セクション04:半世紀飛んだ練習機
「ついで言うと、あたしの家はね、先祖代々からのエンジニア家系アル。このJ‐7の開発に代々関わってたアルよ。つまりこのシャオロンは、じっちゃんの代から重ねてきた力の結集と言っても過言じゃないアル」
「そ、そうだったのか……」
ツルギは目を白黒させるしかない。
ただの軍事顧問だと思っていたメイファンが、こんな経歴の持ち主だったとは。
ただ、シャオロンの設計に携わっていたとなれば、データ収集と称して今回のフライトにオブザーバーとして同行したのも納得がいく。
「言ったでしょ、中国が認めた天才メカニックガールって」
得意げにウインクして見せるメイファン。
中国が認めた天才、という自称もあながち間違いではなかったのか。
たった14歳の女の子が戦闘機開発に携わるなんて、世の中わからないものだなあ、とツルギは不思議な感想を抱いていた。
「おいおい、代々重ねた力がうんたらかんたら言ってるけどさ、ミグは元々ソ連の飛行機だろ? 自分で設計したならまだしも、改良くらいで自慢できる事なのか?」
そこへ、話を聞いていたらしいバズが飄々とした様子で割り込んできた。
む、とメイファンが顔をしかめる。
「何言ってるアル! 改良って言うのはゼロから作るより難しい事アルよ!」
ソフトヌンチャクを振り回しながら、反論するメイファン。
ツルギはその様子をしばし見ていたが、不意に肩を叩かれた。
「ん?」
何かと思って振り返ると、頬に細い何かが食い込む。
それは、肩に置かれた手から伸びた指だった。
「む」
「くくく、引っかかった引っかかった」
いたずらな笑みを浮かべるのは、リボンだった。
フライトスーツ姿の彼女は、満足そうにツルギの頬から手を離した。
「何だよ、いきなり?」
「ガイに昔こんな事してたなーって思い出したから」
そう言えばそんな事もあったような、とツルギは思い返す。
しかし、そんな事はどうでもいい。
声をかけられたからには、用件を聞かなくては。
リボンは、ただちょっかいを出して逃げるような人ではない。
「で、何の用?」
「迎えに来たの」
「迎え?」
はて、とツルギは首を傾げる。
この後何か迎えが必要な事があっただろうか、と。
「あれ、リボンじゃない。どうしたの?」
ふと、ストームがリボンの存在に気付いて声をかけた。
「あ、ちょっとガイを呼びに来たの。もうすぐ模擬戦の時間だから」
「模擬戦……あ!」
その単語を聞いて、ツルギは思い出した。
すぐに腕時計を確認する。
時間は、もうすぐそこまで迫っていた。
「ごめん、もうこんな時間だ! ストーム、後は頼んだ!」
慌ててツルギは車いすを180度回す。
今日のフライトスケジュールは、意外と余裕がない。
この後、別のフライトが控えているのだ。その事をすっかり忘れていた。
「慌てなくても大丈夫」
と。
リボンが不意に、車いすのハンドルを握った。
予期せぬ行動に、ツルギは少し驚く。
「じゃストーム。ガイは預かってくから」
「はーい、よろしくねー!」
ストームとそんな気やすいやり取りを交わしてから、リボンは車いすを押し始めた。
「預かってくって、僕を物モノみたいに言うなよ」
「だって人様のカレシ借りるんだから、そのくらい言わなきゃダメでしょ」
そんなやり取りをしつつ、車いすは進んでいく。
時同じくして、駐機場には生徒達が集まり始めていた。
「これが、半世紀飛び続けた練習機か……」
ツルギは、目の前にある黒いジェット機を見て、そうつぶやいた。
そのジェット機は、一見すると仮想敵機として馴染み深いF-5に似ている。
だが機首は丸みを帯びており、コックピットもタンデム複座。翼端のミサイルランチャーもなく、すっきりとした外見だ。
T-38タロン。長年に渡ってアメリカ空軍のファイターパイロットを育成し続けている超音速ジェット練習機。
ツルギは知っている。かつてこの練習機は、スルーズ空軍でも使われていた事を。
リード基地にある航空学園中等部で、展示機となっていたのを見た事がある。もっとも、その展示機は目の前の機体のように黒くなく、真っ白な塗装だった。
色が異なるという事は、国による運用の違いがある事を示している。
スルーズでは既に退役したこの練習機も、アメリカでは近代化改修を受けて今尚現役であり続けている。その歴史は、実に半世紀以上にもなる。
そんな年季が入った練習機に乗るとなると、少しばかり緊張してしまう。半世紀も飛び続けた飛行機など、スルーズには存在しない故に。
「ツルギ」
ふと、声をかけられた。
振り返ると、そこにはフライトスーツ姿のミミがいた。いつものように手に持った扇子で顔を仰いでいる。
「ミミ」
「やはり練習機での模擬戦は、不安ですか?」
「いや、別にそういうのじゃないよ。だって半世紀も飛んだジェット機だからね、何か落ち着かないというか……」
ツルギは彼女の質問に、正直に答える。
すると、ミミは開いた扇子で口元を隠しながら、言った。
「なら、今からでも私のミラージュに変えてもいいのですよ? 少しは馴染みのある機体に乗った方が、ツルギも安心するでしょう?」
「まあ、それは、そうだけど……」
「何言ってるの。ガイはあたしへのハンデキャップとして乗せるんじゃなかったの?」
そこで、リボンの声がした。
タロンの点検を終えて、戻ってきたのだ。
そんな彼女を見たミミは、いかにも不満そうな視線を送りつつ扇子を閉じる。
「確かにそうでしたね。しかしなぜツルギを選んだのです? ただのハンデなら誰でもよかったのではないのですか?」
「別にいいでしょ。選ぶのはこっちの自由なんだし。どこの馬の骨とも知らない輩に後ろに乗ってもらいたくないでしょ」
「く、どういう事です! ツルギ以外ではいけないという事ですか!」
扇子を握る手が、わなわなと震え始めるミミ。
するとリボンは、ふう、とため息をついて。
「だから、そうだって言ってるでしょ。それとも何、あたしがガイを乗せたら何か不都合な事でもある訳? 模擬戦でも思い人が乗ってる人を負かしたくないとか?」
ミミを挑発するように、そんな事を言った。
な、とミミが一瞬動揺した表情を見せる。
それは、ツルギも同じだった。
どうしてリボンが、ミミの自分に対する思いを知っているのかと。




