セクション19:謎のステルス戦闘機
「ピース・アイ、あのラプターは一体……?」
ツルギはそれを止める前に、ピース・アイへ確認を取った。
元々アメリカにしかない、しかも軍事機密の塊であり海外展開にも気を使われる戦闘機が、なぜスルーズの領空にいるのかが気になった故に。
『はい、スルーズへ向かう予定の機体だったのですが――ちょっと待ってください』
だが、ピース・アイはそう言って通信を切ってしまい、結局答えは聞けなかった。
「え、あれ元からスルーズに向かってたの?」
『海外展開のために給油する予定だったのでしょうか……?』
ミミの言い分も一理ある。
スルーズは大西洋横断の中継地点だ。それ故、大西洋を渡る航空機が給油に立ち寄る事は民間・軍用問わず多い。
そう考えれば、決して不自然な事ではないのだが――
『マジかよ、なんでステルス戦闘機がここに……!?』
『……すてるす?』
『レーダーに、映りにくい、最新技術だよ』
『れーだーニ……』
サンダーが、ゲイザーに説明する。
ゲイザーは改めてラプターを見据えると、カラコルムを向かわせる。
『ちょ、ちょっと待て! 不用意に近づいちゃダメだ!』
サンダーの言う事も聞かず、ゲイザーはカラコルムをラプターの横に並べてしまった。
飛んでいる航空機に不用意に近づく事は、問題ある行動なのだが、人のように引っ張って止めるという事はできない。
仕方なく、ツルギはピース・アイの力を借りる事にした。
「ピース・アイ! あのラプターに連絡を!」
『ダメです、応答がありません!』
だが。
ピース・アイが、衝撃的な事を口にした。
「応答がない……?」
『ぱいろっと、寝テル?』
そして。
カラコルムをラプターの右側面につけたゲイザーが、おかしな事を口にした。
「寝てる……? ストーム、ラプターに近づけてくれ!」
嫌な予感がしたツルギは、すぐにストームに指示した。
ストームは指示通りに、ウィ・ハブ・コントロール号をラプターの左側面につける。
すぐさま、ツルギはコックピットの様子を確認する。
僅かに金を帯びたキャノピー越しに見えるパイロットは、ぐったりとこうべを垂れている。表情は窺えないが、確かに寝ているようにも見えてしまう。
だが、操縦しながら居眠りをするようなパイロットなどいない。もしかしたら計器を見ているだけかもしれない。
「本当に、寝てるのか……?」
『目、閉ジテル。チョットだけ、見エル』
ゲイザーが、まるで見えているかのように付け足す。
編隊を組む距離では、サンバイザー越しの目の様子など普通見る事ができないというのに。
『応答してください! 応答してください! ダメです、無線は繋がっているのに――!』
しかしピース・アイが何度呼びかけても応じない所を見ると、やはり意識がない事だけは確からしい。
やはりゲイザーの言う事は本当なのか。ラプターそのものを見つけた時といい、彼女には一体何が見えているのだろうかと思わずにいられない。
『……もしかして寝ているのではなくて、気を失っているのではないですか?』
すると。
ミミが、とんでもない事を口にした。
「何だって!?」
『聞いた事があります。ラプターパイロットの間では、操縦中に一酸化炭素中毒に陥るという、「ラプター風邪」なるものが流行ったと……』
「ええっ!? それじゃあ墜落しちゃうじゃない!」
まるで怪談話のようなミミの言葉に、驚きを隠せないストーム。
ツルギも、事態の深刻さを知って顔を青ざめた。
未だ機密性の高いステルス戦闘機が異国の地で墜落したとなれば、さまざまな問題が起こりかねない。かつてとある最新鋭の戦闘機が海に墜落した時、軍事機密を巡って残骸捜索合戦が繰り広げられた事を、ツルギは知っている。
「ねえツルギ、何とかできない?」
「う、それは――」
どうする?
もし本当に一酸化炭素中毒になっていたら、自分達ではもはやどうしようもない。
かと言ってこのまま行くと、下手をすれば撃墜もやむなしになってしまうかもしれない。
『ソッカ……起コセバ、いいんダ』
ゲイザーが、当たり前の事のようにつぶやいた。
何を言い出すんだと思って見てみると、カラコルムがゆっくりとラプターとの距離をさらに詰め始めた。
互いの翼が、ぶつからんほどまでに近づいて行く。
『お、おい、何する気だよ!? まさか、飛び移るとか言わないよな!?』
後席のサンダーも、動揺を隠せない。
だがゲイザーは、そんな事などまるで耳に入っていないかのように、操縦を続ける。
遂に、翼がラプターの翼の下に潜り込んでしまった。
そこで、ようやくカラコルムの姿勢が安定したと思うと。
『エイッ』
ノックするかのごとく慎重に、翼を振った。
ごん、とラプターの翼にぶつかる。
その行動に、ツルギ達も衝撃を受けた。
『おおおお、おいおい! ぶつけてるぞ! 翼折れるぞ! いくら俺でもこんな事で死にたくねえぞ!』
サンダーが悲鳴を上げ始める。
無理もない。翼が折れる危険性もあるが、間違って翼をひっくり返そうものならラプターの姿勢が崩れてしまう。
だがそれを気に留める事無く、ゲイザーは再び翼を振る。
『エイッ』
ごん、と再び翼同士がぶつかる。
念のため見てみると、パイロットは未だこうべを垂れたまま動く様子がない。
『ちょっと、何しているのですかあの子は!?』
「ゆすって起こそうとしてるのかも……」
ストームの言葉で、ツルギは気付いた。
ゲイザーは、人に対してやるのと同じように、物理的に叩いてパイロットを起こそうとしているのだと。
かと言って、これは危険な賭けである事に変わりはない。
『エイッ!』
反応がない事に苛立ったのか、翼を振る速度が少し強まった。
だが、それが仇になった。
翼を叩く力が強すぎ、ラプターの姿勢が傾いてしまったのだ。
『……ア』
気付いた時にはもう手遅れ。
ラプターはゆっくりと背面になって行き、高度が落ちて行く。
どう見ても、墜落する姿勢だ。
「まずい!」
ツルギは声を上げてしまった。




