セクション01:ファイター・チャイナ梟龍
・フライト2までのあらすじ
アメリカ空軍航空学園から交流プログラムのためやってきた両足義足の少女・リボン。彼女はツルギの古い友人であり、またフロスティ教官の姪でもあった。
そして航空支配戦闘機F-22ラプターを駆る彼女は、世界最強の候補生でもあった。ブラストチームとの模擬戦でも、彼女は何なくブラストチームを退け実力の差を見せつけた。
その一方で、ゲイザーはピストルを手に乱闘騒ぎを起こしたが、彼女は一時的に投獄されただけで罪に問われる事はなかった――
青天のフリスト諸島上空。
今日もツルギらブラストチームのストライクイーグルは、フライトに励んでいる。
だが、今回は少々毛色が違うものであった。
2機のイーグルの右側、少し離れた所に、黒い軌跡を描く別の戦闘機の編隊がある。
ツルギはそれに、手にしたビデオカメラを向けていた。
「……ねえツルギ」
「何?」
ツルギは前席のストームに呼びかけられ、ファインダーから視線を外した。
前席のストームは、いつものように後席のツルギに振り返って問うてくる。
「あの汚いスモーク、何とかならないの?」
エンジンノズルから尾を引く黒煙。
どうやらストームは、それが気になっているようだった。
彼女の言うスモークというのは、アクロバットチームが演技に用いる白い煙の事。今見ている黒煙とは、当然ながら根本的に異なるものである。
「もしかして、壊れてる訳じゃないよね?」
「壊れてたらとっくに警報出てる。あれはあのエンジンの癖みたいなものだよ」
『燃焼効率が悪い証拠だな。環境に悪い悪い』
『アフターバーナーを点ければ出なくなるんだけどね……』
バズとラームが補足する。
黒煙を引くような前時代的なエンジンを持つ戦闘機など、既にスルーズ空軍には存在しない。
つまり、目の前の戦闘機はスルーズ空軍のものではない。
「どうせスモーク出すなら、白い方がいいのに……」
「まあまあ」
そう言いつつ、ツルギは再びファインダーを覗き込む。
そこに映っていたのは、黄色い三日月と星が特徴的な国籍マーク。
垂直尾翼に描かれているそれは、カイラン空軍のものだ。
そう。今飛んでいるのは、カイラン空軍の戦闘機。
スルーズが保有する西側製の戦闘機とは、根本的に異なる外見を持った戦闘機。
翼端にミサイルランチャーを装備した三角形の主翼に、背骨が浮き出た胴体。
新しいながらもどこか古めかしさも併せ持った、独特の外見を有している。
そして、機首に描かれた『梟龍』という漢字。
「これが、FC-1シャオロンか……」
ツルギが、その名をつぶやいた。
形式のFCが意味するのは、ファイター・チャイナ。つまり、中国製である事を意味する。
厳密に言えば純粋な意味での中国製ではないのだが、ツルギ達にとっては初めて見る中国製の戦闘機であった。
『ゲイザーちゃん、機体の調子はどうだ?』
『調子……? ウン、大丈夫、多分』
『た、多分って……まあゲイザーちゃんがそういうからには大丈夫なんだろうな』
やり取りをしているのは、ゲイザーとサンダーだ。
先頭のリーダー機をサンダー、続くウイングマン機をゲイザーが務めている。
シャオロンは、彼らの本来の搭乗機。
これまではまだスルーズに届いていなかった関係で、練習機カラコルムでの飛行を長く使う事を余儀なくされていたが、この日から遂に使用が可能になったのである。
そんなシャオロン編隊の右側に、また別の航空機の姿がある。
直線翼とT字尾翼が特徴的な、ごく普通の白いビジネスジェット機・リアジェット35A。
だが、胴体の上下には禍々しいアンテナが何本も生えている。
そして垂直尾翼には、スルーズ空軍航空学園を運営する民間軍事会社・ヘルヴォル社のロゴが描かれていた。
『さー、おしゃべりはそのくらいにして、始めるアルよー』
その窓から手を振っている人影が見える。
メイファンだ。
インカムを使って、サンダー達と通信をしている。
『メイファンだけビズジェットに乗れるとかいいなあ……』
『こっちだって周りは精密機械だらけで、居心地は悪いアル。お互い様アルよ。なんてったってPMCの特殊改造機アル』
このリアジェット35は、ヘルヴォル社が軍事訓練の支援に使うための改造が施されている。
例えば胴体に生えている無数のアンテナは、妨害電波を出して電子戦環境を演出するためのもの。
とはいえ、今回この装備は全く使用しない。
使用するのは、主翼下に追加されたパイロンにある、別の装備だ。
それは一見するとオレンジ色の爆弾のような装備だが、当然ながら爆弾ではない。
『はいはい。それじゃ距離取るぞ』
2機のシャオロンは、胴体に着いた4つの小さなエアブレーキを展開。
黒煙が消えていくと同時に速度が落ちて行き、リアジェットから離れ始める。
その様子を、ツルギはファインダー越しにじっと観察する。
『準備OK! それじゃコントラクターさん、お願いします!』
メイファンが言うと、リアジェットの左翼に動きが見られた。
左翼下から現れたのは、オレンジ色の吹き流し。爆弾型の物体から伸びている。
それ共々機体から切り離されると、吹き流しは機体に引っ張られるように中を舞う。
いや、引っ張られている。
よく見ると、機体と爆弾型の物体との間に、ワイヤーが繋がれているのが見える。
それはするすると伸びて行き、機体から離れていく。
『さー、空中実弾射撃テストの開始アル! あのオレンジの標的目掛けて撃つヨロシ!』
やや興奮気味に声を上げるメイファン。
爆弾型の物体の正体は、射撃訓練用の曳航標的だ。
言わば実弾射撃訓練の的であり、これを飛行中の目標に見立てて機関砲射撃を行うのだ。
とは言っても、本体は翼から下げられる爆弾程度のサイズ。これから伸びる吹き流しも細く、飛行機に見立てるには、あまりにも小さいサイズだ。
『おいおい! あんな小っちゃくて細いの狙えって言うのかよ!? こりゃいくら何でもスナイパーじゃねえと無理ゲーだぞ、無理ゲー!』
『直接当てなくても大丈夫アル。吹き流しが見えるでしょ? その近くを通り過ぎれば命中判定出るから。あんなに小さい飛行機なんていないでしょ』
『あ、そっかー!』
メイファンの説明に、納得するサンダー。
この曳航標的は、センサーによって吹き流しの近くを通過した弾丸を検知し命中弾としてカウントする仕組みになっている。
故に直接弾を受けなくとも命中判定を出す事ができ、小さなサイズで飛行機と同じ大きさの目標を模擬できるのだ。
『わかったアル? さ、狙って!』
『なら安心したぜ。スパークリーダー、了解! マスターアーム・オン! 行くぜ!』
疑問を解消したサンダーは、早速シャオロンを勢いよくリアジェットの背後――射撃位置に着いた。




