そして、精霊力は解き放たれる
眼下に広がる敵軍、その数およそ二千。
そこそこの隊列、まあまあの錬度。
私兵同然の割には、思ったより鍛えられている。
これなら、戦闘後の扱いも問題ないだろう。
ネルは高ぶりも気合もなく、淡々と。あるいはため息まじりに、そんなことを考えていた。
眼下に広がるのは、敵軍だ。
兵数は、少なく見てもこちらの五百倍以上。
単純計算、一人五百人の割り当てとなる。
いかにネルが猛者と言えど、五百は―――
いや、やれそうだな?
まあいい、今日は私が戦うわけではないのだ。
「えっと、やっちゃっていいのかな?」
「名乗りは挙げてもらおう。
これは、ツバサのお披露目なのだからな」
そう。今日の衝突は、戦いではない。
ただの『お披露目』なのだ。
「こちらが原稿になります。
暗記できなくても構いません、堂々とお願いします」
抹茶ソフ―――バーニアから手渡された原稿に目を通し。
まるで、何も知らない子供が初めてお抹茶を飲んだ時のような顔をする。
「これは恥ずかしいというか、ありえなくない?」
「なくない、です。
ツバサ様、それではお願いします」
内心の笑いをわずか唇の端のみにとどめ、拡声の魔導具を手渡す。
「このくらいやった方が、女の子に人気が出ますよ?」
「……しょうがない、丸め込まれておこう」
歓喜か、諦念か、妥協か。
いずれにせよ苦笑を浮かべて頭を振ると、魔導具を構えてツバサは叫んだ。
「遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ!
我が名はツバサ。異界より来たる、精霊の加護を受けし勇者なり!」
これは戦いではない。ただのお披露目である。
平野一帯を、二千の兵ごと一度の魔術で巨大な穴の底に沈める。
それから、穴の直径とほぼ同サイズの巨大な火球を頭上に生み出し、降伏勧告。
誰一人、二桁くらい桁が違う魔術と『勇者』の名に、抗う者は居なかった。
余談ではあるが。
この時使われた魔術が、魔力ではなく精霊力であると彼らが知るのは、このお披露目が終わってから半月以上も先の事となるのだが。
脅されている者にとっては、それが魔力だろうと精霊力だろうと、自然現象だろうと物理的な暴力だろうと何も関係はない。
自分にとって、脅威か否か。ただそれだけだ。
敵の全軍を数分で無力化した後も、戦闘らしい戦闘はない。
勇者の名の下、ツバサとネルが歩み。逆賊ボーニアを捕らえ、驚く程あっさりと戦争は終結。
ツバサが勇者であることがばれてから、実に二週間後の出来事であった。
ツバサ達がスェンディに辿り着き、泊まった日。
ツバサの部屋に忍び込んだうさ耳、名をメイド兼兵士兼奴隷のプルル。
ダガードの命令でツバサを調べさせられたプルルは、荷物を漁ったのをツバサに見つかったため、怒られ殴られいじめられるとぶるぶる震えた。
プルルの種族である白の民は、種族自体が虐げられ、迫害され、奴隷にされ苦しい生活を余儀なくされている。
自分たちはそういう種族だから迫害されるのが当然である、という諦めと絶望を抱えて生きてきたのだ。
しかし生い立ちや事情を聞く程に同情してしまい、同時に種族がどうとかで差別されることに憤りを感じ。
プルルの真の主たる女王(この時初めて、レヴァーナが女王であり夫のダガードが王でないことを知った)と直接交渉。
結果、ツバサの正体や協力と引き換えに、なぜかプルルを身請けした。
「ぁ、あの、ありがと、ござ……ぐすっ……ます、つばさ、さま……
いっしょう、えぐ、いっしょうついて、いきます、おそばで、なんでも、ぐす」
「種族がどうとか、過去どうだったとか、何も気にしなくていい。
誰に何を言われようとも、ぼくの前では、ただ一人の―――大事な仲間だよ」
「は……、はい!」
泣きじゃくるプルルを抱きかかえて帰ったら。
ユリが怒髪天で色々すごいことになり、すごい怖かった。三回くらい泣かされた。
あと、睡眠薬盛られて
そんなつもりじゃなかったんだよ?
いくら超巨乳の美少女とは言え、自分の女にするつもりで直談判したんじゃないんだよ?
好みどストライクで、涙を流しながら笑顔でお礼言われてころっと落ちたわけじゃないんだよ?
種族がどうとかでいじめられるとか諦めてるとか、そういうのが納得できなかったってだけなんだよ?
