セクション01:ステルスの妖精
・フライト1までのあらすじ
ツルギが事故から復帰して半年。スルーズ空軍航空学園に、アフリカはカイラン共和国から留学生がやってきた。その1人である少女ゲイザーは、好奇心旺盛な行動でツルギ達を翻弄する一方、常人では見えないものも見つけられる能力を持っていた。
そんな彼女が空で発見したもの。それは、学園へと飛来したアメリカの戦闘機、F-22ラプターだった。さらに、ラプターに乗っていた少女エリカ・カザモリは、ツルギと面識がある人物だった――
その噂は、スルーズでも有名だった。
海を挟んだ向こう側にいる、とあるパイロットの武勇伝である――
アメリカはモハーヴェ砂漠。
地平線の彼方まで広がる岩砂漠の上空を、1機の戦闘機が轟音を立てながら飛んでいく。
その速度は、既に音速を超えている。
だが、楔形のエンジンノズルからは、赤い炎が出ていなかった。
「敵機確認。数、8、かあ。面倒臭いなあ……」
そのコックピットの中。
彼女は、計器盤を見下ろしながらつぶやいた。
ディスプレイに映るのは、敵の機影。
数は8つ。機種はF-15と識別している。
先に戦っていた味方はいない。全てこの8機に退けられたようだ。
彼女はこれから、傍から見れば無謀にしか見えない戦いに挑もうとしている。
たった1機で、味方部隊を退けたこの8機の敵を相手にするのだ。
だが、勝算がない訳ではない。
『アンバー1より全機へ。他の敵機は確認できるか?』
『いえ、ありません』
『こちらもです』
無線で聞こえてくるのは、敵を駆るベテランパイロットの声。
彼らはまだ、こちらを捕捉できていないようだ。
こちらより低い高度――探知しやすい有利なルックアップの条件を取っているにも関わらず、である。
それを知って、くく、と僅かに笑む。
相手は歴戦のベテラン達。経験では埋めようもない差を持っている。
そんな敵が8人もいれば、普通に戦っても勝てるわけがない。味方部隊を退けているなら尚更である。
だが、負ける気はなかった。
8機いようと勝てる相手である事を、彼女は知っている。
そう、今彼女が駆る最強の翼――F-22ラプターの力を持ってすれば。
「でも、空の上なら大歓迎ってね!」
高揚する気持ちを、彼女はそのまま言葉にした。
手始めに、先頭の4機をまとめてロックオンする。
使う武装は、中射程ミサイル・AMRAAM。
気付かれていないからと言って、懐に飛び込むつもりはない。
そう。戦いの舞台は、このディスプレイの中。
余程の事がない限り、直接敵影を見る必要など、ない。
「ミサイル発射!」
迷わずに、操縦桿の発射ボタンを押す。
これが実戦なら、真下からミサイルが4発まとめて飛んでいく轟音が響いただろう。
その代わりに、ディスプレイにのみ映る見えないミサイルが4機の敵目掛けて飛んでいく。
敵は、回避運動すら取らない。
ミサイルが飛んできている事に、気付いていないのだ。
結果、4機は仲良く揃って見えないミサイルの餌食となった。
『撃墜判定!? しまった!』
『気を付けろ! ヤツはもうここにいる!』
敵が声を荒らげた。
姿を消していく先頭の4機と、取り残される後続の4機。
不意の攻撃を受けても動じず編隊を崩さない様は、さすがはベテランと言った所か。
だが、全ては自分の掌の上。
敵が未だ見えていない相手と、敵の様子が手に取るようにわかる自分。
情報量でも、その差は歴然としている。
彼女は、マスクの下でほくそ笑んだ。
「さらにもひとつ!」
残った2発のAMRAAMを、ロックオンして発射する。
ディスプレイ上で飛んで行ったミサイルは、正確に2機の敵機を撃破した。
『ジェイド編隊、残機2! ヤツはまだ見つからないのか?』
『く、ヤツは人に見えない妖精か何かか?』
残るは2機。
瞬く間に大損害を被ったからか、反転して退却を試みている。
もちろん、彼女に逃がす気などない。
できるなら、AMRAAMで離れた所から仕留めたい所だったが、生憎弾切れだ。
武装を短射程ミサイル・サイドワインダーに切り替える。
側面のハッチが展開する音。
ミサイルを剥き出しにしなければならないため見つかる可能性は高まるが、背を向けている相手には意味を成さない。
初めて、エンジンノズルに火が灯った。
急加速して、間合いを詰めていく。
初めて顔を上げ、HUD上にゴマ粒程度にしか見えない敵を捉える。
ロックオン。甲高い信号音が鳴った。
敵はロックオンされている事も気付かずに、まっすぐ飛び続けている。
「ミサイル発射!」
無防備なその機体へ、ミサイル模擬発射。
すかさず、もう1機もロックオンする。
「さらにもひとつ!」
最後のミサイルを模擬発射。
見えないミサイルは、2発とも無防備な敵機の尾へと飛び込んでいった。
命中。あっけない最期だった。
かくして敵は、何もできないまま全滅した。
「ふふ、状況終了……!」
高ぶる気持ちを抑えるように、彼女はつぶやく。
そして、酸素マスクを外すと、ふう、と大きく息を吐く。
西洋人でありながらどこか東洋の面影を感じさせる、凛とした少女の顔が露になった。
「ネリスの仮想敵部隊を、ひとひねりにしてやったわ――ふふふっ」
彼女は大戦果を実感して、笑みを隠しきれない。
モハーヴェの空を支配した猛禽は、彼女を乗せて悠々と青空を駆けて行く。
ヘルメットに描かれたちょうちょ結びのリボンを、日の光で誇らしげに輝かせながら。
彼女の名は、エリカ・カザモリ。
TACネーム・リボン。
旧日本軍エースパイロットの血を引くという、アメリカ空軍航空学園の候補生。
そして、無限の可能性を秘めると評される、世界最強の候補生。
彼女はこの戦い――世界最大の合同空戦演習『レッドフラッグ』での初陣で、その名声をほしいままにした。
そんな彼女が、学園間交流プログラムの一環としてスルーズ空軍航空学園に来訪した。
だが、ツルギは思いもしなかった。
彼女がまさか、幼い頃面識があった人物だったとは――




