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セクション10:その男・ドローニン

「……ヴァル!」

 すると、ゲイザーが一際嬉しそうな声を上げた。

 今まで見せた事のないほど、目の色を変えている。

 彼女は男へとまっしぐらに向かっていき、そのまま抱き着く。

「イタ……会えタ……!」

 目を閉じて、広い胸板に頬をすり寄せるゲイザー。

 それはまるで、出迎えに現れた親に喜ぶ幼い子供のようだった。

「……いきなりどうした、ライラ」

 男は一瞬驚いた様子を見せたが、どこか呆れた顔を浮かべつつ、ゆっくりとゲイザーの肩に手を置いて引き離した。

「ごめんなさい、ドローニンさん。ゲイザー、ドローニンさんに会いたかったみたいで勝手に単独行動しちゃって――」

 メイファンが駆け寄ってきて事情を説明する。

 途端、男の目が鋭くゲイザーを見下ろす。

 鬼の形相とまでは行かないが、その迫力にはゲイザーも怯んでしまう。

「何だと? どうして、そんな事を、したんだ、ライラ」

「ダッテ……ヴァル、お迎エ、来なクテ、寂しカッタ……」

 顔を逸らし、拗ねるようにゲイザーは言う。

 困ったなとばかりに、男はため息を一つ着いた。

「……お前だって、もう子供じゃ、ないだろう」

「子供、ジャナイ」

 拗ねた声でゲイザーが反論するが、男に頭をやんわりとだが押さえつけられ、黙り込んでしまう。

「なら、わかるだろう。私にだって、仕事がある。いつでも、会いにはいけない。会えないからって、周りに迷惑をかけるな」

「ゴメンナサイ……」

 素直に謝るゲイザー。

 どうも彼女は、あの男に頭が上がらないようだ。

「あの、あなたは――?」

 ツルギが問い掛ける。

 すると、男はツルギ達に向き直る。

「すまない。この子が迷惑をかけたようだな。私はヴァルラム・ドローニン。カイラン空軍留学チームの責任者としてここに来ている」

「つまり、カイラン空軍から来た教官という事ですか?」

「……まあ、そういう事になるな」

 そこでなぜか言葉を濁した事が少し気になったが、些細な事だったのでツルギは深く追求しなかった。

「迷惑をかけたお詫びとしては何だが、彼らの寮へは私が送ろう。君達は帰っていなさい」

「あ、どうもすみません」

 男――ドローニンの提案をツルギはありがたく受け取ったが、そんな時ゲイザーがくいくい、とドローニンの裾を引っ張り、

「ワタシ、ヴァルと一緒がイイ」

 と、とんでもない事を口にした。

 場の空気が、一瞬で凍りつく。

 ドローニンはまたしても困った顔を浮かべ、

「何言ってるんだ。少しは、自立する、努力をしろ」

 あっさり、その提案を却下した。

 ゲイザーは不満そうな表情を浮かべながらも、ハーイ、とたどたどしく返事をした。

「……あの人、ゲイザーとはどういう関係なの?」

「いや、僕に聞かれても――」

 ストームの疑問は、ツルギもごもっともだと思う。

 ゲイザーとドローニンは、見るからに親子のよう。いや、もしかしたらそれ以上な関係のようにも見えてしまうのだが――

「オレも詳しくは知らないけどさ、どうも普通の関係じゃないらしいんだ」

 そこに、サンダーが口を挟んできた。

「普通の関係じゃ、ない?」

「ああ。いかがわしい関係なんじゃないかって噂もあるくらいだし」

「い、いかがわしい関係って……」

 サンダーのあまりにも不吉な発言を、ツルギは正直に受け取るべきか迷ってしまう。

「おしゃべりはそこまでだ。行くぞ」

「はいはい、わかったよおっさん。じゃ、オレはここで」

 サンダーは軽くツルギに挨拶してから、去ろうとするドローニンらの後をついて行く。

「今日は本当にありがとう。それじゃ、ザイジエン!」

 メイファンも、そう挨拶してツルギ達の前を去っていく。


 かくして、副会長ツルギの初仕事はようやく終わりを告げたのだった。


     * * *


 燃えるように空が赤く染まった夕方。

 ツルギはトレーニングジムにて、とあるトレーニングを行っていた。

「はあ、いろいろと前途多難だな……」

 今日の出来事を振り返りながら、目の前にある手すりに手を伸ばす。

 しっかり握った事を確かめてから、腕に力を込める。

 同時に、力が入らない足にもできる限りの力を込める。足に力が伝わる様を脳内でイメージしながら。

 すると、体が僅かに車いすから持ち上がった。

 力がかかりすぎているせいか、震える両手。

 床を踏みしめようとする足の力は、頼りないほどに弱い。

 それでも、何とか姿勢を保とうとする。

 しかしそれも空しく、どすん、と体は力なく車いすに落ちた。

「……」

 ため息を1つつくツルギ。

 まだまだ腕の力に頼っている部分が多い。これでは足で体を支えるようになるなど、夢のまた夢だ。

 このペースで、本当に足の力が戻るのかと不安になってくる。もっともこれは、始めた時から何度も思っている事なのだが。

「ツールギッ」

 と。

 聞き慣れた声が、すぐ隣でした。ストームだ。

「どう、リハビリの調子」

「まだまだって感じだな。まあ、わかっていた事だけど」

 そう、彼は、立ち上がりに向けたリハビリの最中なのだ。

 不完全ながら脊髄を損傷して下半身不随となったツルギの体は、二度と完全に戻る事はない。

 だが、立って歩けるようになる可能性がゼロになった訳ではない。もしそれができれば、周りの負担を少しでも減らす事ができる。

 ミミの提案でリハビリセンターから派遣された職員の指導を受けつつ、こうして日々学園生活の合間を縫ってリハビリに励んでいるのである。

「ごめんな、ストーム。テニスとかの時間、全然取れなくて」

「気にしないで。ツルギががんばっている所を邪魔したくないし、がんばってるツルギの顔って、かっこいいもん」

「はは、それはどうも。ところで、何買ってきたんだ?」

 ふと、ツルギはストームが持っているビニール袋が気になり、聞いてみた。

 見た所あまり大きなものは入っていないようだが、もしかして差し入れだろうか、と期待してしまう。

「ふふーん、何だと思う? ロイヤルフェニックスの新しいDVDだよっ!」

 だが、その期待は大きく外れた。

 ストームが自信満々に取り出したのは、紫と白に塗られたホーク練習機の画像がパッケージになったDVDだった。

 スルーズ空軍のアクロバット飛行チーム、ロイヤルフェニックスだ。

 ストームの憧れであり、将来目指している場所でもある。

「もうすぐ航空ショーシーズンでしょ? 学園祭でもロイヤルフェニックスが来るんだー、って思ったら新しいDVD買いたくなっちゃって!」

「そうか、学園祭もあるんだよな……」

 嬉しそうに語るストームに対し、ツルギの心中はそうはいかない。

 今日の留学生歓迎は、生徒会副会長としてのほんのワンステップに過ぎない。

 学園最大のイベントたる今年度の学園祭についても、既に生徒会で企画が始まっている。これからまだ、自分には大仕事が控えているのだ。

 それをうまくできるのかと思うと、

「はあ、これじゃいろいろな意味で先が思いやられる……」

 ストームの前で、ため息をついてしまった。

 本当は彼女の前でこういう事をしたくないのが本音ではあるのだが。

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