セクション04:銃と殺し
「ゲイザーにピストルを向けられた!?」
ツルギとストームは、バズが発した衝撃の言葉に耳を疑ってしまった。
目の前の机に、巨大な地図が置かれたマップルーム。
ツルギ達は、その地図の前に並んで座っている。
「しーっ! 声がでかい! 聞かれたらどうするんだよ!」
バズが慌てて2人を静める。
ツルギは同じ部屋にゲイザーがいる事を思い出し、すぐに様子を確かめた。
彼女は、ツルギ達の向かい側の席で、ぼんやりと外を眺めていた。
会話には、まるで興味がない様子だ。
どんな事を話しているのかは、もしかすると理解していないかもしれない。
「……まあ、話が聞こえないに越した事はないか。じゃ、続けていいよ」
「ああ。この間の模擬戦が終わった後の事さ。何気なく歩いてたらゲイザーと鉢合わせてさ。声をかけようと思ったら向こうから近づいて来てさ、どうしたんだと思ったらいきなり懐からピストルを取り出して俺に向けてきたんだよ」
バズはひそひそと、凶悪犯罪に巻き込まれた被害者のような面持ちで、生々しく語る。
「それで?」
「そのまま、あいつは引き金を引いたんだ」
「ええっ!?」
ストームが声を裏返し、ツルギは思わず息を呑んだ。
「弾は入ってなかったみたいで、かちん、って音がしただけだったんだけどさ。めっちゃ心臓に悪かったぜ。その後、何かぼそって言った後、あいつは去っちまったんだ」
「私も、兄さんと同じ事をされたの。後で兄さんに話したら、兄さんも同じ事をされてたって事に驚いちゃって……」
ラームも顔をうつむけながら、語る。
兄妹揃って同じ事をされたという事実にも、ツルギは驚かされる。
「ああ、全くだ。俺達さ、なんかあいつに恨みを買うような事したか?」
「私達、ゲイザーにあんな事をされる理由がわからない……心当たりなんて全然ないし……あの人、何考えてあんな事を――」
「そうだよなあ、何考えてるかわからねえほど恐ろしいものってねえよなあ……」
なるほど、とツルギは納得した。
こんな事があれば、ナンパ好きのバズでさえ声がかけられなくなるのも納得だ。
だが気になるのは、ゲイザーがなぜそんな事をしたのか、という事だ。
ただそれは、ツルギ達が見聞きした事と、繋がっているような感じはある。
「ねえツルギ」
「ああ、リボンの時と何か関係があるのかもしれないな」
どうやらストームも、同じ事を考えていたようだ。
ツルギは、先程は躊躇っていた事を話す事にした。
「バズ、ラーム、聞いてくれ。実は今日、ゲイザーがリボンに会った時、『殺す』って事を言ったのを見たんだ」
「殺す!? あのリボンにか!? マジかよ!?」
「残念だけどジョークじゃない」
そう前置きして、ツルギは事の顛末を語った。
サンダーがリボンを挑発した事。
そこに、ゲイザーが現れて、指を差しながら殺すと宣言した事を。
「そんな事があったの……!?」
「ああ。もしかしたら、この事と何か関係があるんじゃないか?」
話を聞き終えると、バズが腕を組んで考え込む。
「という事は、ゲイザーはあんな顔して実は物騒な奴って事になるな……前だって、銃を向けられたってだけで乱闘騒ぎ起こしたんだろ……」
バズの視線が、ゲイザーに向けられる。
相変わらずゲイザーは外ばかり見ていて、やはり、ツルギ達の会話は聞き取れていないと見ていいだろう。話に興味もなさそうだ。
「でもあたし、ゲイザーがそんな悪い人のようには見えない」
「いやいや、一見普通そうに見える奴ほど、心に深い闇を抱えてるもんだろ。ほら、ニュースに出てくる犯罪者なんて、大抵真面目な人だったってよく言われるじゃないか」
ストームとバズが小声で議論を続ける。
ツルギは、再びゲイザーに目を向ける。
彼女は、一体何者なのだろうか。
本来所持が禁じられている禁じられている銃を持ち、銃を向けられただけで乱闘を起こし、挙句弾が入っていないとはいえ仲間にさえ銃を向ける。
わかる事はただひとつ。
彼女は、ただの候補生ではないという事。
面倒見を引き受ける事になってしまった事を、ツルギは少し後悔した。
「何ひそひそ話しているのですか?」
と。
不意に別の声が入って、現実に引き戻された。
振り返るとそこにいたのは、扇子を手に持ったミミだった。
その後ろには、フィンガーやサンダーの姿もある。
「あ、おう姫さん! 別に何でもねえよ! 他愛もない話って奴さ!」
とっさにバズがごまかした。
一瞬ツルギはどう答えるかわからなかっただけに、とても助かった。
「まさか、姫様の悪口じゃないでしょうね?」
「何言ってんだよ! 姫さんの悪口言う男がどこにいるってんだよ!」
フィンガーの問いかけも、バズは飄々と受け流している。
そんな2人をよそに、ミミは席に着く。フィンガーの態度に、少し呆れた様子で。
「ゲイザーちゃん! どうだ、調子は?」
「……ン、大丈夫」
サンダーは、ゲイザーに気さくに話しかけている。
当の彼女は、顔を見る気がないのか視線を変えないまま答えていたが。
授業の始まりを告げるチャイムが鳴ったのは、ちょうどその時だった。




