蝕天、前日(前編)
ついつい昨日はテルスと鍛錬に白熱してしまい。
気づけば蝕天はもう明日。
心の準備どころか、その前段階の実感さえいまいち湧いてないんじゃないかな。
望みはあるんだ。
目的とはちょっと違うんだけど、ここで為したいこと。
だから、戦うことも、強くなることも、きっと必要で。
それ自体は納得したし、全然構わない。
しいて言えば、その望みがまだ思い出せないってのが気になるんだけど。
気にしなくていい、忘れていないから大丈夫とも思うんだよ。
思い出せないのに、変な話だよな。
そんなことを、ぼんやりと考えていたら。
説明を聞く気があるのかと言われ、テルスの投げたペンで眉間射抜かれた。
いてーよ、この狙撃手め!
――― ――― ――― ――― ―――
昨日の夕方と、今日の午前中の勉強の成果。
・職業には上級職がある
一定以上の経験うんぬん言ってたから、基本職が一定レベルにならないとーって意味じゃないかな
・他にも、複数の職からなる複合職もある
例として弓と魔法で魔弓術師、とか言ってた。テルスは未修得らしい
・ジョブへの就職?は、冒険者協会や神殿などで祝福を受けることでできる
特定のジョブについては特定の場所でないといけない
生まれつきとか勉強の成果とかで、特に祝福を受けずともジョブが身についてる場合もあるらしい
・基本的に、戦い方や使ってるスキルに応じて、ジョブごとに経験の積まれ方に偏りが出るらしい
テルスで言えば、森戦士ばかり上がって森術師はあまり上がってないらしい
多分、スキルや行動に関連した職業に経験値が入る、ってことなんだろうな
・いくつものジョブに就職できれば、ジョブごとの加護も加算されていく。
ただ、低レベルのジョブは加護も弱いため、一つのジョブに特化していくのもいいらしい
・冒険者としてのジョブは、冒険者、戦士、弓士、探索士、拳闘士、魔術師、神術師などなど。
一般人としてのジョブは、それこそ職業ごとに無数。
冒険職のそれぞれの概要を説明されたが、名前から推測されるゲームのジョブとだいたい同じだった。
探索士=シーフ、スカウトってくらいか。
・冒険職はレアな職業が多すぎて、全容は解明されてないらしい
上級職くらいなら冒険者協会で把握しているが、レア職や固有職は冒険者からも教えてもらえないらしい
ジョブが分かるということは手札が分かるということだから、基本的に皆自分の詳しいジョブ構成は隠すらしい
・ちなみに、尋ねられたけどオレ自身のジョブは分からないと答えた
普通は自分自身のジョブやスキルについて、意識すれば一覧とか情報が視れるらしい。オレには視えなかったんだけど。
そう答えたら、異界の旅人のせいかもしれないと言われた。
・異界の旅人、というジョブもあるらしい。
オレも持ってるはずらしいんだが、ぴんとこない。
他にも、異界の旅人は固有職やレア職を持ってる確率が非常に高いらしい
・それとなく聞いてみたんだが、着火というスキルは、冒険者が一番最初に覚えるスキルらしい
指先に小さな火を一瞬点し、目の前の可燃物に火をつける。それだけのスキル。
……うん。黙っておこう。
勉強部分なんか手抜きでいいじゃない!
実際、他にも色々教わったはずなんだが、覚えてないと言うか起きてないというか……
昨夜は昼間の訓練が結構ハードだったせいもあり、勉強は短めですぐに夕食食べて寝たんだよ。
今朝は筋肉痛とやる気のなさでよく覚えてないんだよ。あと、ちょっと考え事とかな。
―――教えてくれる人が居る間に、この世界のことを学んでおかないといけない。頭では分かってるんだけどね。
この世界に詳しい女の子についてきてもらえばいいじゃん!とか思っちゃうんだよね。
はやく可愛い子と仲良くなりたいよね!
