セクション13:留学生との模擬空中戦へ
「ではこれより、留学生と行う初めての模擬空中戦を開始する」
駐機されているウィ・ハブ・コントロール号の前で、フロスティが宣言した。
受けているのはツルギらブラストチームとサンダー、ゲイザーらはもちろん、ドローニンやメイファンの姿もあった。
「ブラストチーム、相手は貧乏国の候補生だからと侮るなよ。スルーズ軍と異なり、何度も実戦を経験した軍人に鍛えられた奴らだ。舐めてかかると痛い目に遭うぞ。レポートの事もあるからな、くれぐれも手を抜かずに挑む事だ」
フロスティの冷たい視線が、容赦なくツルギらを射抜く。
む、とストームがかすかに声を漏らした事に、ツルギは気付いた。
少しだけ視線を向けると、ストームは僅かだが拗ねたような顔をしている。
そんなツルギ達をよそに、今度はゲイザー達へ話を振るフロスティ。
「留学生達も。今回のフライトは、先進国の軍隊から最新の戦術を学ぶ第一歩だ。まだ配備が進んでいないミサイルも、スルーズ空軍から借用して使用される。遠慮なく腕を振るってくれ」
「はいはい」
サンダーは、半分聞き流したかのように軽く答える。
それを見たフロスティは不愉快そうな表情を一瞬浮かべたが、特に文句は言わなかった。
一方のゲイザーはというと、話を聞きとれていないらしく、返事ひとつしない。
「ヴァル、ナンて?」
代わりに、隣にいるドローニンに意味を問うている。
どうやら彼が、通訳代わりになっているようだ。
「ベストを、尽くせ、だ」
ドローニンは、簡潔にまとめて答えた。
するとゲイザーは納得した様子で、こくん、と無言でうなずいた。
「やれやれ、あんな奴らにバカにされたなんて、俺達相当格下に見られてるんだな」
そんな2人の留学生の様子を見て、肩をすくめながらバズがつぶやく。
「何か文句でもあるのか?」
「いやいや、何でもないです!」
フロスティに注意された途端、バズは慌てて姿勢を正し返事をする。
「貴様らにはレポート課題もあるからな。今回の模擬戦で得た事をきちんと書かないなら減点するからな」
「いっぱいシャオロンのいい所書いて、いっぱい宣伝するアルよー!」
途中でメイファンが割り込み、ソフトヌンチャクを振り回しながら期待の声を上げる。
売り込みじゃないんだから、とツルギは思わず心の中でつぶやいてしまった。
割り込まれたフロスティも、少し不快な様子である。
「君達の交流が、スルーズ・カイラン両軍の未来にとって大きな進歩となる事を祈ろう。良きフライトを期待する」
最後に、ドローニンがそう言って話を締めくくる。
そんな彼に、ゲイザーが真っ先に敬礼した。
その目は、いつになくきりっとした強さを持っている。
少し遅れて、サンダーも少し慌てながらも敬礼した。
一同は、各々の機体に乗り込み始める。
ストーム達によってウィ・ハブ・コントロール号の後席に座ったツルギは、隣にあるシャオロンの周囲に目を向ける。
この機体は、ゲイザーの搭乗機だ。
翼端のミサイルランチャーには、ACMIとスルーズ空軍の倉庫から借り受けたという旧型の空対空ミサイル・サイドワインダーの模擬弾を搭載している。
「サイドワインダーは問題なく使えそうか?」
「大丈夫アル。シャオロンは西側製兵器ともある程度互換性があるネ――あ、いやいや、もちろんミサイルそのものも問題ないアルよ」
ドローニンとメイファンが、そんなやり取りを交わしている。
一方、パイロットたるゲイザーは、他の候補生と何ら異なる様子もなく時計回りに機体の各部を点検して回っている。
彼女がパイロットであるという事を、改めて認識した風景だった。
点検を終えたゲイザーは、コックピットに入る前に、見守っていたドローニンの所へ向かう。
「くれぐれも、気を付けてな」
向かい合ったドローニンは、まるで父のように見送りの言葉をかける。
すると、ゲイザーは無言のまま、彼に正面から抱き着いた。
安心したように優しく目を閉じたその様子は、まるで家族同士の暖かい抱擁のようである。
そんな彼女を、呆れた様子でそっと離すドローニン。
「また、子供みたいだぞ」
注意されても、ゲイザーはそれなど全く耳に入ってないように、表情を変えぬままドローニンを見上げる。
それどころか、背伸びをして顔を近づけてくる。
そのまま彼女は再び目を閉じ、そっと口付けした。
「……!」
僅かに声を漏らすドローニン。
ゲイザーは、どこか満足そうに表情を緩めると、何事もなかったかのようにシャオロンのコックピットへと乗り込んだ。
そんな彼女を、ドローニンは困ったように僅かなため息をしながら、見送る。
「あらあら? あの2人ってキスもするほどの関係だったのかしら?」
ふと、ゼノビアの声がした。
ツルギのシートベルト着用を手伝うために、上がって来たのだ。
「あの人、もう50代くらいでしょ? それであの子とあんな関係なんて、もしかしてー―」
「……あまり首を突っ込まない方がいいと思いますよ」
ゲイザーとドローニンの顛末を見ていたらしいゼノビアに、ツルギはそれだけ忠告した。
やはりあの2人は普通の関係ではないと、気付けたからこそ。
操縦席に座ったゲイザーは、普通のパイロットと同じように準備を進め、ヘルメットを被る。
隣の機体に乗るサンダーも、真剣な眼差しで準備を進める。
「2人共ー、がんばってくるアルねー!」
ふと、メイファンが2機の間で手を振りながら呼びかけてくる。
それに気付いたゲイザーは、彼女に答えて軽く手を振った。
直後、シャオロンのキャノピーが自動で閉まっていく。
サンダーも、サムズアップでメイファンに答え、キャノピーを閉める。
駐機場がタービン音の合唱に包まれたのは、それから間もなくの事だった。




