セクション02:サンダーからの挑戦状
4機のイーグルに続いて着陸したラプターは、ほどなくして駐機場へとやってきた。
所定の位置で停止すると、キャノピーが自動で開く。
そして中にいたリボンがハンドシグナルを送ると、エンジンが停止した。
ちょうちょ結びのリボンが描かれたヘルメットを脱ぎ、ふう、と満足そうに息を吐いたリボンは、整備員がコックピットにかけたはしごを、ゆっくりと降りて行く。
出迎えは整備員達だけ。恐らく負かされたであろうイーグルの学生達は、遠目からリボンを見つめるだけ。
学園の生徒達は機密の塊であるラプターに近づけないからだ。
だがリボンは、ツルギの姿を見つけると、真っ先に小走りではあるが向かってきた。
義足をつけた足で走る姿は、ややぎこきない。
「やあ。今日もまた勝ったみたいだね」
先にツルギが声をかけると、リボンは足を止めて得意げに笑みを浮かべた。
「ええ。4対1でも余裕だったわ」
「よ、4対1!?」
ツルギとストームの声が驚きで重なった。
ツルギ達は飛行場で行われる全てのフライトを把握している訳ではないので、まさかそんな戦いが繰り広げられていたとは思いもしていかった。
「この間は2対1やったのに、まだ数を釣り上げたのか?」
「まあ、そんな感じかしら。向こうも面白がってたみたいだし。でも、数が増えたって結局は同じ。あくびが出るくらい簡単に落としてやったわ」
リボンは涼しそうな顔をして語る。
一騎当千など当然と言わんばかりの表情だが、彼女にとっては――いや、全てのラプターパイロットには本当にそんな事なのだろう。
ツルギ自身も、それは先日行ったリボンとの特別授業で思い知らされている。
ラプターより下の世代の戦闘機では、例え数の優位を得ても探知すら叶わずにひとひねりで負かされてしまう。
それが、ステルスと非ステルスとの差なのだ。
「やっぱり、手加減してたの? あたし達の時みたいに」
「まあ、本気出してまでやり合う相手じゃなかった、って意味ではね」
それに、練習機でも戦闘機2機を手玉に取れるほどの実力を持つリボンが乗れば、まさに鬼に金棒だ。
彼女に土をつけられるパイロットは、果たして存在するのだろうか。同じラプターパイロットでもいるかどうか。ツルギは思わずにいられない。
「あー、もう明日で特別授業も最後か……この国に、もっとマシな相手はいないのかしらね。この国にもあいつみたいなヤツがいたら、ちょっとは盛り上がるのに……」
「あいつ……?」
リボンは、ここにいない誰かを思うように、空を見上げる。
手加減しても自分達が叶わなかったリボンに、届く相手がいるというのか。
ツルギは気になったが、聞く事は叶わなかった。
「なら、オレ達が叶えてやるよ」
突如として、サンダーの声が割り込んできたからだ。
腰に両手を当てた彼は、どこか自慢しに来たかのようにも見える。
それが癪に障ったのか、リボンは不愉快そうに彼を見つめる。
「あんた……カイランの学生だっけ? あたしに宣戦布告にでも来たの?」
「そうさ。予定じゃお前の最後の相手はオレ達だ。オレ達があんたを負かしてやるよ」
彼はリボンをぴっ、と指差しながら、普段通りの早口で宣言した。
それを聞いたリボンの表情は、不愉快さをさらに増していく。しつこく飛び回る蠅でも見たかのように。
「へえ、あたしにケンカでも売る気なの?」
「ああ。お前みたいな天才肌なヤツほど意外と脆かったりするからな。それをオレ達が証明してやるよ」
「へえ、途上国の貧乏空軍の人とは思えない発言ね。いい度胸じゃない」
リボンの冷たい視線と、サンダーの強気な視線が交錯する。
両者とも一歩も譲る様子はない。
見ているストームが戸惑うほどの、一色触発な雰囲気。
それを感じ取ったツルギは、とっさにリボンを止めに入った。
「やめるんだリボン! こんな所で――」
「大丈夫。売られたケンカは買う主義だけど、暴力に訴える気はないから」
だが、あえなく押し退けられてしまった。
暴力に訴える気はない、とは言われても、不安は拭えない。万が一の事もある。
「サンダーも、一体何のつもりなの!?」
「いやいや、別に殴り合いしに来た訳じゃねえよ。オレは女に暴力しない主義なの」
サンダーを止めに入っているストームも、状況は同じようだった。
2人は改めてにらみ合い、話を続ける。
「……で。それは、何か勝算があっての言葉かしら?」
「当然だろ」
「じゃあ、それを教えてもらえるかしら? まさか、見栄張って嘘ついたとか言わないでしょ?」
試すように問うリボン。
それにサンダーは、
「その勝算は――こいつさ!」
親指で隣を指差す事で、答えた。
そこにいたものを見て、ストームが声を上げた。
「ゲイザー!?」
それは、メイファンにデータリンクについての説明を受けていたはずの、ゲイザーだった。
く、と僅かにリボンがたじろいだ。
彼女と初めて会った時、乱闘騒ぎを止めようとして実銃を向けられあわや殺されかけた事を思い出したのだろうか。
「こいつが勝算って、どういう事なのかしら?」
「さあな。それは勝負までのお楽しみって事で」
サンダーは、くく、と愉快そうに笑うだけで詳細を答えない。
「……」
一方のゲイザーは、黙って見つめるだけ。
なのに、リボンは何も言えなくなっている。
まさに、無言の圧力。
相手の心の奥深くを見つめているような、マゼンタの瞳がそうさせているのかもしれない。