一生懸命熱い想いを語ったけど、これっぽっちも効果ありませんでした。
怒りのあまり由梨さんの才能が覚醒して大変なことになったりしました。
ダガードとのいざこざなんか霞む程に。というかダガードとは真面目に何を話したか覚えてない。
そっちは確か、レヴァーナの一言で全て丸く収まった。はず。
由梨さんが大変過ぎて、おっさんとかどうでもいいです。
女王様の美貌と巨乳はどうでもよくないけど、由梨さんが怖いので今はどうでもいいです。今は。
ああ、ついでにマーリィさんも怖かったです。
なんやかんやで一週間以上かかったが。今日も生きてます。
最終的には、由梨と将来の約束をすることで収まった。
正妻の座が保たれるなら、側室が増えても仕方ない。
だって、駄目でえろなお兄ちゃんだから。
要約するとそんな感じ。諦めと愛情。
ずっと怯えてがたがた震えていたプルルも、ようやく安心し。
由梨の目に怯えつつも、ツバサに身を寄せるようになった。
自分にとっては、勇者様であり王子様であり、主であり全て。
「我が心と身体を主に捧げ、永遠に共にあることをここに誓う」
二人目のメイデン―――あるいは、二人目の婚約者が生まれた瞬間であった。
そして再び由梨さんの機嫌が悪くなった。ちょっとだけね。
戦争終結から二週間。
ツバサがこの世界に降り立ってから二度目の蝕天。
近隣最大の天の影に派遣されたツバサと御一行は、波動砲こと魔矢で主を瞬殺。
馬が苦手なために魔術強化した足で駆けつけ、勇者の名に恥じぬ活躍を見せる。
最後には仲間も残し王城から離れた街道の天の影の救援に向かい、問答無用の一撃で主を消し飛ばし。
―――そのツバサの活動が、新たな姫を呼び寄せた。
「勇者様!」
「え?」
「夢にまで見た、私の勇者様!」
傷だらけの身体も、ぼろぼろのドレスも気にせず、夢見る笑顔でツバサに抱き着いたアスティーア=ファン=スェンディ。
留学中、自国の内乱で急遽帰還したスェンディの第一王女だ。
内外から『魔術姫』と呼ばれ、魔力と共に精霊力を用いることで魔術を変質させる技術を生み出した天才。
まあ通称の魔術姫とは、天才研究者としてではなく、部屋や城や町を吹っ飛ばした魔術狂としての呼び名なわけだが。
ツバサが『身を以て』それを知るのは、もうしばらく先である。
帰国の途中遭遇した蝕天で、自国の兵達を守りながら傷だらけで必死に持ちこたえていたアスティーアの目の前で、ツバサは魔術を放った。
これまで一度も見たことがない、精霊力による魔術の発動。
それも、一撃で軽々と蝕天の主を消し飛ばすような、伝説や神話クラスの一撃。
魔術狂―――もとい、魔術姫が恋に落ちるには十分すぎるインパクトであった。
そんなわけで、新たな可愛いメイデンおよび婚約者候補は増えたのだが。
でれでれで抱きかかえて城に帰ったら、由梨さんの怒りが凄すぎて、全身の血が凍りつくようでした。
プルルがメイデンになったせいで、ツバサと共に由梨の能力も飛躍的に上昇してしまっていて大変なことになっちゃいました。
勇者としての名と力を振るい、内乱を鎮圧。プルルがメイデンとして仲間入り。
二度目の蝕天も、精霊力全開で制圧。ティアがメイデン候補として仲間?入り。
あとは由梨の怒り(現在2週間を突破。未だに髪が怒りで逆立ってます)さえ鎮火すれば、スェンディでのイベントもこれで終わりかと思っていたところで。
最後に起きたのは、王夫ダガードによる謀略だった。
小さい頃から恋い焦がれたエルフは、自分の方を見向きもせず。
一番気に入っていた奴隷侍女のプルルも奪われ。
さらに娘も一人は夢中、もう一人も憎からず思っている。
最近は女王まで自分を放って早くも息子扱いし始め、もう我慢の限界だった。
しかし相手は勇者。どれほど憎くても、手ずから殺してしまえば破滅するのはダガードの方だ。
悔しいが、自分は『まだ』王ではないのだ。
スェンディにとって、サフォード王国にとって、世界にとって。己より勇者の方が重要とされている。
王になるべき自分よりも、どこの馬の骨とも分からぬあの憎い男の方が重要とされているのだ……!
