セクション01:2人の甘い朝
「なあ、いつまで続ける気だよ……?」
「そっちが続けたいんじゃないの?」
窓から朝の暖かい日差しが射しこんでいる。
そんな中で、2人の少年少女はベッドの中で互いの肌を重ね合わせていた。
覆い被さる少女を抱いたまま、何度目かわからない、深い口付けを交わす。
少女の激しい愛情表現は、チョコレートのように甘く、やみつきになる味。気が付けばその味に引き込まれ、何度もじっくり味わっている自分がいる。
酒におぼれるという感覚は、もしかしたらこういうものなのかもしれない。
でもそれでは困る。
早起きしなければ、学生としていろいろと支障をきたしてしまう。
「責任転嫁するな……いい加減、起きないと……」
少女の口付けを頬に受け流しつつ、抱いたまま上半身を起こす。
毛布が少女の背からはだけ落ち、白い背中が露になる。
反動で少女の柔らかな胸が押し付けられ、誘惑してくるが何とか耐える。
そして、座ったまま抱く形になった時。
「それに、今日はお休みなんだよ?」
少女は首に両手を回し、空色の瞳で甘く見つめながら、そんな事を言った。
「あ」
そうか。
今日が休みなら、早く起きる必要なんてない。
思えば、なぜ今日は早起きしようとしていたのだろうか。
そうわかった途端、保っていた理性は呆気なく崩れ去ってしまった。
「だから、今すぐ起きなくたっていいじゃない」
「そうか……安心したよ」
今度は自分から、少女の唇を奪う。
今まで攻められたお返しとばかりに、少女の背を強く抱き、負けず劣らずの激しい口付け。
少女もそれが嬉しかったのか、やはり抱く力を強くし、激しい口使いに応える。
息が切れるまで味わった後、唇を離して見つめ合い、互いの名を呼び合う。
「大好きだよ、ツルギ」
「僕もだよ、ストーム」
たったそれだけで、鼓動がさらに加速する不思議。
2人は再び、激しく唇を重ね合う。
ああストーム、なんてかわいいんだ。
その透き通った空色の瞳も、個性的な青いメッシュが入った髪も、丸みを帯びたグラマラスなスタイルも、全部。
このままずっと、ストームを味わっていたい。
そんな事を思いながら、愛を確かめ合う快楽に溺れ始め、無意識に彼女のふくよかな胸に手を回した――直後。
突如として電子音が鳴った。
ベッドの脇に置いてある、携帯電話の着信音だ。
「電話……?」
「いいじゃない、居留守しちゃおうよ……」
我に返って唇を離したツルギであったが、ストームは電話なんて放っておけと言わんばかりに、頬へ口付けを続ける。
しかし、居留守なんて性に合わない。
出る前にストームを止めたくはあったが、彼女が口付けを止める様子がないので、潔くあきらめて電話に出た。
「はい、もしもし?」
『おうツルギ、今何してんだ?』
「……今、起きたばかりだけど?」
電話の相手は、見知った友人だ。
ストームの口付けを首元に受けながら、その場をごまかす。
『寝坊なんて、らしくねえなあ。今朝は副会長として大事なイベントがあるんじゃないのか?』
「大事な、イベント……?」
その言葉に、何かひっかかるものがある。
何か大切な事を忘れているような感覚。
何だっけ、としばし考えを巡らせて得たのは。
「ああああああっ!」
自分が今朝早起きしようとしていた、最大の理由だった。
思わず出た声に、ストームも驚いて口付けを止めてしまった。
「まずい、遅刻だ! バズ、ありがとう!」
そう言ってから素早く電話を切る。
こうしてはいられない。
すぐにでも支度をして出発しなければ、何を言われるかわからない。
「ごめんストーム、こんな事してる場合じゃなかった!」
「えー、もう終わり?」
「続きはまた今度な」
お詫びとばかりにストームと短く唇を重ねてから、ツルギは大急ぎで身支度に取り掛かった。
大急ぎで部屋を出た後事情を説明すると、ストームはあっさりと自分の非を認めた。
「ごめん、そんな事全然知らなくて……」
「いや、説明し忘れてた僕も悪かった。今後はちゃんと説明する」
車いすに腰掛け、着た制服を整えるツルギ。
同じく制服姿のストームは、その車いすを駆け足で押し、寮の玄関を出た。
暖かい日差しが、2人を出迎える。
空はいくつかの綿雲が浮かぶだけで、すがすがしいまでの青空。
「じゃ、急がないとね。ツルギ、しっかり捕まってて!」
ストームは車いすのハンドルを握ったまま、不意に身を低くして構えた。
まるで、徒競走のスタートのような構えに、ツルギは嫌な予感がした。
「えっ、まさか――!?」
「行くよ! レディ、セット――」
「お、おい! ちょっと待て!」
「ゴーッ!」
それは見事的中。
車いすはレースのごときスタートダッシュで、歩道へと飛び出した。
それは当然、普通の車いすでする事ではない。
「や、やめろ! 車いす、壊れるって!」
背もたれに押し付けられながらも声を出すが、ストームは全く聞く耳を持たない。
そんな中、耳をつんざく轟音が空を切り裂いた。
見ると、音がするのはすぐ近くの飛行場。
その格納庫の上を掠めて、1機の戦闘機が飛び立ったのが見えた。
洗練されたボディと、三角形の翼を持った灰色の機体。
「もう飛んでるミラージュがいるのか……?」
あっという間に小さくなっていく戦闘機を見送っていると、急にがたん、と車いすが大きく揺れた。
道端の石にでも引っかけたのだろうか。
「あっ、ごめん!」
「危ないじゃないか! 急ぐならもっと丁寧にやってくれ!」
「はーい!」
そんなこんなで、2人は目的に向けて道を急いだのだった。
急ぎ足でついた場所は、とある学校の校舎。
今日も、上から紫、白、黒で塗られたスルーズ王国の三色旗がなびいている。
この学校は、ただの学校ではない。
そもそも、戦闘機を飛ばす飛行場がすぐ側にある時点で、普通の学校ではない。
名は、スルーズ空軍航空学園ファインズ分校。
この国の空を守る軍、スルーズ空軍のパイロットを養成する専門学校なのだ。
この分校にあるのはファイターパイロットを担当する戦闘機科であり、ツルギとストームもここに所属するファイターパイロット候補生だ。
2人の関係も、全てはここから始まった。
事故で下半身不随となり、操縦技能を失い失意の底にあったツルギに手を差し伸べたのが、ストームだったのだ。
夢を失いかけていたツルギにとって、自分を助けようとするストームはまさに『翼』だった。
先程のように振り回される事もあるが、2人は共に飛び、さまざまな課題を乗り越える内に心を通わせ恋人同士となり、現在に至る。
今は春。
2人の出会いから、ちょうど半年が立とうとしていた――