セクション09:ゲイザーと夕食
「ツルギ、もしかして怖いの?」
「あ、あのなあ……あんな騒動が起きた後なら、普通誰だって抵抗感じるぞ?」
「大丈夫だよ。なんかあたし、ゲイザーは悪い人じゃない気がするから」
ストームは、意外な発言をした。
「悪い人、じゃない? どうして?」
「うーん、うまく言葉にできないけど、そんな気がするの。直感?」
どうも信用できない理由。
ストームは、自分にはわからない何かを感じ取っているのだろうか。
そんな疑問を抱いていると。
「何ノ、話……?」
ゲイザーに不思議そうに声をかけられ、ツルギは現実に引き戻された。
彼女は恐らく、自分達が何の話をしているのかを理解していない。
現れた途端、急に訳のわからない話を目の前でし出したら、誰だって不安になるだろう。
「いや――何でもない。ストーム、食べようか」
仕方ない。
ここはいい機会だと思って、彼女の話に耳を傾けてみるか。
ツルギは疑問を棚上げして、状況を受け入れる事にした。
ストームによって、車いすがゲイザーの向かい側へ移動される。
その隣の席に、ストームが腰を下ろす。
「とりあえず、ゲイザーが好きそうなもの買ってきたよ。どれ食べる? 選んで選んで!」
ストームは、置いたトレーからゲイザー用と思われるものをテーブルに置き、ゲイザーの前に次々と差し出す。
ゲイザーは、しばしそれをじっと見ていたが、
「……ア、よーぐると」
真っ先に目を付けたのが、ヨーグルトだった。
迷いなく手を伸ばし、容器の蓋を開けると、思い出したように席を立つ。
そして間もなく戻って来た彼女の手には、スプーンとなぜか飲み物用の砂糖の袋が複数握られていた。
席に着くと、すぐさま袋を全て開け、山盛りとなった砂糖をヨーグルトに混ぜてから、スプーンでもくもくと口に運び始める。
表情はあまり変わっていないが、その目は心なしか輝いているようにも見える。
「ゲイザー、ヨーグルト、好きなんだ?」
「……ン」
子供をあやすように言うストームに、スプーンを頬張ったままうなずくゲイザー。
ストームの言う通り、もしかしたらゲイザーはヨーグルトが気に入っているのかもしれない。
とはいえ、砂糖の袋を7つも開けるのは、いくら何でも入れすぎである。
それでも平気な顔をしている辺り、結構な甘党なのだろうか、とツルギは思ってしまった。
「えーっと……」
さて。
まず何について話そうかとツルギは考える。
いきなりあの騒動についての真意を聞く訳にもいかない。
とはいえ、彼女が答えてくれそうな世間話というのも、なかなか浮かばない。
ツルギ自身も、まだゲイザーの事はよく知らないのだ。
悩んだ末、1つ話題が思いついた。
「待ってる、間、ずっと、空、見てたのか? 何もない空、見ても退屈、しない?」
「平気。目ノためダカラ」
ゲイザーはそれだけ答えた。
「目の、ため?」
ツルギには、その理由がわからない。
空を見上げた所で、目には何もいい事ないんじゃないか、と考えてしまう。
やはり、彼女は何を考えているのかわからない。
そんな中、ゲイザーが目を付けたのは。
「コレ、何?」
ストームが持ち出していた、ハンバーガーだった。
「それは、ハンバーガー、っていうんだよ」
「はん、ばーがー……」
ストームの言葉を、ゆっくりと繰り返すゲイザー。
「はい」
包みを開けて、ゲイザーの前に差し出すストーム。
ゲイザーは手に取るとすぐに、不思議そうにいろいろなアングルから観察し始めた。
どうやら、ハンバーガーは初めて見るようだ。アフリカ人なら仕方ないかもしれない。
食べ方がわからないのか、上のパンを1枚取ってしまう。
