セクション16:遊びじゃないもん
ミミ機の後を追って、ウィ・ハブ・コントロール号も2つのアフターバーナーを点火し、スタートダッシュ開始。
周りの景色はどんどん流れて行き、その速度は次第に速まっていく。
間もなく、先頭を行くミミ機が先に浮かび上がった。
続けてウィ・ハブ・コントロール号も、機首が上を向き、滑走路から浮かび上がった。
すぐさま車輪を格納。
だが、ミミ機がゆっくりと高度を上げて行くのに対し、ウィ・ハブ・コントロール号はなぜか高度を上げない。滑走路すれすれを保ったまま、まっすぐ飛び続ける。
嫌な予感がした。
この離陸は、速度を付けてから一気に上昇し高度を稼ぐ目的で行うもの。
つまり――
「行くよツルギ! アップ!」
その予想は的中。
ストームは合図してから、一気に操縦桿を引いた。
急激に機首を上げるウィ・ハブ・コントロール号。
「ぐ――っ!」
体重の何倍もの力が、Gとなってツルギの体に襲いかかる。
それを息んで耐えるツルギ。纏った耐Gスーツがツルギの体を縛りつけ、Gに抗えない血液の流れを抑え込む。
それでも、視野は一瞬暗くなった。ブラックアウトだ。
垂直近くまで機首を上げた所で、ようやくGが治まる。
Gの負荷はほんの刹那の間だけではあったが、ツルギは体力をかなり奪われた気がした。
相変わらず、ストームのアクロバット飛行は急に始まる。
「……い、いきなり急上昇なんて、びっくりしたじゃないか! またハイレート・クライムか?」
「ううん、今日は違うよ!」
「違う?」
いつもの事だが、ツルギはストームがどんなアクロバットをするかを事前に聞いていない。ストームがその日の気分で演目を選ぶので、知らされるのは稀だ。
自分でコントロールできず、どんな風に飛ぶかわからない様は、まさに先の見えないジェットコースターに乗った気分だ。
「今だ! それっ!」
すると、今度は操縦桿を左へ倒すストーム。
ウィ・ハブ・コントロール号は一瞬で背面になり、重力に任せて降下を始めた。
再びかかるGに、息んで耐えるツルギ。
まさか、こんな高度で宙返りか?
高度が低い状態でやれば、当然墜落のリスクが高まる。
もちろんそれはストームも承知しているだろうが、離陸直後ではあまりにも高度が低く難易度が上がる。それに自ら挑もうとしているのか。
そうこうしている内に、正面に地上が見えてきた。
迫りくる滑走路の先端。
水平になるべく上がり続ける機首。
間に合うか。
このままあそこに落ちてしまうのでは、という不安が頭をよぎる。
それは嫌だ。
あの時――自分が下半身の自由を奪われた時のように、パートナーを失う悲劇となってしまうのは――
『Pull up! Pull up!』
遂に警報が鳴った。
思わず目を閉じるツルギ。
だがそれは、ほんの一瞬で終わった。
ウィ・ハブ・コントロール号はギリギリの所で水平に戻り、今まで来た滑走路の上を逆走する形で飛んでいた。
目の前には、滑走路上で待機しているカラコルム。
その頭上を、左旋回しながら通過した。
『す、凄ぇ……』
一連の飛行を見ていたのか、サンダーがそんな感想を漏らしている。
もう一方のゲイザーは黙っていたが。
「大成功! 以上、ストーム&ツルギによる『ハーフキューバンエイト・テイクオフ』でした!」
見事成功させたストームは、得意げに叫んだ。
『何をしているのですっ! 今は遊びの時間ではないのですよ!』
とはいえ、案の定ミミから怒られる形になったが。
「遊びじゃないもん! れっきとした練習だもん!」
当のストームは、そう言い張ってはばからない。
やれやれ、とツルギは呆れるしかない。きっと彼女には、やめろと言っても無駄だという事がわかっているから。
「ねえツルギ、凄かったでしょ? 飛び方いっぱい研究したんだから!」
得意げに振り向いたストームが感想を求めてくる。
ツルギは抱いた感想を、率直に口にした。
「確かに凄かった……でも、ほどほどにしておけよ。事故になって死なれたら嫌だからね」
「はーい!」
明らかにわかってないような返事。
だが、そういう所もストームらしい所なので、どうしてもそれ以上強くは言えなかった。
* * *
全体が軍用活動エリアとなっている、フリスト諸島周辺海域。
今回の空中戦は、この海上の低高度域で行われる。
空気が薄い高高度と、濃い低高度では、当然ながら異なる飛ばし方が求められる。ここなら、民間の航空機や船に邪魔される事なく、のびのびとさまざまな想定での模擬戦が可能なのだ。
加えてファインズ基地と地理的にも近いので、ほんの数分飛べばすぐに模擬戦を始められるのも大きな利点だ。
その海域へ、2機の戦闘機は轟音を響かせながら入ろうとしている。
『どうも! 皆さん、お元気ですか? こちらは24時間いつもあなたを上から見守る早期警戒管制機、ピース・アイです! 今日もこのフライトの間、お付き合いよろしくお願いしますね! 今回はささやかながら、模擬戦のレフェリーも務めさせていただきます! いやー、一対一の戦いって燃えますよねー、まさに騎士同士の決闘! みたいな感じで!』
陽気な少女の声による通信は、早期警戒管制機ピース・アイからのもの。
オペレーターである彼女も航空学園の学生であり、ラジオパーソナリティのようなやりとりが特徴的だ。
大分慣れた彼女の会話を聴きつつ、青く輝く海面を見下ろしながら飛行していると。
「ん、あれは?」
ふと、ツルギがあるものを見つけた。
灰色の大きな船。
軍艦だ。それも、最新鋭のミサイル駆逐艦――わかりやすく言えばイージス艦だ。
2機はその軍艦の近くを、あっという間に通過していく。
「あっ、軍艦がいる!」
「ゲイルドリブルだ」
アメリカのアーレイ・バーク級を元にした高性能のイージス艦、ゲイルドリブル。
スルーズ海軍が誇る最新鋭艦が、こんな所にいたなんて。恐らくこの船も訓練のために来たのだろう。
船、と聞いてツルギには思い浮かぶものがあった。
飛び立つ前、ゲイザーが何も見えない海を見て船を見つけたと言っていた事。
「まさか、ゲイザーは――?」
このゲイルドリブルの事を見ていたのだろうか。
位置は、方角的にはちょうどゲイザーが見ていた方角と一致する。
いや、そんなはずはない。
ファインズから何キロも離れた場所にいる船を見つけるなど、生身の人間には不可能だ。
もし本当に見つけていたとしたら、その視力はもはや人間のものではない事になる――
『ツルギ、聞こえてますか? 今回のルールは純粋なガンファイトですよ』
と。
ミミの言葉で、現実に引き戻された。
「あ、了解! ガンファイトだな!」
ゲイザーの事を考えるのは後回しだ。今は模擬戦の事に集中しないと。
そう言い聞かせて、頭のスイッチを切り替える。
『では、始めますよ』
「ストーム!」
「うん! マスターアーム、オン!」
ストームが武器の安全装置たるマスターアームスイッチを入れ、戦闘準備を整える。
ミミ機とウィ・ハブ・コントロール号は、横一列になるアブレスト編隊を組み、模擬戦の構えを取る。
『アイス1、速度・高度確認』
「ブラスト1、速度・高度確認!」
互いに高度と速度を合わせる。
ちょうど決闘で、武器を構えて背を合わせるように。




