セクション04:リボンとフロスティ、意外な関係
「ファング教官の事、知っていたのか?」
「知っているも何も、アメリカ空軍であの人の名前を知らない人は――って、今『教官』って言った?」
リボンが問い返す。
どうやら、この学園で教官をしていた事を知らないらしい。
その事を説明しようと思った矢先。
「こんな所で何をしている?」
冷たい男の声が、2人のやり取りを遮った。
驚いて振り返ると、そこにはいつの間にかフロスティの姿があった。まるで悪人を見るような冷たい視線で、ツルギとリボンをにらんでいる。
「フ、フロスティ教官!?」
「親睦会からいなくなったと思えば、こんな所で逢引か?」
「そ、そんな! とんでもありません!」
冗談なのかわからない問いかけを、ツルギは慌てて否定する。
一方、リボンはフロスティを見て少し驚いていたが、すぐに不愉快そうな表情を浮かべる。
「おかげで貴様の事を心配している輩が約1名いるぞ」
「え?」
フロスティが肩越しに背後を見る。
するとそこから、姿を現す1人の少女。
ストームだ。
きょとんとした様子で、こちらを見ている。
その姿を見て、ツルギは慌てた。
「ストーム!? いや、勘違いしないでくれよ!? ぼ、僕は、リボンに呼ばれて来ただけなんだ! バ、バズみたいに、変な事する気は全然ないからな!?」
あらぬ誤解をされまいと、ツルギは回らない口で説明する。
もしこんな所で騒動を起こされたら、と憂いつつ。
だが。
「うん。何か無理やり連れて行かれたって聞いて、フロスティ教官と一緒に飛んできたんだけど……何か、しみじみした空気だったね?」
ストームが発した言葉は、ツルギの予想外のものだった。
どうも彼女は浮気という言葉に鈍感らしく、嫉妬している様子を見た事がない。
だが、心配をかけた事に変わりはないので、ツルギは謝る事にする。
「ま、まあ、そうだったな。あんな話だったし……ごめん。せめて一言言って出て行けば、変な心配かけなかったんだけど……」
「いいよ。嫌がってたら助けようかなって思ってたけど、そんな感じもなかったし。嫌がる事はしなかったんでしょ?」
「まあ、そうだね……」
「なら、よかったよかった!」
すると、安心したようにストームはツルギに抱き着いてきた。
あっ、ちょっと、とツルギが戸惑っても、彼女は離れる気がない。
そんな2人の様子を見たフロスティは、ふう、とため息をつくと、
「こんな1人の男とうつつを抜かしてる暇があるなら、ちゃんと親睦会に参加しろ。親睦を深めるべき相手がいなくなっては本末転倒だろう、エリカ」
ツルギにではなく、リボンにそう言い放った。
彼がリボンの事をファーストネームで呼んだ事を、ツルギは少し疑問に思った。
一方、当のリボンはゆっくりとベンチから立ち上がり、
「……面倒臭い。重力に縛られた世界であんなヤツらと話しても、何の意義もないわ。昔の友達にちょっと古い話の相手でもしてもらう方が、よっぽど有意義よ」
フロスティをにらみつけ、そう反論した。
多くの生徒達が怯んでしまう冷たい彼の視線にも、全く怯まぬその姿勢。
それは、彼の事をずっと前から知っているような態度だった。
「そんな理屈が通じるか。世界は貴様の思い通りに動いている訳ではないんだぞ。多くの生徒達と交流し、見識を広めなければ、交流に来た意味がないだろう?」
「どの道、空で戦えばわかる事よ。それに――」
リボンは少し間を置くと、にやりと不敵にわらって言い放つ。
「エミリアさんとの親睦に失敗して、あからさまによけられているあんたには言われたくない。ねえ、おじさま?」
リボンが呼んだ言葉に、ツルギは驚いた。
それは敬称ではあるが、嫌味が込められた言い方で敬意が全く感じられない。
いや、問題はそんな事ではない。
彼女はなぜ、フロスティの事をそう呼んだのか。
「え、おじさま!? ちょっと、それって――」
「何か、フロスティ教官の姪っ子なんだって」
「め、姪……!?」
ストームの説明に、ツルギは目を丸くした。
だが、よく考えてみれば、別におかしな事ではない。
2人の苗字は同じ「カザモリ」。日系アメリカ人である事も同じ。
ならば、同じ家系であっても何も不自然な事はない。
今更ながら、ツルギはその事実に気付いた。
「く、貴様……!」
フロスティが、感情を露にし始める。
「あたし、今でも恨んでるんだからね。エミリアさんを『おばさま』って呼べる日が来なかった事をね。悔しかったらもう一度ハートを射抜いてみなさいよ、この軟弱者」
目上の人に対するものとは思えないほどの、辛辣な言葉。
どうやら2人は、仲があまり良くないようだ。空気が一瞬で、冷え込んでしまう。
「貴様、誰に向かってそんな口を――!」
「他でもないあんただからよ。じゃ、あたしはこれで」
リボンは残った最後の料理を口に運んで、立ち上がった。
もう飽きた、と言わんばかりに。
「ガイ、悪いけどこれ返してきて」
リボンは、ツルギの膝上に食器を置く。
面倒臭いからなのが見え見えの投げた態度ではあるが、食器の置き方自体は雑ではない。
「えっ、ちょっと――」
「それと」
「ん?」
「よかったわね、いい彼女ができて。お似合いじゃない」
最後に笑みを見せて言い残し、その場を去って行くリボン。
エリカ、と叫ぶフロスティに、一切顔を向けずに。
「何か、フロスティ教官と仲悪いみたいだね。何があったんだろ?」
「まあ、根は悪い人じゃないんだけど――」
疑問符を浮かべるストームを、フォローするツルギ。
両足を失った反動なのだろうか。
結構あの頃と変わったな、と思いつつ。




