エルフはもてなされた
「戦の最中で簡素な宴となるが、マーリィ殿らは我が国の客人であり友人。
サフォード王国とエルフ族との友好に感謝を!」
「「感謝を!」」
20人は着けるような、長方形の大きなテーブル。
中央の隣に座したダガードが杯と感謝を掲げると、あわせて皆も杯と感謝を掲げた。
杯を打ち合せたりはせず、無言で杯が空けられる。
王城の人間達に習い、ツバサらも一息で空けた。
「お互いの作法も分からぬし、今宵は無礼講とさせていただこう。
堅苦しいことは抜きにし存分に楽しんでくれ」
「ありがとうございます」
ダガードの正面に座ったマーリィが会釈すると、それだけで相手の表情がだらしなく崩れる。
あまり好ましくない笑みを浮かべたのは一瞬のことだが、少なくともマーリィとツバサ、由梨にはばっちり見えた。
おそらくスフィにも、こちら側に控えたメイド達にも見えたことだろう。
たかが一瞬、されど一瞬。
運び込まれる料理は、マーリィからすれば見たこともないご馳走であった。
謎の甘みを感じられる、透き通ったスープ。
色鮮やかな、よく分からない塊。
食べたことのない、柔らかい肉。
硬めに焼き上げられた、棒状の小さなパン。
木の実と見た事ない野菜をふんだんに使った炒め物。
全体的に味付けは濃いめであったが、十分許容範囲だ。
出されたお酒も飲みやすくて非常においしい。
スフィ程ではないが、小さくない杯ですでに三杯目に突入している。
日本から来たツバサにしても、とても豪華な食事である。
ただ、全体的に味の種類が少なく、焼き物や炒め物が多く。
由梨と一緒においしいジュースを飲みつつ、毎日食べると飽きそうだなぁ、なんてことも考えていた。
なお、ツバサの左に座ったスフィは、一言も発さずひたすら飲んで食べ続けている。
無礼講、ここに極まれり。
「一息ついたところで、紹介などいかがでしょうか?」
特に言葉もなく、食べ始めてからしばらく。
ダガードの隣に座っていた奥さんが、控えめに声をかける。
「うむ、そうであるな。
先に申したが、右はレヴァーナ、余はダガードだ」
暗めの青髪に、髪よりさらに暗い色の青瞳。
どこか落ち着かなげに、ダガードは座ったままでマーリィに向かって頭を下げる。
座ったままのダガードと違い、レヴァーナは立ち上がると優雅に一礼した。
腰まで伸ばされた赤い髪がふわりと揺れる様は、白地のドレスに走る夕日の煌めきのごとく。
「レヴァーナと申します。どうぞよろしくお願いします」
返事をするべきか否か。
そんなことも分からず、あるいはその美しさに思考力を奪われる。
髪より鮮やかな赤い瞳が、正面のツバサに向けて楽しげに細められた。
「よ、よろしくお願いします」
マーリィは黙っていたが、視線を受けてツバサが軽く頭を下げた。
それにあわせ、由梨の指がふとももを抓ったのはいつも通りか。
慌てたようなツバサの態度か、もしかしたら由梨の攻撃に気づいてか。
かすかに耳に届くか否かという程度、吐息をもらすようにレヴァーナが笑う。
頭を下げた時にだろうか、とても豊かな胸元に掛かった髪を払い静かに座った。
髪を払った拍子に、ゆさりと揺れる胸元。
高い山並みとわずかに顔を覗かせる深い谷間へ視線が吸い寄せられるのを、ぐっと我慢。したつもり。
「こちらもご存じかとは思うが、レヴァーナの右に居るのが下の娘のネブルフォーデだ」
「よろしくお願いします」
紹介されることは分かっていただろうに、名を呼ばれるまで肉を食べ続けていたお姫様。
立ち上がりながら口元を手の甲で拭うと、軍人らしくかっちりとした礼をした。
とても似合ってはいたが、とてもじゃないがお姫様らしくない。
着ている服も、ドレスではなく紺のスーツのようなものだった。もちろんスカートではなくズボン。
とても様になっていたが、とてもじゃないがお姫様らしくない。
護衛の騎士が同席しているようにしか見えなかった。
ただし、母譲りの髪は短いながらも美しく整えられ。
父譲りの瞳も、父親以上に堂々としており。
なるほど、王族としての気品という意味であれば、お姫様らしかった。
ひょっとしたら、お姫様ではなく王子様らしいと言うべきかもしれないが。それはまぁ、別にいいだろう。
「ネルはすっかり男の子みたいに育ってしまって、未だに貰い手が居ないのよねぇ」
「母上、このような場で何をおっしゃるのです」
「このような場だからこそ、じゃないの」
確かに、他国や有力貴族の前ではなかなか出しにくい―――あるいは、絶対に出せない話題には違いない。
しかしネルはそんなことは考えず、純粋に恥ずかしい話題を出されたことに渋面になった。
「武術の修練にばかり青春を燃やしてしまって。
お母さんは早く、ネルの花嫁姿と孫が見たいわぁ」
「それは、姉上に言って下さい」
「ティアはティア、ネルはネルなのよ?