怒りのあまり卒倒しそうになるが、ぐっと堪えて。
王国中を探して取り寄せた魔導具に、望みを託した。
それは二組のイヤリング。
支配と洗脳の力を秘めた、禁制の呪いの魔導具であった。
この魔導具であの男を支配し、エルフとプルルを自分に譲り渡しどこへなりと突っ込んで死なせるのだ。
王ではないとは言え、王夫から直々の褒美として手渡されたイヤリング。
由梨の怒りに疲れ果てていたツバサの、隙をついたと言っていいのかは分からぬが。
他の王族もなく不自然な場ではあったが、結果的にダガードはツバサに洗脳のイヤリングを付けさせることに成功した。
堪えきれない笑いを口元から零れさせながら、ダガードは支配のイヤリングを身に付ける。
支配と洗脳のイヤリング。
『洗脳』のイヤリングを付けた者は『支配』のイヤリングを付けた者の言いなりとなる。
また、支配のイヤリングを付けた者以外が洗脳のイヤリングを外すと、電撃が流れて脳を破壊する。
支配のイヤリングを外している間は洗脳から免れるが、いずれのイヤリングも、付けている間は装備者の脳にダメージを与える。
一日やそこらで影響が出ることはないが、数週間も付けていれば色々な形で悪影響を及ぼす。
奴隷以上の、本人の意思や生命さえ無視した隷属効果と、無視できないレベルの脳への悪影響。国際法で禁制となるのも当然の代物であった。
それぞれ、一対のイヤリングを付けたツバサとダガード。
この瞬間に、男の運命は終わった。
由梨とスフィの暗躍により、事前にすり替えられていた『支配』と『洗脳』のイヤリング。
ダガードはツバサの言いなりとなり、女王レヴァーナの前で洗いざらい告白させられ。
禁制品の入手・利用と勇者への殺害未遂、女王への殺意その他余罪が諸々で一発で投獄、秘密裡に処刑。
表向きは病による急死として処理され、真相は闇に葬られた。
最初から最後まで敵対的だったダガードの暗躍だが、ツバサにとって二つ良いことがあった。
一つは、謀略のごたごたのおかげで、由梨さんの怒りがとりあえず晴らされたこと。
もう一つは、王夫の病死により未亡人となった女王がえ
―――すみません由梨さん。なんでもございません。
ともあれ、スェンディでのイベントもこれにてコンプリート。
しばしの休息の後、月替わりにあわせて。
次の旅路へ向かうこととなった。
行き先は、アスティーアの留学先であった、北方のジオジーエ。
早馬などを使い急いでも6週間はかかる道のり。護衛と観光を兼ねて、ゆるゆると向かうこととなった。
辿り着いたジオジーエで、魔術姫がどうするのかは定かではないが。まずは気楽な観光の旅を楽しもう―――
この旅立ちより、遥か後。
前大戦より後、失われた精霊力と加護を呼び覚まし。
旅路の果てに世界の意味を知り、戦いの果てに平和を取り戻す。
そんな未来が待つことを、もちろん彼らは、まだ何も知らなかった。
スェンディの第一王女、『双魔術姫』アスティーア。
双魔術と呼ばれる精霊力と魔力の融合魔術を操り、いかなる事象も巻き起こす奇跡の使い手。
森羅万象の加護を宿す、ハイエルフの『神の子』マーリィ。
失われた精霊力を甦らせ、世界に大精霊と女神の加護を呼び戻す。
メイデンメイド、白の民のプルル。
木製の麺棒一本で数多の魔族を討ち取る、白きうさみみ流星。胸はさらに育ってビッグバン、現在も宇宙は膨張中。
幻影と氷雪の主、雪の大精霊の巫女スフィ。
幻術を解きツバサのメイデンとなるも未だに苦手意識が拭われない、パーティの頼れるブレイン。
全てを見通し射抜く、森の大精霊の巫女ウェナ。
映術と魔力視・精霊視、未来視を駆使し百発百中の精度を誇る超々遠距離の覇姫。
そして。
異界の旅人でハイエルフの神の子、勇者と最も強い繋がりを持つ『天の姫』由梨。
妹を救うため、選ばれ招かれた意味を知り生きる異界の勇者、『従姫王主』ツバサ。
精霊や神々、あるいは親や兄妹。
そんな者たちの加護と祝福を受け、心のままに生きる。
この道行きの果てに何が待とうと構わない。
この世界で、皆と、君と、生きているのだから。
一緒に、生きられるのだから―――
「さあ、一路ジオジーエへ。出発だ!」
「わたしたちの、ぼうけんは、まだはじまったばかりだ!」
――― END ―――
以上で本編は完結となります。
最後にあとがきを付記させていただいております。
気が向いた方はどうぞ。