そんなわけで、午前の授業終了。
テルスに促され、説明も昼食もないまま家から出る。
「訓練のやる気の半分を、説明に回せ。
さもなくば、説明の時間を訓練に回せ」
「一日中とか身体がもたないってば」
「もたせろ。さもなくば死ぬぞ」
真顔で告げてくるテルスに、思わずつばを飲む。
昨日の今日でいきなり言われても……とも思うが、戦いの厳しさが分からない以上なんとも言えない。
「もっとも、昨日と今日の二日間だけで、一般人が熟練の戦士になるわけはない。
死なないための身のこなしや防御と、少しでもいいからダメージを与える方法。それを覚えてくれればいい」
「お、おう」
ハードルについては下げてくれるが。
逆に言えば、これすら出来なければ、死ぬということだ。
「あとは異界の旅人としての強さに期待している」
「やっぱり、結局はそれになるのね」
「当たり前だろう」
他の勇者様達、この世界でどんだけ無双してるんだかなぁ。
いや、ヒグイグマを焼いた火力を考えれば、オレも人のこと言えないのかもしれないけどさ。
「他の異界の旅人って、この世界に来るなり超強いのか?」
「そうだな……
敗戦国に召喚されて、一夜で劣勢を覆したとか。
城を丸ごと覆うほどの天の影の最中に召喚され、全ての魔物を撃退したとか。
桁違いの伝承ばかりだ」
「ひえぇ……」
どんだけ無茶苦茶やってるんだか。
そりゃぁ過剰な期待もしちゃうよな。他人事だったら。
「しかしいずれも伝承や伝説、実際のところがどうであったのかはよく分からない」
「あー……なるほど。
英雄譚とかかっこよくなっちゃってるから、現実はヘタレだったかもしれないわけか」
「その可能性も否定できない」
頷くテルス。
「特に、お前を見ているとそう思う」
「悪かったな現実にヘタレで!」
「冗談だ」
眉一つ動かさず言うと、テルスはたどり着いた家の扉を叩いた。
一昨日訪れた、村長ことオーワンの家。
「毎週、休日の昼と夜は長の家で食事を振舞っていただいている。
蝕天の前日だが、だからこそ今週も呼ばれているのだ」
「ほー。今日が休日だったのね」
「そうだ」
確か、6日で一週だったよな。
「あれ、そう言えば昨日が非番とか言ってなかったっけ?」
「非番は、森の見回りの話だ。祝日とは別。
週のうち4日は見回りに赴く」
「なるほど。
お店や商業と違って、戦いや自衛に休日はないってことか」
「もちろんだ」
確かに、ヒグイグマみたいなのがうろうろしていたら、休日とか言ってられないよな。
毎日見回りに出て、天の影を探したり、魔物を見つけて倒したりしてるんだろう。
とかなんとか話しているうちに、扉が開かれ。
「……お、おお……!」
中から姿を現したのは、オーワンではなく一人のエルフ―――いや、二人のエルフだった。
耳の前に左右一筋ずつ垂らされた、光の筋のような金の髪。それぞれにリボンのついた銀の飾り紐が巻きつけられ、緩やかに束ねられている。
おそらく長い髪は、高い位置で一つに留められたポニーテール。
だが高く結われた金の尾は、一筋の流れとはならず、花開くようにふわりと広げられ重さを感じさせず風に踊る。
穏やかな微笑みを浮かべた眼差しは、テルスよりも明るく吸い込まれるように深い翡翠の緑。
その表情には、知人を迎える明るさと、抱えた命への慈愛が溢れている。
ほっそりとした身体を包むのは、膝下まである長い絹のような白っぽい衣。
前であわせ腰帯で縛っただけのそれが、まるで高貴なドレスであるかのように。包んだ素材の良さを余すところなく引き立てる。
ほっそりした身体に反して、胸はわりと大きい、みたいだ。
柔らかい布を押し上げる膨らみは、しかし小さな命によってオレの視線から隠されている。
小さな命。赤子。姿を現した、2人目のエルフだ。
こんなに小さい頃から、耳は立派に尖っているんだな。
安心しきった顔ですやすやと眠る姿は、見てるだけで微笑ましいね。
それなりに大きいから、もう生後一年かそこらは経ってるんだろうなぁ。
……こんなに綺麗なエルフが、すでに人妻なわけか。おのれ……
「いらっしゃい、テルス」
声も綺麗だ!
なんというか、鈴のようというか風のようというか。とても耳に心地の良い声だ。
「そちらが噂の旅人さんね」
「初めまして、ツバサと申します」
視線と言葉を向けられ、手を差し出し―――
相手が両手で赤子を抱えていたので、慌てて引っ込める。
「私の名前はマーファリエ。マーリィとお呼び下さい。
どうぞよろしくお願いしますね」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
軽い会釈に、深々とお辞儀を返す。
「それでは2人とも、もう食事が出来ますのでこちらへどうぞ」
「わかった」
「はい!」
赤子を抱えたまま先導するマーリィさん。
前を歩くお尻すが―――後ろ姿が、たまらなく美人で抱きつきたくなるね!
「彼女は母親だ。
手を出したりすれば、即座に殺す」
「な、なんだよテルス。そんなことしねーよ」
その後ろを歩きながら、小声でやりとりする男2人。
「あ、ひょっとしてお前、あの人のこと好きだったんだろ?」
「な―――っ」
「あんなに美人だもんなぁ。
お前、朴念仁っぽいしなぁ」
緑一色のイケメングリーンの顔が赤く染まる。
「わっ、わたしは、そのようなことは」
「分かる分かる、仕方ないよな」
くくく。笑いがたまらん。
オレは、彼女のお尻を鑑賞するのも忘れ、イケメングリーンの肩に手を置いて。
「彼女は母親だ。
手を出したりすんなよ?」
「即刻ぶっころす!」
急遽開始された食前のトレーニング。
結局、マーリィさんに呼ばれたオーワンに殴られるまでオレ達のじゃれあいは続いたのだった。
三回くらい死に掛けたけどね!
ついに登場、メインヒロイン!
マーリィさんは女っ気のないストーリーの癒しとなるか?
あるいは癒しを通り越し、いきなり濡れて潤いとなってしまうのか?
そしてテルスの怒りの矛先やいかに!
次回『蝕天、前日(中編)』
―――エルフの食卓で、男の手料理が振舞われる
□ □ □ □
評価くださった方、登録くださった方々、本当にありがとうございます!
引き続き毎日一話の投稿を続けられるよう、感想や評価を糧に必死に頑張ります!