二人とも大事な子供ですからねぇ」
うふふとばかりに微笑むと、思い出したように付け加える。
「あ、ティアというのは、私たちの上の娘よ。
アスティーアと言って、もう数週間したら留学先から一度帰ってくる予定なの」
「姉上は、戦うしか脳のない私と違い、非常に優秀な方だ。
スェンディの、ひいてはサフォードの未来を背負うにふさわしい」
優秀な姉と脳筋の妹。
生来の性格か、あるいは頭の悪さが幸いしてか。ネルには特段、姉への後ろ暗さや妬みはないように見える。
姉の事を語るネルの口ぶりや表情は、とても明るく誇らしげであった。
「おねーちゃん、すきなの?」
「ああ。両親と同じくらい、尊敬しているし感謝している」
「違うでしょ?
私たちよりも、ティアの方を尊敬しているんでしょ?」
からかうような母親の言葉に、ちょっと恥ずかしそうに顔を背け。
塊の肉にかぶりつき、酒で流し込んだ。
「あなた達も、紹介して下さるかしら?」
「あ、はい、すみません」
目の前のツバサに語りかけるレヴァーナに、マーリィが慌てて立ち上がる。
「森―――皆様が不帰の森と呼ぶ所から来ました。
風向きの村のエルフ、マーファリエと申します」
「マーリィ殿達の住んでいる所は、風向きの村というのか」
「はい」
話せる内容と話せない内容は、ある程度整理してある。
少し酔って気分はいいが、大丈夫、意識はしっかりしている。
もう醜態は晒したくないのだ。自分のためにも。
「村では主に、裁縫関係を担当しておりました」
「服屋ということか?」
「人間の方々のような、お店、という考え方はないんです。通貨もありません。
皆が何かを担当し、村全体で一つの家族、といった感じでしょうか」
風向きのエルフの中には、大工担当も居れば、農業担当もいる。
小さな村の中で、生活のすべてを完結せねばならない。必要なものは全て自分たちで用意するしかないのだ。
ただし、風向きの村から故郷に帰れば、もう少し状況は違う。らしい。
通貨も店屋もなく、村民皆家族というのは、あくまで風向きの村での在り方であった。
通貨や店屋について、概念としては知っている。
ただ、小さな集落である風向きの村で通用するものではないというだけだ。
「なるほど。
家族とすれば、貧富の差など関係あるまい。理想的だな」
「村の規模が小さいからこそ、隅々まで目が届くし、こういう生活が成り立つのかもしれませんね」
ネルの言葉に、やんわりとマーリィが頷いた。
会話が途切れたところで、今度は由梨が椅子の上に立ち上がる。
「ゆりです!」
「マユリ、お行儀悪いですよ。椅子の上に立つんじゃありません」
「はーい、ごめんなさい」
怒られて座り直す由梨に、レヴァーナとネルが目を細め。
ダガードもまた、別の色で目を細めた。
「娘のマユリエラです」
「可愛いわねぇ。
ユリちゃんは、何歳になるの?」
「れでぃの、ねんれいは、ないしょです!」
「あらあら……ごめんなさい、そうよね」
まるで背伸びしたような由梨の言葉に、レヴァーナが嬉しそうに謝る。
実際は、神の子として年齢を明かすべきでないわけで。子供らしさを使った、十分な切り返しであった。
生後15週間程度。すくすくと成長し過ぎている。
「ツバサです。
人間ですが、記憶がないまま風向きの村に拾われたため、常識や色々が分かっておりません。
ご迷惑をお掛けするかと思いますが、よろしくお願いします」
「ツバサくんの髪と目、珍しい色ね」
「そうなのですか?」
「ええ。
うちの人みたいに、黒っぽい人は結構いるけれど。
真っ黒となると、ちょっと珍しいわね」
「それって、そんなに違うものなのでしょうか?」
「確かに遠目には分からないけれど、気にする人は気にするかしら。
……ユリちゃんも、髪はお母さん似だけど、瞳はツバサくんと同じ色なのね?」
「おにぃちゃんは、おとうさんじゃ、ないよ」
ためらいも悪びれもなく、由梨がはっきりと答える。
「おにぃちゃんは、わたしのおむこさんで、ごしゅじんさまなの!」
「ちげー……うよ、違うよ」
いつもの調子の由梨に、いつもの調子でツッコミかけ。
一応自粛し、軽く頭をぽんぽんと叩く。
きゃっきゃと喜ぶ由梨とツバサに、スェンディ王家の三人は三者三様の眼差しを向けるのであった。
王城に着くなりの宴に、マーリィの相好も崩れる。
人間族のおいしい料理の後には、お待ちかねの夜。
城でのベッドシーンはいかなるか。
次回『うさみみはおののいた』
―――この後にスフィさんも自己紹介しています。念のため




