セクション15:必殺・木の葉落とし
2機は互いの背後を狙い、急旋回。
シートに押し潰されるほどのGに晒されながら、2機は絡み合うような旋回を続ける。
意外にも、先に背後を捕えたのは、ウィ・ハブ・コントロール号だった。
「よしっ!」
勝利を確信したように、ストームが叫ぶ。
既にミサイルの最低射程を過ぎているため、機関砲を使う。
HUDに現れる照準器にラプターの姿を重ねられれば、勝利は確実だ。
もちろん、リボンも黙ってはいない。
追われる立場となった彼女は、狙いを定めさせないよう左右へと切り返し続ける。
「このっ! このっ!」
その動きは、特段ずば抜けて機敏という訳ではない。
だが、ストームは狙いを定めるのに苦心している様子だった。
一体それは、なぜなのか。
まるで、振りかぶった拳を、首を傾けるだけでかわされているような感覚。
(何だ……? もしかして、手加減しているのか……?)
そして先程から、リボンは無言を保っている。
追われている状況なのに何も語らない所が、どうも不気味に感じる。
果たして自分達は、本当に優位に立っているのだろうか。
嫌な予感をツルギが感じていると、ラプターは不意に上昇した。
だが、その行動は悪手としか思えなかった。
先程までとは一転して、あまりにも直線的すぎる上昇。
それは、敵に撃ってくださいと言っているようなものだ。
空中戦は、先に悪手を踏んでしまった方が負ける。
そういう意味では、大きなチャンスだった。
「上昇したぞ!」
「ウィルコ!」
ウィ・ハブ・コントロール号は、当然その後を追う。
強いGの中で、あっという間に照準器がラプターへと迫る。
回避運動を一切しない機影に、それを重ねるのは容易な事。
これで、勝負は着く――
「今だ――」
と思われた直後。
不意に、ラプターの楔形エンジンノズルが、上向きに動いた。
そして、迎え角が急に大きくなった。
こちらから見て、ほぼ直角にしか見えないほどの機首上げ。
さらにその姿は急に大きくなり、ウィ・ハブ・コントロール号へと迫ってくる――
「うわっ!?」
ストームは慌てて、操縦桿を右に倒す。
とっさの動作で衝突は回避でき、ラプターの姿は後方へと流れて行った。
だが。
「何、今の――あれ?」
姿勢を立て直してから位置を再確認しようとした時、既にラプターの姿は消えていた。
「見失っちゃった! ツルギ、ラプターは?」
「わからない!」
周囲を確認するが、どこにも見当たらない。
恐らく、先程の挙動によるものだろうが、あれは一体何だったのか。
宙返り中の、あまりにも急激な迎え角の増加。
あんな事は、飛行機としてあり得ない挙動だ。
なぜなら、そんな事をしてしまえば、その場で縦回転するようなもので、もはや宙返りの領域を超えてしまう。
そう思っていた矢先。
『これが、あたし流「木の葉落とし」ってね!』
久々に聞こえたリボンの声。
はっとして、ツルギは振り返る。
そこには、消えていたラプターの姿が。
「しまった!」
既に背後を取られていた。
そう気付いた時には、もう手遅れ。
ラプターの機種側面から、黒く光る何かがせり出した。
機関砲だ。
ステルス機であるラプターは、普段格納しているそれを使用する時だけ展開する。
つまり――
『機関砲発射!』
見えない弾丸が放たれる。
それをよける手立ては、もはやウィ・ハブ・コントロール号になかった――
* * *
日は、すっかり暮れていた。
暗くなった空の下、ツルギは寮の前でリボンと話をしていた。
「ごめんリボン、今日はストームのわがままに付き合わせちゃって」
「いいのよ。こっちも勝負してあんた達の事がよくわかったから」
満足げな表情を浮かべていた。
そういえば、空で戦えばわかる事よ、と言っていたのをツルギは思い出す。
