セクション20:もう1人の来訪者
事態は一気に悪化。
重力に身を預けたラプターは、雲の中へと飛び込んでいく。
「追うんだ!」
「ウ、ウィルコ!」
『ええ!』
慌ててストームとミミに指示するツルギ。
ミミ機とウィ・ハブ・コントロール号が、ラプターの後を追って雲の中へと飛び込む。
ここから墜落を食い止める事はもはや不可能。今自分達にできる事は、墜落の様子を見届け正確な位置に救助を呼ぶ事しかない。
『こちらピース・アイ。どうしました!? 状況を報告してください!』
「こちらブラスト1、ラプターが落ちている! 繰り返す、ラプターが落ちている!」
『お、落ちている!? わかりました! すぐに救助隊の手配を――!』
予期せぬ状況に、ピース・アイも動揺している様子だ。
2機が雲を抜けた。
すると、落ち続けるラプターの姿を再び見つける事ができた。
その先にあるのは大西洋。
間もなくラプターは、この藻屑となってしまうだろう。
「ラプターパイロット! 目を覚ましてくれ! 機首を上げろ!」
だからか。
通じないとわかっていても、ツルギは無線で声を荒らげてしまう。
ゆっくりと横転しながら、海面に迫っていくラプター。
「起きてーっ! あきらめちゃダメだよーっ!」
「機首を上げろーっ!」
ストームと一緒になって声を上げるが、もはや墜落は時間の問題。
海面に叩きつけられてばらばらに砕け散るラプターの最期を誰もが想像した、その時。
『……ん?』
急にラプターからの通信が入った。
警告音と共に聞こえてきたのは、あどけなさの残る少女の声だった。
『うるさい――って、落ちてるっ!?』
彼女は、すぐに状況を理解した様子だった。
アフターバーナー点火。
横転を止め、急激に機首を上げるラプター。
わずか1秒足らずで90度以上の機首上げという、普通の戦闘機では考えられない反応速度。
角ばったノズルが上を向き、推力を偏向したのだ。
「ああっ!?」
その機動に、誰もが息を呑んだ。
ようやく重力に逆らう力を得たラプターは、懸命に上昇しようとする。
だが、一度ついてしまった勢いは、なかなか抑えられない。
機首が上を向いても尚、ラプターは海面に吸い込まれ続ける。
まさに海面に落ちようとした直前、ラプターはようやく上昇に転じた。切り裂かれた海面が、上昇に転じた高度の低さを物語る。
『パイロットが目を覚ましたのですね! よかった……!』
「行こう!」
すぐにミミ機とウィ・ハブ・コントロール号が後を追って上昇。パイロットの様子を確かめるために。
『い、一体何なの!? 気が付いたら落ちてるなんて――ってかあたし、さっきまで何してたんだっけ……?』
「ラプターパイロット、大丈夫ですか?」
水平飛行に戻ったラプターに、ウィ・ハブ・コントロール号が合流する。
ラプターパイロットも、すぐその存在に気付いた。
『スルーズ空軍? あなた達は――』
「あたし、ストーム! 人呼んで『学園の青い嵐』! で、こっちは――」
「やめろストーム。えー、失礼。スルーズ空軍航空学園の者です」
得意げに名乗るストームを窘めつつ、自己紹介するツルギ。
『スルーズ空軍航空学園……そう、ならちょうどよかったわ』
すると。
ラプターパイロットの口調が急にフランクになり、こんな事を言った。
『そのスルーズ空軍航空学園に案内してもらえないかしら? あたし、そこに向かってたの』
* * *
かくして、ファインズ基地は大騒ぎとなった。
国内ではほとんど見られないステルス戦闘機を一目見ようと、駐機場は多数の生徒達でごった返したのだ。
「うわー凄いねツルギ、ラプター大人気だよー」
「ああ……」
帰還したストームとツルギは、それを傍から眺めていた。
生徒達はラプターの周りに集まっているが、機体の機密を守るべくラプターの周りを取り囲む衛兵達に阻まれている辺り、まるでハリウッドスターの来訪のような有様となっている。
ゲイザーもまた、ラプターの姿を間近で見ようとしていたが、生徒達の壁に阻まれてなかなか奥へと進めない様子だ。
「それにしても、あの衛兵達はどこから?」
「あそこですよ」
遅れてきたミミが、ある方向を指差した。
そこには、ラプターとは別にもう1機アメリカ軍機がいた。
一見すると旅客機のようだが、窓は一切なく、全身が灰色に塗られた4発ジェット機。
見れば、尾部には長いブームが折り畳まれている。これは、空中給油機である何よりの証。
「KC-135じゃないか。先に来ていたのか? 偶然にしてはできすぎな気もするけど――」
「ええ、私も先程思い出しました。アメリカ空軍航空学園の生徒が、特別実習の一環としてここを訪問すると……」
「ええっ!?」
ミミの発言に驚いていると。
「あんた達ね、あの戦闘機のパイロットは」
空で聞いたばかりの声が、すぐ側でした。
振り返ると、そこにはフライトスーツ姿の1人の少女がいた。
彼女の歩き方は、どこかぎこちない。まるで、スキー靴を履いて歩いているかのように。
「ごめんなさいね、こいつの欠陥バルブのせいで『ラプター風邪』に軽くやられちゃったみたいで……でも、あんた達のおかげで助かったわ。サンキュ!」
少女は立ち止まると、着ている耐Gスーツを指差しつつ、フランクな口調でお詫びする。
「いえ、私達は何もしていません。あなたを助けたのは――あれ、どこ行ったのでしょう……?」
ミミが応対している間、ツルギは少女の姿に驚いていた。
アメリカ人のはずなのに、どこか日本人めいた凛とした顔立ちと長い黒髪。
両耳の上手につけられた、大きなリボン。
その容姿には、見覚えがある。
これだけ特徴的な容姿をしていた少女は、自分の知る限り1人しかいない。
「君……もしかして、リボンじゃないか?」
だから、自然と問うていた。
少女の視線が、ツルギに向く。
「あら、あたしの事知ってたのね。まあ、ここでもあたしの名前を知ってて――」
「そうじゃない! 確か小学校の頃、一緒のクラスだったじゃないか!」
「……え?」
少女は、目を白黒させる。
ストームとミミも同じく目を白黒させていたが、それはツルギの知る所ではない。
「フルネームは、エリカ・カザモリだろう?」
「そうだけど……だから何だって言うのよ? あんた何者?」
その返答で、ツルギは確信できた。
だが当の少女は、疑り深く視線を鋭くしている。
「やっぱり! ほら、僕だよ! ガイだよ!」
「ガイ……? そういやあんたの顔、どっかで見たような――」
少女はしばし考え込む。
うーん、うーんと考える事、数秒。
「ああーっ! もしかして、あのガイ!? ガイ・ハヤカワ!?」
少女は、ツルギが確信した通りの答えを返してくれた。
フライト1:終




