セクション07:弘法は筆を選ばず
とはいえ、左上昇旋回を続けて振り切ろうとするタロンに、2機のミラージュはしっかりと追従している。
このままでは、決着が着くのも時間の問題かもしれない。
『1、2、3――』
遂にミミ機が、背後を捉えた。
彼女から見れば、タロンがHUDの中央に見える事だろう。
カウントが進む。
これが5になれば、こちらの負けになる。
だが直後、リボンは左のペダルを強く踏み込んだ。
タロンは地上へ向けて横滑りし、まんまとミラージュの正面から抜け出した。
『え?』
『逃がさない!』
ミミ機に追従していたフィンガー機が、タロンを追って降下し始めた。
リボンは振り返って、その様子をしっかりと確認していた。
「来たわね! さ、ここからが勝負よ!」
タロンはフィンガー機を引きつけるように、降下を続ける。
途端、甲高い警告音が鳴り始めた。
最低高度が近づいているのだ。
それでも、リボンは降下を止めない。
海がどんどん迫ってくる。
高度計の針も、反時計周りに回り続ける。
『ギリギリまで降りるからって――!』
フィンガー機も、負けじと追従を続けている。
このままでは、2機共墜落判定をもらってしまうかもしれない。
「ちょ、ちょっと! どこまで下がる――」
「黙ってないと舌噛むわよ!」
ツルギは思わず口を開いてしまったが、リボンに止められた。
彼女は、まずスロットルを引き、エンジンパワーを落とす。
それから、一気に操縦桿を引いた。
タロンの機首が、急激に上がり始める。
同時に、強いGが2人をシートに押さえつけた。
ストームが頻繁にかけるオーバーGにも匹敵する力に、思わず歯を食いしばるツルギ。
降下した勢いもあって、タロンは軽快に上昇に転じる。
当然ながら、フィンガー機もその後を追従し機首を上げたが。
『なんの――!』
機首を上げるタイミングが、僅かに遅れた。
タロンよりも僅かに下方から、後を追う形になるフィンガー機。
その結果は。
『おーっと! アイス2が制限高度を超えました! アイス2、墜落! これはマニューバーキルです!』
『え!?』
フィンガー機の墜落判定だった。
現実であれば、フィンガー機は上昇が間に合わず海面に衝突した事になる。
つまりは、相手の墜落を誘う形で撃墜する、マニューバーキルされる形となった。
『ちょっと!? あいつは落ちなかったのあいつは!?』
『それでいて、リボンはギリギリの所で上昇しました! 何という実力でしょう!』
フィンガーの文句を遮るように、実況が響く。
「ふふん、チキンレースはあたしの勝ちね!」
得意げな声を上げるリボン。
タロンはエンジンパワーを上げ、上昇に転じていた。
『そ、そんな、もう――!?』
『も、申し訳ありません、姫様……』
驚くミミに謝るフィンガー。
『さあ、これで早くも1対1! アイスチームの数的優位は失われてしまいました! ステルスの妖精には、数の暴力など通じないのでしょうか!』
そして、興奮した様子で実況を続けるピース・アイ。
何とも呆気ない形でフィンガー機が脱落した事で、数のハンデキャップはなくなった。
まだ始まって数分も経っていないにも関わらず。
『このおーっ!』
雄叫びと共に、ミミのミラージュが上空から急降下してくる。
タロンがギリギリまで降下している間に、高度を確保していたのだろう。
そこから勢いをつけて一気に襲いかかるという、セオリー通りの攻撃。
だがリボンは、ふん、と鼻で笑って操縦桿を倒す。
タロンは、くるりと左へバレルロール。
その下に、降下した勢いのまま飛び込むミラージュ。
背と背を合わせる形で、すれ違う2機。
一瞬だが、コックピットでタロンを見上げているミミの姿が見えた。
「柔よく剛を制す、ってね!」
そのまま追い抜いてしまったミラージュの後方に、バレルロールで回り込むタロン。
まるで拳を受け流すような動きで、あっさりと背後を取る。
それに気付き、何とか振り切ろうとするミラージュであったが。
「1、2、3、4、5!」
戦いは、あっという間に終了した。
HUD内に捉え5カウントを取り、リボンがハンデキャップマッチを制した。
『ゲームセット! ウィナー、リボン! 2対1、そして練習機というハンデもものともしませんでした! 凄い! 素晴らしいっ!』
ピース・アイが歓声を上げた。
戦いの様子を地上から見守っていた学生達も、きっと同じように歓声を上げているだろう。
「ふう、状況終了!」
リボンは清々しそうにマスクを外し、顔の汗を手でふき取る。
「どうだった、ガイ? あたしと一緒に戦った感想は?」
そして、後席のツルギに振り返って、問う。
「いや、感想も何も、ただただ圧倒されるだけだったよ……」
ツルギは、素直な感想を述べた。
練習機でもここまで戦えるなら、自分達でも勝てる気がしない。
彼女が一流だというなら、やはり自分達は二流になってしまうのだろう。
史上最強と呼ばれる実力を、肌で感じ取れた戦いだった。
「何というか……君には追いつけそうにないな、僕達じゃ。いろいろと規格外すぎて」
「そう、ありがとね」
リボンは、満足げに顔を戻す。
そんな中、ミミがあり得ないとばかりに問い掛けてきた。
『な、何なのですかあなたは……たかが練習機で、なぜそこまで……?』
「弘法は筆を選ばず、って言葉知ってる?」
リボンは、得意げに答える。
「本当にいいパイロットは、乗る飛行機を選ばないの。どんな飛行に乗っても、実力を出せるのが一流の証って事。覚えておきなさい、姫様」
そして。
勝利の喜びを体で表すように、タロンはくるり、と1回横転した。




