セクション05:6対1
「ん、6対1でやって欲しいだ? 奇遇だな、そういう話なら向こうからも打診があった」
地図の中央に立つフロスティが冷淡に答えると、サンダーは途端に目を輝かせた。
「そ、それはホントっすか!?」
「知っての通り、明日が特別授業の最終日だからな。向こうも向こうで、あいつの実力を最後の最後まで派手にアピールさせるつもりなのだろう。全く、この学園はいい噛ませ犬になったものだな」
現状を嘆くようにフロスティは言う。
彼が言う『あいつ』とは、紛れもなくリボンの事だ。
何らかのわだかまりが未だ消えていないのか、名前で呼ぼうとしていない。
「そんなのオレ達が終わらせてやりますよ! オレ達が――いや、ゲイザーちゃんなら――」
「根拠のない自信を持つのは悪くないが、それが通じる相手ではないぞ、あいつは」
得意げにアピールしようとするサンダーの言葉を、フロスティは遮った。
遮られた方のサンダーは、最後まで話を聞けよと言わんばかりに、む、と顔をしかめた。
「あいつは零細な空軍相手なら1人で壊滅させられる力がある。貴様らが挑んだ所で、生身で巨大怪獣に立ち向かうほど無謀としか言いようがない」
フロスティは、リボンとの戦いの結末を見透かしているように、言った。
「そんな出来レースじゃつまらないじゃないっすか! オレ達は噛ませ犬になるために――」
納得いかないとばかりに席を立ち、身を乗り出して主張するサンダー。
「やめなさい、サンダー」
それを止めたのは、隣に座るミミだった。
彼女の透き通った碧眼と視線が重なった瞬間、サンダーは先程までの熱意が嘘のように黙り込んでしまい、母に怒られた子供のように、不満そうな顔を残しつつもおとなしく座った。
「サンダーの言う通り、次の模擬戦は出来レースと言ってもいい。いや、出来レースにならざるを得ないというのが正しいか。貴様らはどう足掻いてもあいつに勝つ事はできない。実戦なら死んで来いという命令と同義だ。だが軍人とは、例え勝てぬ相手とわかっていても、命令とあらば出撃して戦わなければならない。それを身を持って知る事だ。こちらの生徒を4人も付けられるだけでもありがたく思え」
「うわ、かわいい生徒達に対する言葉とは思えねえな」
バズが、小声でつぶやいたが。
「私は貴様らをかわいいと思った事など一度もないぞ」
それをしっかり聞いていたフロスティは、すかさずそう言い返していた。
(さすがフロスティ教官、容赦ない)
そう感じたフロスティは、自然と隣に座るストームに横目を向けていた。
彼女もまた同じ事を思っていたのか、落ち着かない様子でツルギを横目で見ていた。
2人は視線を交わすだけで、言葉はない。
きっと、今みたいにフロスティに口出しされる事を、わかっているからだろう。
「それに――残念だが相手を1機だけにする事はできない」
そして。
フロスティは、さらに重要な事を補足した。
「は?」
「学園から教官機を1機付ける事になった。不測の事態が起こらないように模擬戦を見張るという意味合いでな」
不良のように声を裏返したサンダーをよそに、フロスティは説明する。
「ましてや、騒動を起こした前科持ちが参加するからな。空の上でまた騒動を起こされてはたまらん」
フロスティの冷たい視線が、ゲイザーを射抜く。
しかし当の彼女は何を言われたのかわからず、首を傾げるだけ。
フロスティはそれがわかっているかのように、彼女には何も言わず話を続けた。
「そういう訳だ。どのような作戦をするのかは貴様らに任せる。ただし、負け戦だからと言って手抜きをするのは許さんからな」
「おいおい、付けるならこっち側に付けてくれよー」
サンダーの嘆きが、フロスティの耳に届く事はなかった。
* * *
その夜。
自室にいたツルギは、筆記体の英文が並ぶある紙を読んでいた。
字は決して丁寧に描かれたものではないが、かと言って汚すぎるという感じではない。
「どう? うまく書けてるかな?」
隣に座るストームが、木陰にいるリスのように横から顔を出す。
いいから、と注意してから、ツルギは紙をテーブルに置いた。
それは、ストームが書いた、FC-1シャオロンについてのレポート課題。
ツルギは彼女がうまく書けたかを確かめるために、読んで添削しているのだ。
「結構いい感じに書けているとは思うけど……ちょっと中身が大雑把すぎるかな」
「大雑把? じゃあもっと細かく書けばいいの? どのくらい?」
「うーん……細かすぎるって思うくらい書いた方がちょうどいいんじゃないかな」
「そっかあ……明日のフライトをする前に書き上げようって決めて書いたんだけどなー」
ストームは心底残念そうに言いながら、椅子に腰を落とした。
ペーパーテスト全般が不得意な彼女は、ツルギのアドバイスを受けながらレポート課題に四苦八苦していただけあって、その姿を見るのは少し残念に思った。
だから、ツルギは少し励ましの言葉を送る事にした。
「別にまだ締め切りは先だし、大丈夫だよ。こういうレポート作成は長丁場なんだから、焦らないでじっくり書けばいいんだよ」
「うーん、そっか。よし、ありがと、ツルギ! ならまたがんばって書くね! じゃ、お礼!」
ストームは満面の笑みで感謝の挨拶をすると、急に顔を近づけてきた。
え、と驚いている隙に、ストームの唇が1秒ほどツルギの唇を塞いだ。
唇を吸う音がとても生々しく、一瞬思考が停止してしまう。
全く、油断も隙もないな。
一瞬でも隙を突かれた自分が悔しかったのか、えへ、と笑みを浮かべるストームに対し、
「……それじゃ、足りない」
ツルギは、自然と口にしていた。
「え? 足りない?」
「ほとんと付きっきりで書き方教えたんだから、もっと、これくらい――」
きょとんとしているストームを、ツルギは強引に抱き寄せる。
「あっ、んん――」
そして、驚いて声を出したストームの唇を、強引に奪った。
ストームは抵抗する様子も見せず、目を閉じてそれを受け入れる。
それからしばらくの間、2人はしばし激しくも熱い口付けを交わし合ったのだった。




