セクション17:雑草優等生
「とんでもなく目がいい……!?」
「飛んでいるハエの足の数がわかるって、ええ――!?」
ストームとツルギは、揃って声を上げてしまった。
「ねえツルギ、飛んでるハエの足の数がわかるって、どのくらい目がいいのかな……?」
「いや、僕に聞かれても……」
『視力か? 検査した時は「測定不能」だったって話だぜ』
「そ、測定不能!?」
さらに2人の声が重なる。
『まあ当然さ。ゲイザーちゃんの目はいろいろ武勇伝があるからな。2キロ先の人の顔がわかるとか、屋上からでも地上にある本の中身がわかるとか――』
息継ぎもなく得意げに、早口で具体的な説明を続けるサンダー。
信じがたい話ではあるが、信じられない話でもない。
彼女は、肉眼で見えないはずの遠く離れた軍艦を、見えると語った。
彼女は、肉眼で見えないはずの遠く離れたラプターを、変な飛行機として見つけた。
それも、驚異的な視力によるものなら全て説明が付く。
視力は、パイロットにとってなくてはならないものだが、ここまであるとなれば規格外だ。
どうやらバズとラームは、とんでもない相手を敵に回してしまったようだ。
『くそっ、こうなったら――!』
ツルギらの話など聞いている余裕もない2人の機体は、相変わらずゲイザー機に置きかけ回されている。
それに痺れを切らしたバズは、最後の手段とばかりに、機体を左へ降下旋回。
その先にあるのは、床のごとく広がる白い雲。この中へ飛び込もうという算段のようだ。
だがゲイザー機は、追いかける事なく機首を上げ、上昇旋回へと転じる。
2つに分かれる2機の軌跡。
バズ・ラーム機が雲の下へ潜っていくのを、ゲイザーはじっと見届ける。
そして後を追うように、機体をダイブさせた。
だが、その方向はバズ・ラーム機が消えて行った方向よりも、かなり右側だった。
海に飛び込む水鳥のように、雲の中へと消えていくゲイザー機。
以降、無線は何も入らない。
雲海の上は、何もなかったかのように静寂を取り戻す。
「……どうなったんだ?」
息を呑んで、ツルギは事の成り行きを見守る。
そして。
雲の下から悠然と浮上したのは、ゲイザーのシャオロンだった。
『……ゲームセット! ウィナー――スパーク2!』
ピース・アイが、ゲイザーの勝利を告げる。
雲の下での静かな戦いを制したのは、ゲイザーだった。
『さすがだぜゲイザーちゃん! 雲の下に行く時の動きまで読んでたんだな!』
『……アリガト』
早速機体を合流させて褒めてくるサンダーに、ゲイザーはそれだけ答えた。
『くっそー、雲の下にまで行けばはぐらかせると思ったんだがなー』
一方で、悔しそうに吐き捨てるバズの声もする。
彼の心情を表してか、バズ・ラーム機は一向に雲の下から出てこない。
『バーカ、どうせ潜る直前に操縦桿動かしてたんだろ。ゲイザーちゃんはそれさえ逃さないんだからな!』
『くうっ、何も言えねえ……っていうか、なんでそんな事がお前にわかるんだよ!』
『そりゃ長い付き合いだからさ、ゲイザーちゃんとは。とにかくわかっただろ? これが戦争してる国としてない国の違いってヤツさ』
宣言通りゲイザーが勝利を収めたせいか、サンダーは機嫌よくバズを罵ってくる。
当の敗者であるバズは何も文句は言えず、ツルギもそれを擁護できない。
ゲイザーの真の力を、目の前で見せつけられてしまったが故に。
『はは、まさに雑草優等生ですね……アフリカにもこういう候補生がいるとは、恐るべし……』
ただひとり、ピース・アイだけが苦笑しながら言っていた。
『ゲイザーちゃん、1対1ならあのアメリカさんにも勝てるよな?』
『……エ、何?』
『だから、あのアメリカさんに、勝てるだろ、ゲイザーちゃんなら!』
『……ウン』
サンダーの問いに答えるゲイザーの声は、ぼんやりしていてどこか頼りない。
だが、それを聞いたサンダーは、そうだよな、と確信しているかのように、ふふっ、と笑ったのだった。
かくして、留学生達の最初の模擬戦は終了した。
ツルギ達の脳裏に焼きついたのは、レポートで書くべきシャオロンの性能よりも、それを操るゲイザーの、常人離れした能力――視力を駆使した戦いぶりだった。
フライト3:終