「ああ、ちょっと! パンだけ食べてもダメだよ」
ツルギはとっさに待ったをかける。
ん、とゲイザーの不思議そうな視線が、ツルギに向く。
「えっと――そうだ、こうやって、一辺に、食べるんだ」
ツルギは、とっさにもう1個あったハンバーガーを手にし、そのまま被りついた。
実演を見て納得した様子のゲイザーは、すぐにパンを戻して実演通りに被りつく。
そして、じっくりと味わうように、何度も噛んでいる。
「どう? 西洋の味は?」
「……オイシイ」
ストームに対して、素直な感想を言うゲイザー。
どうやらお気に召してもらえたようだ。
「でしょー! あ、ツルギ、口にまだついてるよ?」
「え?」
そんな時、不意に何か湿ったものがツルギの口元に触れた。
見れば、いつの間にか間近にある、ストームの顔。
触れたものの正体は、ストームの舌だったのだ。
「あ、こっちにも――」
「こ、こら……! ゲイザーの前でそれは、やめろって……!」
なおも顔を近づけてくるストームを、ツルギは顔を熱くしながら引き剥がした。
全く、油断も隙もない。そう思いつつ。
一方で、そんな2人などお構いなしとばかりに、ハンバーガーを味わい続けるゲイザー。
「そ、そうそう! 味が物足りないって思ったら、そこにある塩コショウとか使っていいからな!」
ツルギは口元を拭きつつ、テーブルの隅に並べられた調味料のボトルを指差して言う。
だが、言い終わってから早口になっていた事に気付いた。
ゲイザーはボトルをしばし眺めた後、何を思ったか赤いボトルを手に取った。
「コレ?」
「いや……それは、ハバネロだぞ」
「はばねろ?」
不思議そうに、ハバネロソースのボトルを見つめるゲイザー。
この子はハバネロも知らないのか、と内心呆れつつも、ツルギは端的に説明する。
「辛みだよ、辛み。一滴だけでも、辛くなるんだ」
「……ナンデ、一滴だけ?」
「え!?」
彼女の素朴な疑問に、ツルギは声を裏返した。
そんな事まで説明しなきゃならないのか、と驚いてしまった故に。
「いっぱい入レタら、ダメ?」
「そ、そんな事、したら、滅茶苦茶、辛くなるぞ」
「メチャクチャ……どのクライ?」
「それは――多分、死ぬほど」
あくまで落ち着いて、言葉を区切りながら答えるツルギ。
ここで慌ててしまって、通じなかったら元も子もないと自分に言い聞かせつつ。
「死ぬ、ホド……」
ゲイザーは改めて、ハバネロのボトルを見つめる。
とりあえずは納得してくれたようだ、とツルギが胸を撫で下ろしたのも束の間。
何を思ったか、ゲイザーはボトルを開け、ハンバーガーにハバネロを思いきりかけた。
「そんなものより――って、ゲゲゲ、ゲイザー何やってるの!? かけすぎだよ!?」
それを見た途端、目を見開いて声を上げるストーム。
はて、何か変な事をしたのだろうか、と言わんばかりにゲイザーは首を傾げるだけ。
その間にも、ハンバーガーは見る見る内に赤く染まっていく。
「な、何やってるんだ! 無茶にもほどがあるぞ!」
「辛すぎて喉おかしくなっちゃうよ!?」
「……? モイッカイ」
ツルギも加わるが、通じていない。
そこで、自分が早口になっていた事に気付き、落ち着いて伝える事にする。
「それは、かけすぎだ! 死ぬほど、辛くなるって、言ったじゃないか!」
「ダカラ、食べてミル。やってみなキャ、ワカラナイ」
だが。
ゲイザーは平然と答え、赤く染まった狂気のハンバーガーを手に取る。
どうやら彼女は、本気で食べるつもりらしい。
「だ、ダメだゲイザー!」
「ダメだよーっ!」
2人が止めるのも聞かず、ゲイザーは寸分の迷いも見せずにハンバーガーを口に頬張った。




