セクション05:留学生来訪
「あれは、カラコルムです兄さん」
ラームが、その答えを出した。
「カラ、コルム?」
「カイラン空軍が船でここに持ち込んだ練習機です。もう組み立てが終わったみたいですね」
「そっか。カイランは中国製の飛行機使ってるんだもんな」
「正確には中国とパキスタンの共同開発アルよ、カラコルムは」
と。
兄妹のやり取りに、割り込んでくる声。
そこにいたのは、食堂で顔を合わせたばかりの少女、メイファンだった。
彼女はなぜか、紐で繋がった青い棒のようなものを持ってくるくると回している。
「メイファン? なんでここに来たんだ?」
「ちょっとした用事アルよ」
バズの問いに、笑みを浮かべて答えるメイファン。
「それに、何だそれは?」
「見ての通り、ソフトヌンチャクアル」
メイファンは器用に棒――ソフトヌンチャクを振って肩に乗せてから、話を続けた。
「話を戻すアルね。カラコルムの機体自体は中国が設計したアルけど、パキスタンが関わってくれたおかげで西側製の信頼あるパーツを使う事ができたアルね。カイラン含む輸出国にも、その点がとても好評みたいアルよ」
「へえ、中国ってコピーばっかやってるイメージあるけどちゃんと1から設計する事もできるんだな」
バズの何気ない言葉に、むっ、と眉をひそめるメイファン。
「何、その中国はコピーしか能がないアル、的な言い方は? コピーを否定はしないアルけど、設計ができないって偏見はやめて欲しいアルね」
さらにじり、とバズに詰め寄り、反論し始めた。
「中国だって好きでコピーをしてる訳じゃないアルよ? まずは真似から始める事ができなかっただけアル。それを地道に積み重ねたから、工業が培われて設計もできるようになったアルよ? じっちゃんが言ってたアル。『技術の発展は真似から始まる。真似して不満があれば改良。この繰り返しで技術は発展してきた』ってね」
「わ、わかったわかった。前言は撤回する」
さすがのバズも、今にもヌンチャクを振り回しそうな彼女の気迫にはたじたじの様子だ。
ナンパ好きなだけに、女子に悪い事はできないのだろう。それは、バズのいい所だとツルギは思う。
「ともかくあれに、これから来る留学生さんが乗るって訳か……でもあれ練習機だろ? 戦闘機はどうするんだよ?」
バズが戻した視線につられて、カラコルムに顔を戻すツルギ。
そう。
これからこの学園に、史上初の留学生がアフリカのカイラン空軍からやってくるのだ。あのカラコルムは、そのために空軍が持ち込んだものである。
ここでのツルギの仕事は、学園の副会長として留学生を出迎える事。
副会長となって初めての大仕事なだけに、ツルギは緊張していたのだ。
「留学生かあ……どんな人なのか楽しみだねツルギ!」
「え? まあ、そうだな」
ストームの何気ない一言。
そうか、そういう考えもできるか、とツルギは今更ながらに気付く。何事も、楽しみながらやるに越した事はない。
「あっ、来ました!」
望遠鏡で空を観察していたラームが、西側――滑走路の左側を指差した。
見ると、その先に小さく何かが光っているのが見えた。
飛行機の着陸灯だ。
それを点灯させて、向かってくる機影は2つ。
最初に、手前の滑走路に降りてくる機体がやってくる。
無尾翼デルタのそのシルエットは、スルーズ空軍の戦闘機、ミラージュ2000-5ETだ。
「あれは――姫さんのミラージュか。お出迎えに行ってたんだな」
バズがつぶやく。
ジェットエンジンのタービン音を響かせながら、ミラージュはゆっくりと滑走路に降り立つ。
尾翼に描かれている不死鳥をあしらった旗は、学園の生徒会長にしてスルーズ王国王女フローラ・メイ・スルーズの乗機たる証。
彼女は空で留学生を出迎えるべく、早くから空に上がっていたのである。
そして、次にやってきたのは、双発のプロペラ機、キングエアC90GTi。軍用機らしからぬきれいな白いボディだが、これもスルーズ空軍の機体だ。輸送機パイロットの練習機として使われており、訓練が開けば今のように輸送任務にも使われる。
「あれに、留学生が乗ってるのか……」
ツルギがつぶやく。
静かにプロペラとタービンの音が混じったターボプロップエンジンの音を響かせ、キングエアも奥の滑走路に降り立つ。
そして数十分かけて、キングエアは駐機場へとやってきた。
整備士の誘導により、指定された場所で停止。
その間、ツルギは改めて身だしなみを確認する。
「じゃあ、行ってくるよ。乱入だけはしないでくれよ」
「うん、がんばってねー」
ストームの声援を受けつつ、ツルギはキングエアの元へと向かう。
エンジンが止まり、回るプロペラが減速を始める。
整備士達が乗降ドアを開けるべく集まってくる。
いよいよ、留学生とのご対面。
学園の顔となる自分の責任は重大だ。
車いすの人間に出迎えられたら、バカにされるかもしれない。
だが、ストームが言ったように、楽しんでやれば何とかなるだろう。
ツルギは黙って、腹をくくる事にした。