セクション06:不思議な少女・ゲイザー
「はーい、降りていいですよー」
そんな時、乗降ドアから真っ先に降りてきたのは、見慣れた顔の少女。
どうやら、中の乗客――留学生を案内しているようだ。
「カローネじゃないか」
「あ、ツルギ様!」
声をかけると、少女は相変わらずの朗らかな声を出して振り返った。
カローネ・リンドブラード。
エリス分校は輸送機科の候補生だが、キングエアに乗って現れるのは珍しい。
「もしかして、姉達も一緒なのか?」
「うん。そーだよー」
「そうか。でも、キングエアで来るなんて珍しいね」
「うん、今日のリンドブラード・エクスプレスは初心に帰ってなんだよー。アリス姉ちゃん、『キングエアに乗るなんて久々だなー』って言って張り切ってたよー」
器用に声真似をして説明するカローネ。
見れば、コックピットの中にも見慣れた下の少女がいる。
長女のアリス、次女のベルタだ。
2人はツルギの視線に気付くと、軽く手を上げて挨拶した。
彼女達からすれば、キングエアは輸送機の操縦技術を学んだ、思い入れのある飛行機だ。久々の操縦をさぞ懐かしんだ事だろう。
「で、留学生は?」
「今降りて来ると思うよー。あ、来た!」
話を本題に戻した所で、乗降ドアから足音がした。
留学生が降りてきたのだ。
「じゃ、後はよろしくねー。時間あったらお話聞かせてー」
「ああ」
カローネがその場を離れる。きっと荷物下ろしなどの用事があるのだろう。
そんな彼女と入れ替わる形で、留学生の2人が姿を現した。
「遂に到着だぜー、スルーズ空軍航空学園!」
気持ちよさそうに腕を伸ばしているのは、アフリカ系にしては珍しく色白の少年。
一方、きょろきょろと辺りを見回しているのは、眠そうな目をした褐色肌の少女。
どちらもスルーズ空軍航空学園のものとは少し異なる制服を着ているが、少年だけ着崩しているのが気になる。
「留学生の皆さん」
ツルギは2人に声をかける。
顔を合わせた途端、案の定少年に少し驚かれた。
軍人を育てる学校に車いすの人間は普通いないから、ある意味普通の反応である。
「ようこそスルーズ空軍航空学園へ。学園を代表して、僕が歓迎します」
できる限り笑顔を見せて、定型文通りの挨拶をするツルギ。
「僕は、生徒会副会長を務めるガイ・ハヤカワ。TACネームはツルギ。そちらは?」
「ああ。オレは、オズウェル・バークレイ。TACネームはサンダーだ。で、こっちはライラ・ガルレ――」
まずは互いに自己紹介。
少年が名乗り終えて少女も紹介しようとした時。
「……?」
少女が不思議そうな顔をして、ツルギに歩み寄ってきた。
「……へ?」
一瞬、動揺してしまった。
だが少女の視線はツルギではなく、座っている車いすに向けられていた。
「……何、コレ」
たどたどしくつぶやきながら、車いすのあちこちを周りながら触り始める少女。
まるで、初めて見たものを触る子供のように。
「あ、あの、ちょっと、どうしたの?」
「このイス、何?」
少女はじっとツルギを見つめ、やはりたどたどしく問いかける。
そのマゼンタの瞳は、まるで心の奥深くを見つめているような気がして、視線を逸らせない不思議な力がある。
「いや、車いすだけど」
「……?」
普通に答えるが、聞き取れていないのか、少女は首を傾げる。
「だから、車いす」
「……? モイッカイ」
どうやら話が通じていないらしい。
普通に話しているはずなのに、通じないとはどういう事か。
「あの、副会長さん。この子、英語がそれほど得意じゃないんだ。もっとゆっくり話してやってくれないか」
とっさに、少年――サンダーがフォローを入れてきた。
英語が得意じゃない?
おかしいなあ、カイランでは英語が標準語のはずなのに、とツルギは戸惑う。
「これは、車いす」
とりあえず言われた通りに、ゆっくり話して答える。
「車、イス?」
「そう、車いす」
よかった通じた、と安心したのも束の間。
「ッテ、何?」
「え!?」
予想外の質問が、少女から飛んできた。
この少女は、車いすを知らない。
その事実が信じられなかった。
急に車いすの定義を聞かれても、説明に困ってしまう。
「車いす、知らないのか――?」
「……? モイッカイ」
戸惑っているせいか、口調をスローにできず、少女が聞き返してくる。
とりあえず咳払いして気持ちを落ち着かせ、ツルギは要点だけ説明した。
「そのまま、車付きの、いすだよ」
「車、付キ……面白ソウ。乗セテ」
すると、少女はずい、と体を乗り出してきた。
その眠そうな目は、妙に輝きを帯びているように見える。まるで、欲しいおもちゃをねだる子供のように。
「え、乗せてって……これはおもちゃじゃないんだ――」
「1回、ダケ」
「いや、ちょっと待って――」
「1回、ダケ……!」
「いや、だから――!」
断ろうとするツルギの腕を引っ張ってくるゲイザー。
ますます混乱してきて、頭が回らない。
彼女を止めるために一体どこからどこまで説明すればいいのか、わからなくなってくる。
「待つヨロシ、ゲイザー」
と。
背後から、助け船が出た。
振り返ると、そこにいたのはメイファン。
「……めいふぁん」
少女が、彼女の名を口にした。
「それはね、特別な人しか、乗れないアル。つまり、ゲイザーには、乗れないアルよ」
「エ……」
メイファンにやんわりと説明され、残念そうな顔を浮かべる少女――ゲイザー。
そして彼女は、ゴメン、と一言だけ言ってツルギの腕を離した。
「ふう……サンダーもとうして止めないアル?」
「いや、こうなったら止めるの面倒臭いし……」
メイファンは、サンダーとも親しそうに話をしている。
仕方ない、とばかりに彼女はゲイザーとツルギの間に割り込む。
「ごめんアル。ゲイザー、ド田舎の出身だから、こういうもの見た事ないアルよ」
ツルギにゲイザーの非礼を詫びるメイファン。
この中国人、アフリカからの留学生とどういう関係なのか。接点がまるで見い出せない。
「いや、それはいいけど……君、この2人と知り合いなのか? というか、君も留学生なのか?」
「まさかー、あたしは留学生じゃないアル。そもそも民間人だし」
ツルギの質問に、笑って答えるメイファン。
自ら民間人と名乗った事に、違和感を覚えるツルギ。
ここは曲がりなりにも軍事施設。通常民間人が立ち入る事はできない。
なのに、立ち入りが許されているという事は――
すると、メイファンは不意に持っていたソフトヌンチャクを軽く振ると。
「こう見えてあたし、2人をサポートするために来た、エンジニアアル」
得意げに、嘘か本当かわからない役職を名乗った。