「そういうのって、勝負でわかるものなのか?」
「まあね、うまく口じゃ説明できないけど」
「で、どんな事がわかったんだ?」
「あんた達は、本当にいいコンビだって事」
「え?」
リボンの口からから出た褒め言葉に、ツルギは少し驚いた。
てっきり、何かダメだしされるものと想像していたが故に。
「空中戦している時のあんた達は、本当に息がぴったりだった。一心同体って言葉がぴったりなくらいにね」
「そ、そうなのか……?」
普段からストームが言っている言葉を、他人から言われるとは思いもせず、ツルギは少し戸惑った。
「だから、今いないあいつにも伝えておいて。パートナーを大事になさいってね。手加減してやったのに負けたくらいで落ち込むなってね」
「えっ、ちょっと――」
じゃあね、とリボンは軽く手を振って、ツルギの前を去っていく。
ツルギはしばしその後ろ姿を見送った後、自室へと車いすを進めた。
「ただいま」
戻った自室は、返事1つなく静かだった。
まるで、誰もいないかのように。
自身が生徒会活動で先に帰れなかったため、ストームは先に帰っているはずだ。
どこかへ出かけたのだろうか、と思いつつ、彼女の寝室をノックして入る。
返事がなく、明かりも点いていない。誰もいないのだろうか、と思ったが、ベッドの上に誰かが力なく寝転がっているのが見えた。
「何だ、寝てたのか」
「……うん、ふて寝」
ツルギに振り向く事なく答えるストームの声には、普段の元気がない。
どうやら、未だ落ち込んでいるらしい。
フライトを終えてからというものの、ずっとストームはこの調子。
リボンに負けた事が、余程悔しかったのだろう。
ファングと初めて勝負して負けた時には、こんな様子は見せなかった。
当時元気がなかった自分とは逆の立場になったみたいだ、とツルギは感じていた。
「リボンが褒めてたよ。僕達は息がぴったりだったって」
「そう、だったんだ……」
ぽつり、とつぶやくストーム。
ツルギはベッドの近くに車いすを動かし、そっと声をかけた。
「そう落ち込まなくていいよ。ストームは充分がんばったさ。向こうは推力偏向を突然使ってくるほどの強豪だったんだ。あそこまでできたなら、むしろいい方だったんじゃないか?」
リボンが『木の葉落とし』と称したのは、ラプターが持つ推力偏向ノズルを活かしたものだった。
推力偏向。
それは、ノズルの方向を上下に操作する事で、機動性を増強する手段だ。
これを使う事で、これまでの常識では考えられない機動をラプターは可能にしている。
リボンが使ったのは、その場で回っているようにしか見えないほどの小さい宙返り『クルビット』を応用したものだろう。
そんな技を隠し持っていたのなら、負けるのも当然だ。
「でも、絶対勝つって言ったのに負けるなんて、かっこ悪いよ……悔しいよ……」
「まあ、そうだね。かっこ悪いよな」
顔を伏せたままのストームの頭に、ツルギはそっと手を伸ばした。
「でも、よくやったよストームは。次も一緒にがんばろう」
素直な気持ちを伝えて、丁寧に頭を撫でる。
何かうまい励ましの言葉が浮かばないツルギにとって、これが精一杯の励ましだった。
ストームは何も言わない。
無言のままむくりと起き上がると、不意にツルギに抱き着いてきた。
少し驚いたが、ツルギはそれを黙って受け入れる。
「……ありがと、ツルギ」
「どういたしまして」
間近で顔を合わせる。
ストームの顔には、ようやく普段の明るさが戻り始めている。
それが、ツルギには嬉しかった。
「今日、一緒に寝てもいい? 裸で」
「うん。ストームが元気になってくれるなら――」
2人はその言葉を合図に、吸い込まれるように唇を重ね合わせる。
明かりのない暗い部屋の中で、2人はしばし激しい口付けを味わっていた。
フライト2:終




