表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/78

セクション02:キングエアの機内から

「――ちゃん、ゲイザーちゃん」

 誰かが呼んでいる。

 同時に体も揺さぶられ、少女はゆっくりと目を開けた。

「……ん」

 気が付くと、いつの間にか柔らかい椅子に座っていた。

 そして顔を上げると。

「もう到着する時間だぞ」

 肌の白い見知った少年の顔が、自身の顔を覗き込んでいた。

「さん、だー……?」

『えー、こちらリンドブラード・エクスプレス機長のアリスですぜ。間もなく、当機は着陸態勢に入りますので、シートベルトの着用をお願いしますぜ』

 流暢な英語が聞こえて、辺りを見回す。

 丸い窓が特徴的な、6つほどの座席が並ぶ客席。自分はその左側の席に座っている。

 窓から見える青い空。外からは、僅かに何かの羽音が聞こえる。

「……ココ、ドコ?」

 目をこすりながら、少女はぽつり、とたどたどしく問う。

「何寝ぼけた事言ってるんだ。ここはもうスルーズの空だ」

「……?」

 少年は早口で答えこそしたが、少女はその意味を理解できなかった。

「わかるか? スルーズの空」

「……? モイッカイ」

 故に、眠そうな目のまま問い返す。

「だから、スルーズの空だって」

「……? もっと、ユックリ」

「だから! スルーズの! 空!」

 苛立った少年は、単語を区切ってゆっくりと答える。

「するー、ず……? あ」

 その単語を理解して、少女はようやく気付いた。

 ここは、キングエアという名の小型飛行機の客室。

 見れば、窓からは白い翼とそれに付いたエンジンナセル、回るプロペラが見える。

 自分はいつの間にか、居眠りをしていたらしい。

「ふう、わかったか。だから、ちゃんとシートベルト、しろよ」

「……ウン」

 少年のゆっくり過ぎる注意にうなずいた少女は、早速シートベルトを締める。

 その後、丸い窓から外を見る。

 眼下は広大な水たまり。『海』というらしい。

 彼方まで広がるそれは、少女にとって未だ見慣れぬものだった。

 それをしばし観察していると、空の彼方で何かが光ったのが見えた。

「……あ」

 何か、いる。

 ゴマ粒程度にしか見えず、空に溶け込むような灰色だが、少女の眠そうな瞳はその形状を的確に捉えていた。

 翼は芸術的なまでの三角形。それは、自然によって生み出されたものではない。

 何かの飛行機である事は、少女もすぐに理解できた。

「どうした?」

「……アレ、何?」

 少年もまた、少女と共に左側の窓を覗き込む。

 しばし観察を続けると、翼がゆっくりとこちらへ近づいてくるのが見えた。

 芸術品のように洗練されたフォルム。

 機首には、上から紫、白、黒に塗り分けられた円形紋(ラウンデル)が描かれている。

 次第に大きくなっていくその姿に、少年もようやく気付いた。

「戦闘機だ」

「……敵?」

「まさか。攻撃にしちゃ、様子違うだろ。あれは、スルーズ軍の、ミラージュだ」

 戦闘機が、機首を少し上げた低速飛行の姿勢に移り、斜め後ろ側に着く。

 そのまま、死角に入って見えなくなった。恐らく背後についたのだろう。

 窓を開けたい気持ちになるが、元より開けられない構造のこの窓ではできない。

『えー、お知らせいたしますぜ。間もなく左手より、スルーズ空軍航空学園生徒会長にしてスルーズ第一王女、フローラ・メイ・スルーズ様が直々に皆さんをお出迎え致しまずぜ』

 機内にアナウンスが流れる。

「え、王女だって!? スルーズじゃ王女も戦闘機に乗るのか!?」

 少年は何やら驚いている。

 だがその意味を少女は聞き取れなかった。

「……何?」

「アレに乗ってるの、王女様なんだと! お、う、じょ!」

「オー、ジョ……?」

 そうこうしている内に、戦闘機は再び姿を現し、ゆっくりと窓際の真横に並んだ。

 少女は、コックピットに座るパイロットに目を向ける。

 紫色のヘルメット。

 その下から、流れるような金髪が伸びている。

 酸素マスクとバイザーに覆われて、素顔は窺い知れない。

 そんな彼女は、おもむろに何か大きな色紙を取り出し、こちらに見せてきた。

『Welcome!』

 色紙にはポップな字体でそう書かれている。

 そしてパイロットは、こちらに向けて軽く手を振っていた。

「たまげたなあ……でもなんで王女様なんかが戦闘機に乗ってるんだ?」

 少年は早口でそんな疑問を口にする。

 一方の少女はというと、無言のままパイロットたる王女に自然と手を振って答えていた。

「まあいいか。こんな出迎え、されるなら、悔いのないように、過ごさないとな。ゲイザーちゃん」

 少年のゆっくりすぎる言葉に、少女は無言でうなずく。

 だが最後に、少年は。

「どうせ帰ったらきっと、すぐ戦場送りだろうからな」

 と、物騒な言葉を口にした。

 その言葉を耳にしても、少女は顔色1つ変えない。

 ただ、首に巻いている緑のスカーフを握り締めるだけで。


 ここは、ヨーロッパは大西洋上に浮かぶ国、スルーズ王国上空。

 少女――ゲイザーの長く退屈な旅路は、ようやく終わろうとしている。

 行先は、スルーズ空軍航空学園ファインズ分校――

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